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私の時間
英雄との取引③
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突然だけれど、私には二つの名前がある。
富樫利恵。これが私が生まれてからずっと呼ばれていた名前で、一番馴染みがあるもの。
日本人らしく真面目に大学進学を目指して、そこそこ勉強して、がっつり友達と過ごす時間を大事にして。そして、恋をしている友達を見てちょっと羨ましいと思っている、どこにでもいた普通の女子高生。
そしてもう一つ。リエノーラ=ロゥ=フィスオーレ
フィスオーレ国の第一王女であり、かつてこの世界を魔王から救った英雄の子孫でもあり、この世界で唯一、魔王を打ち倒す力を持つもの。
この世界は200年前、魔界の王、通称、魔王によって滅ぼされようとしていた。けれど、私の祖先、初代の勇者リベリオは仲間と共に魔王を討伐すべく旅に出た。
そして、無事、魔王を封印することに成功して、人間界に平和が訪れた。
けれど、初代の勇者がしたのは討伐ではなく封印。だから、200年も経てば、封印だってガタがくる。
というわけで、私は再び魔王を討伐すべく旅に出たのだ。
───……はい。ここでストップ。
絶対におかしいと思った人がいるはず。多分、ほとんどの人がここではてなマークを抱えていると思う。
それを一つ一つ説明すると、まず、勇者は日本人ではない。そして私も日本人ではない。日本という国がある世界を少々間借りしていたという表現が正しいのだ。
つまり私の生まれはこの世界。そして、すぐに日本がある世界に転移したということ。日本人らしく黒目黒髪に姿を変えて。ちなみにずっと両親だと思っていたのは、私の本当の父、ダウナベル王の側近だった。
なぜ、そんなややこしい事態になったのかといえば、ちゃんと理由がある。
初代の勇者の遺書ともいえる古文書に、魔王の封印は200年で解かれると記されていたのだ。
そして、ちょうど200年目に勇者の末裔として生まれた私は、この世に生を受けた時点で、魔王討伐が義務付けられていたのだ。
ただこの世界は既に魔界の浸食を受けていた。だから、成人するまで私は異世界を隠れ蓑にして過ごしていた。ちなみにこの世界の成人は17歳。
そして17歳の誕生日を迎えたと同時に、私はこの世界へと戻った。その後すぐ元の姿へと戻り、魔王討伐の旅へと出たのだ。
私の実家……というか、お城にいた期間は一ヶ月もなかった。だからこの世界について学ぶ時間はほとんどなかった。沢山の疑問を抱えたまま始まった旅だった。
でも、私にはカーディルがいてくれた。わからないことは全て彼が教えてくれた。考える必要すらなかった。ただぬくぬくと守られ、遠足気分のまま旅を続けていたのだ。
そして仲間と出会ってからもそれは変わらなかった。けれど───それが大きな過ちだったのだ。私は、自覚が足りなかった。もっと強さも知識も身に付けなければいけなかったのだ。
日本で過ごした年月は、私に楽しく生きることを教えてくれたけれど、死と隣り合わせの危機感とか、仲間を失う恐怖は教えてくれなかった。
でも、それを言い訳にしちゃいけなかったのだ。ちゃんと気持ちを切り替えないといけなかったのだ。
馬鹿な私。愚かな私。
大切なものを失ってから、そんな当たり前のことに気付くなんて……。
「ねぇ、これは君の望んでいた未来だった?」
リベリオの声でよそに飛ばしていた意識を戻す。その声はとても静かだった。けれど、とても重いものだった。
胸を抉るその言葉に、怒りを覚えるより先に、ああ、これは遠回しに責められているんだと気付く。
でも、すぐに激しい感情が全身を襲う。
馬鹿なことを言わないで欲しい。だれがこんなものを望んでいたというのだ。
いっそ殺してくれと叫びたい。こんな地獄を見る為に私はこの世界に戻ってきたわけじゃない。こんな絶望を味わう為に、旅に出たわけじゃない。皆を仲間にしたわけじゃない。
ぎりっと唇を噛む。鉄さびの味が口の中に広がる。
「私を責めて、詰って、犠牲にして、それで世界が救われるならそうしてよ」
初代の勇者は、天界の血を引いていた。そして天界人だけが持つ光の力で魔王を封印したと伝え聞いている。だから、きっとリベリオが現れたのは、それをするため。もう一度魔王を封印する為なのだろう。
初代の勇者はとても短命だった。それは封印の為に自分の命を削ったせいで。
きっとその力は血筋として代々受け継がれてきたとはいえ、200年も経っていればそれは随分薄くなっているだろう。
だから短命どころが、私の全部の命を使って魔王を封印できるかどうかすら危ういと思う。
それでも良い。責任云々ではなく、もう楽にしてほしい。大好きな仲間の元に行けるなら、それを選ばせてほしい。
そう無様に懇願すれば、リベリオは緩く首を振った。
「そうじゃない。それを使うのは、僕だって望んでいない」
「………でも、」
「ねぇ、利恵。君の大切な人は、君に何て言った?」
「………っ」
「生きろって言ったよね」
「………」
恐ろしい程優しい声で、リベリオは残酷な言葉を紡ぐ。
そうだよ………死んでしまったあなたは、私に幸せになってと言った。私が無事だったことを心から喜んでいた。
はっきりと生きろと言われていないけれど、言葉よりもっともっと深く重く、身体全体を使ってそう言っていた。
「……でも、私……辛いよ」
情けない程、飾らない本音が出た。
今度こそリベリオに張り倒されると思った。でも、今回もまた初代の勇者は慈愛に満ちた笑みを浮かべるだけ。
「うん。辛いよね。でも、自暴自棄にならないで。君がそんなことをしなくても未来を変える方法が一つだけあるんだ」
この世界には魔法がある。
何もないところから光を生み出せる。炎も、氷も、水だって。それは時として生活に役立つものであり、時として戦う術ともなる。
でも、人の生死や運命を変えれるものじゃない。魔法はあくまで科学の延長線上にある。
だからリベリオが提案するその方法は、きっとロクなものじゃない。信じちゃだめだ。そう本能が警鐘を鳴らす。
でも、弱い私は、それに縋りたいと叫んでいる。認められない光景と、受け入れたくない現実を前にして、これを戯言と切り捨てられない。
「……教えて」
無意識に零れた言葉は掠れていた。
雨音がかき消してしまうと思う程小さな声だったのに、リベリオにはちゃんと届いたようだ。
リベリオは一歩、私に近づいた。次いで膝を折り、私を覗き込みながらこう言った。
「僕一人の力では少々足りないけど、君の協力と、聖獣の力があれば、君の魂をもう一つの世界に転移させることができるよ」
とっておきの案を出してくれたようだけれど……残念ながら、私にはリベリオの言っていること全てがわからなかった。
富樫利恵。これが私が生まれてからずっと呼ばれていた名前で、一番馴染みがあるもの。
日本人らしく真面目に大学進学を目指して、そこそこ勉強して、がっつり友達と過ごす時間を大事にして。そして、恋をしている友達を見てちょっと羨ましいと思っている、どこにでもいた普通の女子高生。
そしてもう一つ。リエノーラ=ロゥ=フィスオーレ
フィスオーレ国の第一王女であり、かつてこの世界を魔王から救った英雄の子孫でもあり、この世界で唯一、魔王を打ち倒す力を持つもの。
この世界は200年前、魔界の王、通称、魔王によって滅ぼされようとしていた。けれど、私の祖先、初代の勇者リベリオは仲間と共に魔王を討伐すべく旅に出た。
そして、無事、魔王を封印することに成功して、人間界に平和が訪れた。
けれど、初代の勇者がしたのは討伐ではなく封印。だから、200年も経てば、封印だってガタがくる。
というわけで、私は再び魔王を討伐すべく旅に出たのだ。
───……はい。ここでストップ。
絶対におかしいと思った人がいるはず。多分、ほとんどの人がここではてなマークを抱えていると思う。
それを一つ一つ説明すると、まず、勇者は日本人ではない。そして私も日本人ではない。日本という国がある世界を少々間借りしていたという表現が正しいのだ。
つまり私の生まれはこの世界。そして、すぐに日本がある世界に転移したということ。日本人らしく黒目黒髪に姿を変えて。ちなみにずっと両親だと思っていたのは、私の本当の父、ダウナベル王の側近だった。
なぜ、そんなややこしい事態になったのかといえば、ちゃんと理由がある。
初代の勇者の遺書ともいえる古文書に、魔王の封印は200年で解かれると記されていたのだ。
そして、ちょうど200年目に勇者の末裔として生まれた私は、この世に生を受けた時点で、魔王討伐が義務付けられていたのだ。
ただこの世界は既に魔界の浸食を受けていた。だから、成人するまで私は異世界を隠れ蓑にして過ごしていた。ちなみにこの世界の成人は17歳。
そして17歳の誕生日を迎えたと同時に、私はこの世界へと戻った。その後すぐ元の姿へと戻り、魔王討伐の旅へと出たのだ。
私の実家……というか、お城にいた期間は一ヶ月もなかった。だからこの世界について学ぶ時間はほとんどなかった。沢山の疑問を抱えたまま始まった旅だった。
でも、私にはカーディルがいてくれた。わからないことは全て彼が教えてくれた。考える必要すらなかった。ただぬくぬくと守られ、遠足気分のまま旅を続けていたのだ。
そして仲間と出会ってからもそれは変わらなかった。けれど───それが大きな過ちだったのだ。私は、自覚が足りなかった。もっと強さも知識も身に付けなければいけなかったのだ。
日本で過ごした年月は、私に楽しく生きることを教えてくれたけれど、死と隣り合わせの危機感とか、仲間を失う恐怖は教えてくれなかった。
でも、それを言い訳にしちゃいけなかったのだ。ちゃんと気持ちを切り替えないといけなかったのだ。
馬鹿な私。愚かな私。
大切なものを失ってから、そんな当たり前のことに気付くなんて……。
「ねぇ、これは君の望んでいた未来だった?」
リベリオの声でよそに飛ばしていた意識を戻す。その声はとても静かだった。けれど、とても重いものだった。
胸を抉るその言葉に、怒りを覚えるより先に、ああ、これは遠回しに責められているんだと気付く。
でも、すぐに激しい感情が全身を襲う。
馬鹿なことを言わないで欲しい。だれがこんなものを望んでいたというのだ。
いっそ殺してくれと叫びたい。こんな地獄を見る為に私はこの世界に戻ってきたわけじゃない。こんな絶望を味わう為に、旅に出たわけじゃない。皆を仲間にしたわけじゃない。
ぎりっと唇を噛む。鉄さびの味が口の中に広がる。
「私を責めて、詰って、犠牲にして、それで世界が救われるならそうしてよ」
初代の勇者は、天界の血を引いていた。そして天界人だけが持つ光の力で魔王を封印したと伝え聞いている。だから、きっとリベリオが現れたのは、それをするため。もう一度魔王を封印する為なのだろう。
初代の勇者はとても短命だった。それは封印の為に自分の命を削ったせいで。
きっとその力は血筋として代々受け継がれてきたとはいえ、200年も経っていればそれは随分薄くなっているだろう。
だから短命どころが、私の全部の命を使って魔王を封印できるかどうかすら危ういと思う。
それでも良い。責任云々ではなく、もう楽にしてほしい。大好きな仲間の元に行けるなら、それを選ばせてほしい。
そう無様に懇願すれば、リベリオは緩く首を振った。
「そうじゃない。それを使うのは、僕だって望んでいない」
「………でも、」
「ねぇ、利恵。君の大切な人は、君に何て言った?」
「………っ」
「生きろって言ったよね」
「………」
恐ろしい程優しい声で、リベリオは残酷な言葉を紡ぐ。
そうだよ………死んでしまったあなたは、私に幸せになってと言った。私が無事だったことを心から喜んでいた。
はっきりと生きろと言われていないけれど、言葉よりもっともっと深く重く、身体全体を使ってそう言っていた。
「……でも、私……辛いよ」
情けない程、飾らない本音が出た。
今度こそリベリオに張り倒されると思った。でも、今回もまた初代の勇者は慈愛に満ちた笑みを浮かべるだけ。
「うん。辛いよね。でも、自暴自棄にならないで。君がそんなことをしなくても未来を変える方法が一つだけあるんだ」
この世界には魔法がある。
何もないところから光を生み出せる。炎も、氷も、水だって。それは時として生活に役立つものであり、時として戦う術ともなる。
でも、人の生死や運命を変えれるものじゃない。魔法はあくまで科学の延長線上にある。
だからリベリオが提案するその方法は、きっとロクなものじゃない。信じちゃだめだ。そう本能が警鐘を鳴らす。
でも、弱い私は、それに縋りたいと叫んでいる。認められない光景と、受け入れたくない現実を前にして、これを戯言と切り捨てられない。
「……教えて」
無意識に零れた言葉は掠れていた。
雨音がかき消してしまうと思う程小さな声だったのに、リベリオにはちゃんと届いたようだ。
リベリオは一歩、私に近づいた。次いで膝を折り、私を覗き込みながらこう言った。
「僕一人の力では少々足りないけど、君の協力と、聖獣の力があれば、君の魂をもう一つの世界に転移させることができるよ」
とっておきの案を出してくれたようだけれど……残念ながら、私にはリベリオの言っていること全てがわからなかった。
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