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私の時間
英雄との取引④
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「僕、半透明になってからでもそこそこ生きてきたけれど、こんなにあからさまに変な顔をする子、初めてみたよ」
姿勢を戻しながら紡ぐリベリオのその言葉に、自分がものの見事に理解不能な顔をしていることに気付いた。
でも、それは事実。ここで変に恰好つけたところで何の意味もない。
「えっと………てんい?」
一先ず知らない単語を理解したくてリベリオに問いかければ、彼はすぐに答えてくれた。
「そう。並行世界に君の魂を移動すると言ったほうがわかりや………すくないね。うん、ごめん。本当にごめん」
そう何度も謝らないで欲しい。謝られるたびに、自分が馬鹿だと言われているような気がするので。
「人間には沢山の運命の分かれ道がある。その数だけ、君の人生があったんだ」
「ふぅーん」
「で、僕が提案するのは君だけが死んでしまった世界と、君だけが生き残った世界をくっつけるってこと」
「なるほど」
「理解してもらえてうれしいよ」
リベリオは一仕事終えたようなやれやれといった感じの安堵の表情を浮かべた。
説明だけで、随分の労力を使わせてしまったことを知る。でも、これはテスト範囲になったことは一度もないから、仕方がないと勝手に言い訳をさせてもらおう。言わないけど。
そして、もう一度リベリオの言葉を心の中で反芻すれば、ふと疑問に思うことがあった。
「私と聖獣の……力?」
この場に聖獣などというカッコイイ生き物は存在しない。いるのは、死にぞこないの私と癒し担当の小動物だけ。
でも、リベリオの視線はじっと私の肩にいるマリモに注がれている。まさか……。
「………マリモが聖獣?」
「ああ、そうだよ。しかもこの一部緑色の毛並みは希少種。本当は、白銀一色の毛並みなんだよ。ものすごいもの、君は仲間にしたんだねぇ。これも運がいい。でも、マリモ殿には代価として、消えてもらうけど」
「馬鹿言わないでっ」
私は肩にいるマリモを引きはがし掻き抱く。そしてそのまま抱きしめる力を強くして、リベリオから3歩引いた。
次いで、半透明人間とどう戦えば良いかわからない私は、咄嗟にマリモを背に隠す。
「どうしてそんな酷いことを言うの!?嫌よっ。マリモを殺さないでっ───……っ痛」
半狂乱になった私に痛みを与えたのは、リベリオではなくマリモだった。マリモが私の手の甲を噛んだのだ。
………初めてマリモに噛まれた。
尻尾を握っても、眠っているときに起こしても、木の実をいたずらで取り上げてみても絶対に怒ったりしなかったのに。
噛まれた手の甲より、驚きの方で胸が痛い。
そして、驚いた拍子に手を離した途端、マリモはリベリオの足元に移動した。
「マリモ殿はどうやら、私に協力をしてくれるらしいね」
「マリモ、駄目っ。こっちにおいで」
いつものように、しゃがんで手を伸ばす。
でもマリモは私をじっと見つめるだけで、こちらに足を向けてはくれない。
「聖獣は賢いから君の言葉も、僕の言葉もわかっている。そして、マリモ殿の命はもうすぐ消えるよ」
「嘘つき!」
私はあらん限りの声で、リベリオを罵倒した。
あっさりとそんなことを言うリベリオに心の底から怒りを覚える。それに、まったく嘘を感じられないその口調にも腹が立つ。それに、そんな悲しそうな顔もしないで。
「嘘じゃない。……そっか。君には、見えないんだね。あのね、マリモは君を護る為に相当力をつかったんだ。この姿を保つのも精一杯なんだ。もうすぐ、消える」
「嘘だっ。絶対に嘘っ。あんたなんて大っ嫌いっ。馬鹿っ」
「……口、悪いねぇ。仕方がない子だ。僕だって君からそんなことを言われたら傷付くんだよ。でも、僕は君に恨まれても、マリモの意志を尊重させてもらうよ」
聞き分けのない子供を窘めるような口調でそう言ったリベリオは、静かに膝を付き、マリモと向き合った。
「マリモ殿、それでは利恵の運命の回廊を開く為、お力添えをお願いします」
そうリベリオに言われたマリモは、私の方を向いた。
前足をきちんと揃え、耳をピンと立てて。そして、ふさふさの尻尾を2回振って、きゅーっと鳴いた。
まるで、お別れの挨拶をするように。
「嫌だっ。まりもっ、置いて行かないでっ」
弾かれたように私は、立ち上がる。そしてマリモの元へ駆け寄ろうとした。───その瞬間、マリモはまばゆい光を放った。
眩しくて思わず目を閉じる。でもそれは一瞬のこと。すぐに目を開ける。でも、そこにはマリモの姿はなかった。
その代わり、魔法陣が描かれていた。細かい古代文字が描かれていて、ファレンセガやリジェンテが創る魔法陣なんかよりもっと複雑で大きなものだった。
そして、マリモの毛並みと同じ、白銀と緑色で描かれたものだった。
「……マリモ、どうして?」
かくんと膝を付く。
びしゃっと泥の感触が膝に、脛に感じる。でも、それを不快とは思わなかった。
───……ざあざあと雨が降り注ぐ。
でも、さっきまで私の髪に、肩に、背に、嫌というほど感じていた雨粒を感じることはない。この魔法陣の中にいるからだ。
「……マリモの馬鹿」
大好きだったふさふさの尻尾。なめらかな毛並み。琥珀色のくりくりとした瞳。
でも、消えてしまった。小さな温もりが。私に癒しを与えてくれた大切な存在が。
ああ……私は最後の仲間まで失ってしまったのだ。
姿勢を戻しながら紡ぐリベリオのその言葉に、自分がものの見事に理解不能な顔をしていることに気付いた。
でも、それは事実。ここで変に恰好つけたところで何の意味もない。
「えっと………てんい?」
一先ず知らない単語を理解したくてリベリオに問いかければ、彼はすぐに答えてくれた。
「そう。並行世界に君の魂を移動すると言ったほうがわかりや………すくないね。うん、ごめん。本当にごめん」
そう何度も謝らないで欲しい。謝られるたびに、自分が馬鹿だと言われているような気がするので。
「人間には沢山の運命の分かれ道がある。その数だけ、君の人生があったんだ」
「ふぅーん」
「で、僕が提案するのは君だけが死んでしまった世界と、君だけが生き残った世界をくっつけるってこと」
「なるほど」
「理解してもらえてうれしいよ」
リベリオは一仕事終えたようなやれやれといった感じの安堵の表情を浮かべた。
説明だけで、随分の労力を使わせてしまったことを知る。でも、これはテスト範囲になったことは一度もないから、仕方がないと勝手に言い訳をさせてもらおう。言わないけど。
そして、もう一度リベリオの言葉を心の中で反芻すれば、ふと疑問に思うことがあった。
「私と聖獣の……力?」
この場に聖獣などというカッコイイ生き物は存在しない。いるのは、死にぞこないの私と癒し担当の小動物だけ。
でも、リベリオの視線はじっと私の肩にいるマリモに注がれている。まさか……。
「………マリモが聖獣?」
「ああ、そうだよ。しかもこの一部緑色の毛並みは希少種。本当は、白銀一色の毛並みなんだよ。ものすごいもの、君は仲間にしたんだねぇ。これも運がいい。でも、マリモ殿には代価として、消えてもらうけど」
「馬鹿言わないでっ」
私は肩にいるマリモを引きはがし掻き抱く。そしてそのまま抱きしめる力を強くして、リベリオから3歩引いた。
次いで、半透明人間とどう戦えば良いかわからない私は、咄嗟にマリモを背に隠す。
「どうしてそんな酷いことを言うの!?嫌よっ。マリモを殺さないでっ───……っ痛」
半狂乱になった私に痛みを与えたのは、リベリオではなくマリモだった。マリモが私の手の甲を噛んだのだ。
………初めてマリモに噛まれた。
尻尾を握っても、眠っているときに起こしても、木の実をいたずらで取り上げてみても絶対に怒ったりしなかったのに。
噛まれた手の甲より、驚きの方で胸が痛い。
そして、驚いた拍子に手を離した途端、マリモはリベリオの足元に移動した。
「マリモ殿はどうやら、私に協力をしてくれるらしいね」
「マリモ、駄目っ。こっちにおいで」
いつものように、しゃがんで手を伸ばす。
でもマリモは私をじっと見つめるだけで、こちらに足を向けてはくれない。
「聖獣は賢いから君の言葉も、僕の言葉もわかっている。そして、マリモ殿の命はもうすぐ消えるよ」
「嘘つき!」
私はあらん限りの声で、リベリオを罵倒した。
あっさりとそんなことを言うリベリオに心の底から怒りを覚える。それに、まったく嘘を感じられないその口調にも腹が立つ。それに、そんな悲しそうな顔もしないで。
「嘘じゃない。……そっか。君には、見えないんだね。あのね、マリモは君を護る為に相当力をつかったんだ。この姿を保つのも精一杯なんだ。もうすぐ、消える」
「嘘だっ。絶対に嘘っ。あんたなんて大っ嫌いっ。馬鹿っ」
「……口、悪いねぇ。仕方がない子だ。僕だって君からそんなことを言われたら傷付くんだよ。でも、僕は君に恨まれても、マリモの意志を尊重させてもらうよ」
聞き分けのない子供を窘めるような口調でそう言ったリベリオは、静かに膝を付き、マリモと向き合った。
「マリモ殿、それでは利恵の運命の回廊を開く為、お力添えをお願いします」
そうリベリオに言われたマリモは、私の方を向いた。
前足をきちんと揃え、耳をピンと立てて。そして、ふさふさの尻尾を2回振って、きゅーっと鳴いた。
まるで、お別れの挨拶をするように。
「嫌だっ。まりもっ、置いて行かないでっ」
弾かれたように私は、立ち上がる。そしてマリモの元へ駆け寄ろうとした。───その瞬間、マリモはまばゆい光を放った。
眩しくて思わず目を閉じる。でもそれは一瞬のこと。すぐに目を開ける。でも、そこにはマリモの姿はなかった。
その代わり、魔法陣が描かれていた。細かい古代文字が描かれていて、ファレンセガやリジェンテが創る魔法陣なんかよりもっと複雑で大きなものだった。
そして、マリモの毛並みと同じ、白銀と緑色で描かれたものだった。
「……マリモ、どうして?」
かくんと膝を付く。
びしゃっと泥の感触が膝に、脛に感じる。でも、それを不快とは思わなかった。
───……ざあざあと雨が降り注ぐ。
でも、さっきまで私の髪に、肩に、背に、嫌というほど感じていた雨粒を感じることはない。この魔法陣の中にいるからだ。
「……マリモの馬鹿」
大好きだったふさふさの尻尾。なめらかな毛並み。琥珀色のくりくりとした瞳。
でも、消えてしまった。小さな温もりが。私に癒しを与えてくれた大切な存在が。
ああ……私は最後の仲間まで失ってしまったのだ。
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