勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

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私の時間

あなたに私の恋心を捧げます

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「うぅっ……、うっ……ふぇっ……ううっ、うっ」

 気づけば私は、みっともなく魔法陣にしゃがみこんで泣いていた。

 ついさっき、あなたが居なくなってしまって、もうこれ以上辛いと思うことなんてないと思っていたのに。 

「利恵、そんなに泣かないで。大丈夫、マリモ殿にすぐに会えるよ。もちろん他の皆んなにも、ね」

 頭上からリベリオの優しい声が降ってきた。

 ……ああ、駄目だ。今の私は、もう完全にリベリオの言葉に縋っている。抗うことができない。

「………本当?」
「ああ、本当だ」

 そう言って強くうなずいたリベリオは、いつの間にか肖像画に描かれていた甲冑姿に変わっていた。

 腰には2本の剣を刺している。そして、半透明でもはない。

 ───………あれ?いつの間に?でも、どうやって?

 リベリオにそう問いかけようと思った。

 けれど、それよりも早くリベリオが口を開く。

「じゃあ次は、ちょっと君にも協力してもらおうか」

 そう言った途端、リベリオは手を伸ばして私の腕を掴むと、無理やり立ち上がらせる。強引なそれにとても嫌な予感がする。

「ごめんね。女の子に無体なことをするのは、僕の美学に反することなんだけれど……仕方ないよね」
「は?───………え、ちょ、まっ」

 リベリオは腰に差していた剣を一本抜いた。その表情はさっきの穏やかさは皆無。

 しまった。気を許した私が間違いだった。でも、そう気付いた時にはもう遅かった。リベリオは何の躊躇もなく私に刃を向けた。
「っう、痛っ」

 すぐに、脇腹に熱湯をかけられたような熱さが走った。

 痛みはない。ただ熱くて、苦しくて、立っていられなくて、かくんと膝を付く。

 無意識に傷口に手を当てれば、ぬるりと嫌な感触がした。もう、絶対にそこに目を向けられない。

 怖くて寒くてきゅっと目を閉じた瞬間、再びリベリオの声が降ってきた。

「ごめんね。これも切らせてもらうよ」

 言うが早いか、私の髪が掴まれた。次いで、ばさりと地面に散らばる気配がした。

「…………っ!?」

 蹲っている私の視界でも、無残に斬り捨てられたすみれ色の髪が泥にまみれるのがわかった。そして、鮮血がそれに絡む。ひどい光景だ。

 あなたが綺麗だと言ってくれた髪だというのに、こんなことをするなんて。

「うん、これくらいで、良いかなぁ」
「なに………が」

 息も絶え絶えになりながら、そう問いかければリベリオは眉を上げて説明を始めた。

「魂を入れ替えるのに、少し君に手伝ってもらうって言っただろう?もう一人の君と同じ髪型、そして、同じ場所に同じ深さの傷を負ってもらったんだ」
「…………なっ」
「もう一人の君は、死にかけている。というかもう死んじゃったけど。でも、人は死んでしまっても、肉体自体はすぐには活動を止めない。だから、君の魂を入れれば何事のなかったように動き出すよ」

 つらつらと説明をするリベリオは、ここで憂えた表情を浮かべた。

「で、君もこの世界で、もうすぐ死ぬ」
「………………」

 でしょうね。

 この言葉には、思わず苦笑を浮かべてしまった。

「ねぇ、初代の英雄さん。結構えげつないこと……言ってる自覚ありま……す?」
「ははっ。英雄なんて後からついて来た呼び名だよ。僕はそんなたいそうなものじゃない」

 これまた、でしょうね。 

 物理的接触はできないって言っていたくせに、こうして私に深手を負わせることができるなんて。この人は稀代のペテン師だ。

 そしてまんまと騙されてしまった私は、稀代の大馬鹿者だ。

 掠れた笑い声が零れる。でもしっかりこの詐欺師を睨み続ける。

 そして視線が絡み合う。言葉は出さなくても、私が何を言いたいのかしっかり汲み取ったリベリオは淡々と言葉を紡ぐ。

「言い忘れていたけれど、特定の条件が揃えば、君から触れることはできなくても、僕からは触れることができるんだ」
「………えー……ずるい」
「ま、先祖の特権ってことで許して」

 元気があったら全力でぶん殴りたくなるような茶目っ気のある謝罪を口にしたリベリオは、私を横抱きにする。そして、私の身体をこと切れたあなたの隣に寝かせた。

 次いで私と冷たくなってしまったあなたの手と重ね合わせる。

「さあ……もう、時間だ。君の大切な人に最後のお別れをして」

 さっきまであんなに冷たかったあなたの手が、今は冷たくない。それは私もあなたと同じくらい冷たくなっているからなのだろう。

 カーディル=ゲイニィ。私だけに教えてくれた愛称はディル。

 聖騎士団の団長で双剣使いのあなた。私の大好きな人。

 ねぇ、ディル。この人が詐欺師じゃなくて本当に初代の勇者で、これがなにかの罠じゃなかったら、またあなたに会えるね。

 そうしたらきっと、私はまたあなたに恋をすると思う。

 ………でもね、その気持はここに置いていくね。

 初めて恋をした相手が、あなたで良かった。これは一生分の恋だった。だから、もう次を望まない。 

 その代わり、今度こそあなたを守れる強い自分になるからね。

 力の入らない手で、あなたの指先をなぞる。長い指、大好きだった。ちょっとでも触れられると、ドキドキが止まらなくて、あなたに聞こえてしまうのではないかといつも心配していた。

 そしてこんな、今わの際になっても、やっぱりドキドキしてしまう自分が可笑しかった。

 


「おやすみ、利恵。目覚めはすぐだけれど、どうかそれまで一時の癒やしを」

 まるでお昼寝を見守るような言葉を吐いたリベリオに、お前が言うなと心の中で悪態を付く。

 そして、意識が途切れる最後の瞬間、大好きなあなたの横顔をしっかり見つめ、私は目を閉じた。
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