勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

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再会と始まり

偽装の記憶喪失

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 また会えたね───そう言いたかった。

 でもここが、もう一人の私が居た世界だというのはわかっている。

 そして、このままいつまでも余韻に浸っている訳にはいかないのもわかっている。時間は動き出したのだ。

 だから口にすべき言葉はこれじゃない。リベリオとの約束通り、こう言わないと。けれども───。

「……うっ……うっ……ふぇぇっー、うっ……ううっ」

 私はみっともなく泣き出してしまった。

 涙で歪んだ視界で、4人がぎょっとした表情を浮かべているのが見える。でもすぐにマリモのドアップで視界が阻まれた。

 マリモは私に背を向けているので、ふさふさのしっぽが鼻に擦れて地味にくすぐったい。あと痒い。

「……あ、あの……ご気分がすぐれないのでしょうか……それとも………」

 オロオロとするリジェンテの声が聞こえる。

 ああ、懐かしい。年下なのに、あなたは私よりもしっかり者で、とっても優しかった。

 ただ、12歳なのに私と同じ身長だった。リジェンテは成長期。追い越されてしまうと、私は内心、焦っていた……じゃなくってっ。

 うっかり崩壊した涙腺から、思考まで脱線してしまったけれど、すぐに戻す。そして今度こそ、この言葉を口にしなくては。

「あの……あなたたちは、どなたですか?」

 ココハドコ?ワタシハダレ?

 そう言おうと思ったけれど、さすがにベタ過ぎると判断した私は、少々アレンジを加えて言ってみた。

 そうすれば、ここにいる全員が動揺を露わにする。それはまさに絵に描いたようにベタなリアクションだった。

 そしてさっきとは違う重い沈黙が部屋に落ちる。

 この部屋はとても狭い。ベッドと小さなテーブルセットがあるだけで、誰かとすれ違うのも容易ではないくらいに。

 だから5人と1匹がこの空間にいると妙に息苦しく感じてしまう。

 沈黙に耐えきれず、思わず喘ぐような息をしてしまう。ただ、それをきっかけにリジェンテが口を開いてくれた。

「……あの……えっと……何も、覚えていないんですか?ご自分の名前も?」

 ずっと鼻をすすりながら、二つの問いをまとめて頷くことで返事とする。

 そうすれば、今度はクウエットが溜息と共に、こう呟いた。

「…………弱ったな」

 確かに、困りものだろう。

 なにせ、唯一魔王を倒す力を持つ勇者の末裔が、旅が始まって早々に記憶喪失になったときたものだ。

 ここにいる全員が揃いも揃ってこの世の終わりのような表情を浮かべている。

 でも、皆が言葉を紡ぎ表情が変わるだけでも今の私は嬉しくてたまらない。うっかりにやけ顔になってしまいそうなほど。

 そして、みんなの表情は絶望の文字を表しているけれど、くるくる変わる表情は生きている何よりの証。それをじわじわ実感して、申しわけないと思いつつも、これまたにやけてしまいそうになる。

 もちろんそんなことを考えているのは私だけ。

 他の4人は互いに目配せをして、何やら無言の会話をしている。ちょっと……いや、かなり寂しい。

「………あのぉ。すいません」

 これ以上の仲間はずれは耐えられない私は、恐る恐る挙手をする。

「な、な、なに!?」

 ファレンセガがびくりと身を強張らせながら口を開いたのを皮切りに、すぐさま、8つの目が私に向く。

 揃いも揃って、面くらった表情をしている。それに、いちいちリアクションが大きい。

 なんだろう。私、知らない間に珍獣にでもなってしまったのだろうか。今ならパンダの気持ちが良くわかる。

「えっと、私の名前を教えてください」

 笹を食べる白黒の動物のことは置いといて、いきなり大女優のような演技をかますことはできない私は、自分の名前を教えてもらうことにする。

 きっとこのままだと、うっかり名前を呼ばれたら、私もうっかり返事をしてしまいそうだ。いや、じゃない。絶対にやる。間違いなく。

 余談だけれど、私は小学校の学芸会では、ちょい役ばっかりだった。

 松の枝の動きが上手いと褒められた記憶はあるけれど、今求められている演技はそういうものじゃない。

「リエノーラ。それがあなたさまの名前です。……ついさっきも、そう呼ばせていただきましたが……」

 リジェンテがとても言いにくそうに答えてくれた。

 ……1拍遅れて、確かに名を呼ばれていたことを思い出す。

 うわっ。しょっぱなから、つまづいてしまったようだ。幸先が不安だ。

 そして気付く。知っているふりをするよりも、知らないふりをすることの方が難しいということを。

 運命の回廊で、あっさり記憶喪失のフリをしろと言ったそれは、なかなか難易度の高い無茶ぶりだったのだ。あっさり頷くんじゃなかった。こんなことなら、コツの一つでも教えてもらえば良かった。

 とはいえ、今更悔やんでも、もう遅い。

 とにかく知らないふりをして、墓穴を掘るよりは、取れるだけ情報を貰おうと気持ちを切り替える。

「では、皆さんの名前も、教えてもらっても良いですか?」
「そうだな」

 ここでクウエットが私の提案に乗ってくれた。

 そして迷いを振りきるように軽く頭を振ったクウエットは、ここにいる全員に向かって大きな声を出す。

「よしっ。じゃあ、自己紹介をしよう」

 そう言ったクウエットの笑みは、大変ぎこちないものだった。

 ちなみに、ちらりとあなたを伺い見たら、彫刻のような完璧な無表情をしていて……何を考えているのかさっぱりわからなかった。
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