勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

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再会と始まり

触れられるだけで②

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 更に傷口を踏んづけようとするマリモを抱え上げて、再び立ち上がろうとした私をカーディルが厳しく制した。

「動かないでください。あぁ……傷口が開いてしまいましたね」
「……ですね」

 ディグドレードもそうだけれど、どうしてそう、わざわざ口にするのだろう。敢えて気付かないフリをしているというのに。

 でも、反射的にわき腹に手を当てれば、イイ感じにぬるぬるしている。でも、そこには目を向けない。絶対に見ない。

 痛みに顔を顰めながら視線を泳がせた私の代わりに、カーディルが眉間に皺を刻みながら覗き込んだ。

 そして、みるみるうちに、奇麗なあなたの顔が歪む。でもどんな表情になってもあなたは美しい。

「…………っ、失礼します。少し痛むかもしれません」

 傷口を押さえていた手をそっと剥がされる。

 そして迷いを振り切るようにきゅっと唇を結んだあなたは、私の傷口に手をかざす。

 あなたの手のひらから、金色の柔らかい光が溢れ、脇腹にほわんとした温もりが伝わってきた。

「……っん……あれ?、痛くない」
「私でも簡単な回復魔法くらいなら使えます。……あなたは私にそれを許してはくれませんでしたが」
「………そうなんですか」
「そうなんですよ」

 カーディルは自嘲気味に笑った。
 そして溜息混じりに、こうも言った。

「でも、こういうことは、これっきりにして下さい。そう何度も回復魔法を使いたくありませんから」
「……どうして?」
「記憶が戻った時、あなたに恨まれたくはありませんからね」
「……」

 紡がれる言葉から、もう一人の私がどれだけあなたにキツイ態度と言葉を向けていたのかが、ひしひしと伝わってくる。

 なんかごめん。本当にごめん、カーディル。でも私が謝ったところでなんの意味もない。

「あいにく靴を召喚できる魔法はありませんので、失礼します」
「ふぇっ?───……うわぁっ」

 そう言うか早いか、私の膝裏に手を入れて立ち上がった。つまり、私はお姫様だっこをされてしまった。

 なんの躊躇もなく持ち上げるあなただけれど、私としてはものすごく恥ずかしくてドギマギしてしまう。

 それにあんな話を聞いてしまった後だ。性懲りもなくときめきを覚えてしまう自分に、罪悪感を覚えてしまう。

 ここはやっぱり辞退すべきだろう。

「お、降ろしてください。歩けます」
「裸足で姫さまを歩かせるなど、私の矜持が許しません。何が不都合でも?」

 咄嗟にあなたの首に巻き付けようとした腕を、静かにしまってそう言えば、あなたは、ちょっと眉を上げて私を困らすような言葉を紡ぐ。

 そんなあなたに私は言いたいことがある。とってもある。……でも、言えない。

「……恥ずかしいからです」

 ポロリと本音を零せば、あなたは信じられないといった感じで大きく目を見開いた。

 でもそれは一瞬のこと。あなたはすぐに、小さく咳払いをして表情を切り替える。

「なら、これからは靴をきちんと履き替えてから外出してください」
「……」

 至極真っ当なことを言われ、反論する言葉がみつからない。 

 そんな私にカーディルは一瞬だけ視線を移すけれど、すぐに前を向く。そしてしっかりした足取りで歩き出す。

 ざっ、ざっ、と規則正しい足音。太陽の光と朝露の混ざった草木の青っぽい香り。逞しい腕に広い胸。そして服越しに伝わる温もり。

 嬉しいことに罪悪感を覚え、罪悪感があるのに、嬉しくて。そんな矛盾する感情が胸の中でせめぎ合う。

 きっともう一人の私だったら、あなたをもっと強く拒んでいたはずだ。

 そしてもう一人の私の人生を引き継いだ私は、あの頃のあなたに、今のあなたを重ねてはいけない。

 でも、許して。……ほんの少しだけ。

 私はもう一人の私に謝罪の言葉を紡いで、振動で微かに揺れるあなた身体に合わせて、そっと頬を寄せた。




 ───……私を抱く、カーディルの腕がほんの少し強まった気がした。
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