勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

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再会と始まり

やり直しを告げる時の音

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 リベリオと別れ、扉を開けた私はそのまま吸い込まれるように意識を失った。

 ───そして、時計がかちりと時を刻み、その音を拾って私は目を開けた。





「………ここ、どこ?」

 いきなり見知らぬ天井が飛び込んできて、無意識に声を出す。自分でも驚くほど、ひどく掠れた声だった。

 リベリオは、やるべきことは一緒だと言った。そして私は旅の途中で倒れたことになっているとも言った。だから私が旅しをた道順の通りならば、ここは立ち寄ったどこかの村の一つなのだろう。でも、まったくもって見覚えが無い。

 すぐにわかることいえば、自分はベッドに寝かされているということだけ。

 リベリオはもう一人の私は旅の途中で倒れたとも言っていたから、誰かが寝かせてくれたのだろう。野宿じゃなかったのが幸いだ。

 ままならない思考で、そんなことを考えながら、枕に頭を乗せたままぐるりと辺りを見渡す。装飾品などない簡素な部屋。壁は剥き出しの木の板のままで、シーツもごわごわしている。

 思い当たる場所は記憶からは見つけることができないけれど、こういう類の部屋は、これまでの経験上、誰かの屋敷の一室ではなく宿屋だということはわかる。でも、どこの土地なのかまではわからない。

 なにせ窓が見当たらないので、外の景色で判別することもできなければ、太陽の位置もわからないのだ。でも、そこそこ明るいから夜ではないことはわかる。

 そしてここに誰もいないことも。

「きゅー………」

 聞き覚えのある独特の鳴き声に、きゅっと胸が締め付けられた途端、頬にくすぐったさを感じた。

「……マリモ」

 いなくなってしまった可愛い小動物を思い出して、その名を呟けば、再びきゅうと小さく鳴いて、琥珀色の瞳がにゅっと私の顔を覗き込んだ。

「マリモ」

 すり寄るその姿は、ついさっき見たものとほぼ同じ。

 耳と尻尾、それから背中の一部分だけが緑色であとは白銀の滑らかな毛並み。フェネックの赤ちゃんみたいな小動物。ああ……間違いない。マリモだ。

 小さく温かいその生き物を今度こそ離さぬよう、ぎゅっと抱きしめたくて、私は、片肘を付いて身体を起こそうとした。けれど、脇腹に激しい痛みが走る。

「───………痛っ」

 そうだ。私、リベリオに脇腹を抉られたんだった。

 運命の回廊という摩訶不思議なところにいた時は、まったく痛みを感じなかったらついつい忘れていた。きっとあの時は、魂だけの状態だったから痛覚は遮断されていたのだろう。

 ……それにしても、痛い。本当に痛い。ズキズキという表現を超える痛みだ。まったく容赦なく抉ってくれたものだ。

 なにが、自分の美学に反するだ。あの時、なんの躊躇もなく斬り付けたくせに。こんなに痛いのなら、文句の一つでも言っておけば良かった。

 そんなふうに、ここには居ないリベリオに向かって悪態を付きつつ、やっとこさ半身を起こしたら、遠くからバタバタという足音が聞こえてきた。

 そしてすぐに大きな音を立てて、扉が開かれる。視界に白魔導士の証である純白のローブが眩しく入り込む。

「リエノーラさまっ」
「…………っ」

 声を上げなかったのが、奇跡だった。

 部屋に飛び込んだと同時に私の名を呼んだのは、栗色の髪の天使のような女の子───リジェンテだったから。

 二つに結ったおさげの片方は胸に垂れて、反対側は背中の方にある。大慌てで走ってきたのだろう。私の名を呼んだあと、肩で息をしている。

 そしてその表情は喜びというよりは、驚愕というものに近い。さくらんぼみたいな可愛らしい唇はわなないていて、言葉を紡ごうとしてもうまくできないようだ。ただただ食い入るように私を見つめている。

 次いで、扉が開く。そして飛び込んで来たのは大柄な剣士───クウエット。

「お嬢ちゃんっ。目ぇ、覚ましたのか!?」

 誰よりも大きな体躯で、たくましい褐色の肌。赤紫色の髪は相変わらず短いまま。いつも背にあった大剣は、今日は手にしている。たったそれだけのことが妙に懐かしい。

 無意識にくしゃりと顔が歪んでしまう。二人の視線が私の動向を探りながらこちらに近づく。ゆっくりと。そんな中、再び懐かしい声が聞こえてきた。

「リエノーラさま、あなた………死んだんじゃ」

 クウエットの横からひょっこり顔を覗かせたのは、魔術師のファレンセガ。元踊り子らしく露出全開の衣装を身に付けている。

 ただ、そう呟いてこちらに近づこうとした途端、リジェンテが慌ててその口を塞ごうとする。

「ちょ、滅多なことをおっしゃらないでください」
「だって、」
「だってじゃありませんっ。黙ってくださいっ」

 本格的に怒り出してしまったリジェンテに、ファレンセガの柳眉がピクリと跳ねる。

 むっとした表情を浮かべたファレンセガが腕を組んでリジェンテを威嚇している。両脇で寄せられた胸が相も変わらず豊満で、懐かしいというか、羨ましい。

「ちょっと、リジェンテ、あんただって、そう言ってたじゃない」
「違いますっ。やめてください」
「はぁ?何言ってんの?このチビ」
「チビじゃないですっ。成長期なんですっ」

 ムキになって言い返すリジェンテに、ファレンセガは肩に落ちた金髪を背に流してから鼻で笑う。

 あ、この感覚も懐かしい。この数秒後、間違いなく喧嘩が始まるだろう。

 ……どうしよう。先読みして、止めた方が良いのだろうか。でも、久しぶりの二人の喧嘩をちょっと見たいという好奇心も疼いている。
 
 そして、後者の方に気持ちが傾きかけた途端、それはまったく別のものに遮られた。

 ───バタンッ。

 扉を破壊する程のけたましい音が、喧騒を奪っていった。一気に部屋が静寂に満ちる。

 そんな中、私の目が限界まで見開かれた。

「………姫さま」

 私を見つめるあなたも、限界までアイスブルーの瞳を見開いている。

 あなたは、そんな顔もするんだね。初めて知った。

 いつもきちんと一つに整えていた銀色の髪が少し乱れている。聖騎士の衣装は変わらないけれど、マントは身に付けていないから、あなたが荒い息を繰り返しているのがちゃんと見える。
 
 嬉しいな。走ってここまで来てくれたんだね。






 ああ……全員が、ここに居る。

 マリモも、当たり前のように私の膝にいる。そしてあなたが……カーディルを含めた皆が私を見つめてくれている。


 ───壁に掛けてある古びた時計が、再びカチリと音を立てて動いた。

 その瞬間、止まっていた時間が動き出した。
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