勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

文字の大きさ
4 / 37
私の時間

英雄との取引③

しおりを挟む
 突然だけれど、私には二つの名前がある。

 富樫利恵とがし りえ。これが私が生まれてからずっと呼ばれていた名前で、一番馴染みがあるもの。

 日本人らしく真面目に大学進学を目指して、そこそこ勉強して、がっつり友達と過ごす時間を大事にして。そして、恋をしている友達を見てちょっと羨ましいと思っている、どこにでもいた普通の女子高生。

 そしてもう一つ。リエノーラ=ロゥ=フィスオーレ

 フィスオーレ国の第一王女であり、かつてこの世界を魔王から救った英雄の子孫でもあり、この世界で唯一、魔王を打ち倒す力を持つもの。

 この世界は200年前、魔界の王、通称、魔王によって滅ぼされようとしていた。けれど、私の祖先、初代の勇者リベリオは仲間と共に魔王を討伐すべく旅に出た。

 そして、無事、魔王を封印することに成功して、人間界に平和が訪れた。

 けれど、初代の勇者がしたのは討伐ではなく封印。だから、200年も経てば、封印だってガタがくる。

 というわけで、私は再び魔王を討伐すべく旅に出たのだ。

 ───……はい。ここでストップ。

 絶対におかしいと思った人がいるはず。多分、ほとんどの人がここではてなマークを抱えていると思う。

 それを一つ一つ説明すると、まず、勇者は日本人ではない。そして私も日本人ではない。日本という国がある世界を少々間借りしていたという表現が正しいのだ。

 つまり私の生まれはこの世界。そして、すぐに日本がある世界に転移したということ。日本人らしく黒目黒髪に姿を変えて。ちなみにずっと両親だと思っていたのは、私の本当の父、ダウナベル王の側近だった。

 なぜ、そんなややこしい事態になったのかといえば、ちゃんと理由がある。

 初代の勇者の遺書ともいえる古文書に、魔王の封印は200年で解かれると記されていたのだ。

 そして、ちょうど200年目に勇者の末裔として生まれた私は、この世に生を受けた時点で、魔王討伐が義務付けられていたのだ。

 ただこの世界は既に魔界の浸食を受けていた。だから、成人するまで私は異世界を隠れ蓑にして過ごしていた。ちなみにこの世界の成人は17歳。

 そして17歳の誕生日を迎えたと同時に、私はこの世界へと戻った。その後すぐ元の姿へと戻り、魔王討伐の旅へと出たのだ。

 私の実家……というか、お城にいた期間は一ヶ月もなかった。だからこの世界について学ぶ時間はほとんどなかった。沢山の疑問を抱えたまま始まった旅だった。

 でも、私にはカーディルがいてくれた。わからないことは全て彼が教えてくれた。考える必要すらなかった。ただぬくぬくと守られ、遠足気分のまま旅を続けていたのだ。

 そして仲間と出会ってからもそれは変わらなかった。けれど───それが大きな過ちだったのだ。私は、自覚が足りなかった。もっと強さも知識も身に付けなければいけなかったのだ。
 
 日本で過ごした年月は、私に楽しく生きることを教えてくれたけれど、死と隣り合わせの危機感とか、仲間を失う恐怖は教えてくれなかった。

 でも、それを言い訳にしちゃいけなかったのだ。ちゃんと気持ちを切り替えないといけなかったのだ。

 馬鹿な私。愚かな私。

 大切なものを失ってから、そんな当たり前のことに気付くなんて……。




 

「ねぇ、これは君の望んでいた未来だった?」

 リベリオの声でよそに飛ばしていた意識を戻す。その声はとても静かだった。けれど、とても重いものだった。

 胸を抉るその言葉に、怒りを覚えるより先に、ああ、これは遠回しに責められているんだと気付く。

 でも、すぐに激しい感情が全身を襲う。

 馬鹿なことを言わないで欲しい。だれがこんなものを望んでいたというのだ。

 いっそ殺してくれと叫びたい。こんな地獄を見る為に私はこの世界に戻ってきたわけじゃない。こんな絶望を味わう為に、旅に出たわけじゃない。皆を仲間にしたわけじゃない。

 ぎりっと唇を噛む。鉄さびの味が口の中に広がる。

「私を責めて、詰って、犠牲にして、それで世界が救われるならそうしてよ」

 初代の勇者は、天界の血を引いていた。そして天界人だけが持つ光の力で魔王を封印したと伝え聞いている。だから、きっとリベリオが現れたのは、それをするため。もう一度魔王を封印する為なのだろう。

 初代の勇者はとても短命だった。それは封印の為に自分の命を削ったせいで。

 きっとその力は血筋として代々受け継がれてきたとはいえ、200年も経っていればそれは随分薄くなっているだろう。

 だから短命どころが、私の全部の命を使って魔王を封印できるかどうかすら危ういと思う。

 それでも良い。責任云々ではなく、もう楽にしてほしい。大好きな仲間の元に行けるなら、それを選ばせてほしい。

 そう無様に懇願すれば、リベリオは緩く首を振った。

「そうじゃない。それを使うのは、僕だって望んでいない」
「………でも、」
「ねぇ、利恵。君の大切な人は、君に何て言った?」
「………っ」
「生きろって言ったよね」
「………」

 恐ろしい程優しい声で、リベリオは残酷な言葉を紡ぐ。

 そうだよ………死んでしまったあなたは、私に幸せになってと言った。私が無事だったことを心から喜んでいた。

 はっきりと生きろと言われていないけれど、言葉よりもっともっと深く重く、身体全体を使ってそう言っていた。

「……でも、私……辛いよ」

 情けない程、飾らない本音が出た。

 今度こそリベリオに張り倒されると思った。でも、今回もまた初代の勇者は慈愛に満ちた笑みを浮かべるだけ。

「うん。辛いよね。でも、自暴自棄にならないで。君がそんなことをしなくても未来を変える方法が一つだけあるんだ」

 この世界には魔法がある。

 何もないところから光を生み出せる。炎も、氷も、水だって。それは時として生活に役立つものであり、時として戦う術ともなる。

 でも、人の生死や運命を変えれるものじゃない。魔法はあくまで科学の延長線上にある。
 
 だからリベリオが提案するその方法は、きっとロクなものじゃない。信じちゃだめだ。そう本能が警鐘を鳴らす。

 でも、弱い私は、それに縋りたいと叫んでいる。認められない光景と、受け入れたくない現実を前にして、これを戯言と切り捨てられない。

「……教えて」

 無意識に零れた言葉は掠れていた。

 雨音がかき消してしまうと思う程小さな声だったのに、リベリオにはちゃんと届いたようだ。

 リベリオは一歩、私に近づいた。次いで膝を折り、私を覗き込みながらこう言った。

「僕一人の力では少々足りないけど、君の協力と、聖獣の力があれば、君の魂をもう一つの世界に転移させることができるよ」

 とっておきの案を出してくれたようだけれど……残念ながら、私にはリベリオの言っていること全てがわからなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

安らかにお眠りください

くびのほきょう
恋愛
父母兄を馬車の事故で亡くし6歳で天涯孤独になった侯爵令嬢と、その婚約者で、母を愛しているために側室を娶らない自分の父に憧れて自分も父王のように誠実に生きたいと思っていた王子の話。 ※突然残酷な描写が入ります。 ※視点がコロコロ変わり分かりづらい構成です。 ※小説家になろう様へも投稿しています。

ジェリー・ベケットは愛を信じられない

砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。 母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。 それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。 しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。 だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。 学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。 そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。 ※世界観はゆるゆる ※ざまぁはちょっぴり ※他サイトにも掲載

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?

しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。 そんな小説みたいなことが本当に起こった。 婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。 婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。 仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。 これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。 辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

王家の面子のために私を振り回さないで下さい。

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢ユリアナは王太子ルカリオに婚約破棄を言い渡されたが、王家によってその出来事はなかったことになり、結婚することになった。 愛する人と別れて王太子の婚約者にさせられたのに本人からは避けされ、それでも結婚させられる。 自分はどこまで王家に振り回されるのだろう。 国王にもルカリオにも呆れ果てたユリアナは、夫となるルカリオを蹴落として、自分が王太女になるために仕掛けた。 実は、ルカリオは王家の血筋ではなくユリアナの公爵家に正統性があるからである。 ユリアナとの結婚を理解していないルカリオを見限り、愛する人との結婚を企んだお話です。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...