勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

文字の大きさ
18 / 37
再会と始まり

触れられるだけで①

しおりを挟む
 笑いが治まったディグドレードは、顎に手を当てながら私を見つめている。ニヤニヤと意味ありげに。

 ただそこに敵意はない。なんていうか、小動物をどうイジメてやろうかという目つきだ。

 そしてそんな視線を受ける私は、大変居心地が悪い。

 多分この人は、今は私を殺さない。でも、死なない程度に弄ぶことはする。そんな感じ。

 ディグドレードの視線が強くなる。今にも何かされそうで、息が細くなる。はっ、はっ、と喘ぐように口を開けた瞬間、状況が動いた。
 
 ───ガサッ、ガサガサッ。

 茂みを乱暴に掻き分ける音がしたと思った瞬間、小さな何かが飛び込んできた。
 
「おや、邪魔者がきたようですね。無粋なものです。私はこれでも情緒を大事にするんですが──……おっと、」

 茂みの中からものすごい勢いで飛び込んで来たのは、マリモだった。そして、くるりと宙返りをしたマリモは、シャーっと猫のように威嚇する。

 ヤバイ、可愛い。でも、魔王の側近相手じゃ、勝ち目はない。

 ……と思ったのは私だけのようだった。

 ディグドレードは僅かにたじろぐように一歩身を引いた。そして、参ったといった感じで両手をあげる。 

「聖獣相手では、私は少々分が悪いですから、ここで失礼しますよ。また会いましょう。お嬢さん」

 そう言って肩をすくめたディグドレードは、身に付けていたマントをひらりと自分の身体に巻き付けたと思ったらあっという間に消えてしまった。

 そして、残された私は、ぎゅっとマリモを抱きしめながら、心の中で悪態を付く。

 誰が会うものかっ。塩、持ってこいっ、塩っ。

 あと、知らないうちにマリモの立ち位置がどんどん上がっていくことに気付き、可愛さ優先で名付けた名前が今頃になって、引っ掛かりを覚えてしまう。もっとカッコイイ系の方が良かったかなぁ。ノブナガとか。

「きゅー」

 知っている限りの偉人の名前を頭の中で思い浮かべていたら、甘えるマリモの声で我に返る。次いで、遅れて来た感情のまま声を上げた。

「マリモ、駄目じゃん。こんなところに来ちゃ危ないでしょっ」
「………きゅうぅー」

 耳もしっぽもしゅんと垂れて、上目遣いで見つめられると、ちょっと怒り過ぎたかなと思ってしまう。小動物って、こういう時ちょっとずるい。

 でも、可愛い。そして迎えに来てくれてありがとう。あと、帰り道わかる?

 そんなことを小声でマリモに問いかけていれば、茂みから、深い深いため息が聞こえてきた。

「駄目なのは姫さまも同じです。そして、危ないです」

 耳が痛い小言と共に姿を現したのはカーディルだった。

「……ごめんなさい。ちょっと……あの……」

 ごにょごにょと言葉尻を濁しながら、マリモを胸に抱えて視線をずらせば、カーディルは膝を付き私と向かい合う。

「大変聞きにくいことを聞きますが……私の話が、それほど辛かったですか?」
「……」

 頷くことはできない。

 だって望んだのは、私。そして、あなたは私の我儘をきいてくれただけ。

 だから、そんな顔で罪悪感を覚えないで欲しい。でも、無言でいれば、肯定と受け取られても仕方がない。

 あなたは痛みを堪えるように、息を吸って吐く。次いで、申し訳なさそうに眉を下げながら口を開く。
 
「……もっと、優しい言葉でお伝えすれば良かったです。言葉を選ばなかったこと、申しわけなく思っています。姫さま、どうぞお許しください」
「あ、え?………いえいえ、私が望んだことですから、お気になさらず………っ」

 今度は、もじもじと濁すような言葉を吐いていたけれど、喉に何かが引っかかったように、息が詰まった。

 見上げたあなたの襟元は、うっすらと汗ばんでいたから。そして心なしか息が乱れている。

 私が部屋に居ないことに気付いて慌てて探しに来てくれたのかもしれない。

 ああ、やっぱりあなたは何処にいたって、どんな出会い方をしたって変わらない。あなたは、いつだってそう。超が付くほどに過保護だ。

 そして強い。

 もう一人の私がどれだけあなたを拒み、手を振り払っても、こうして側に居てくれる。

 今ならそれが、聖騎士として培われたものでもなければ、側近兼護衛としての務めでもないことがわかる。……本当に、好きなんだね。大事なんだね。もう一人の私のことが。

 そんな気持ちを胸に抱えながら、私はあなたをじっと見つめる。そうすれば、あなたは私から目を逸らして、身体の向きを変えた。多分、宿屋の方向だろう。

「戻りましょう」
「………はい……っ───痛っ」

 膝を立てた瞬間、脇腹に激痛が走った。

 思わずそこに目をやってしまい激しく後悔した。アイボリー色の寝間着にはべっとりと血糊が付いている。泣きそうだ。

 マリモもつられるように、そこにふんふんと鼻を近づける。お願い、マリモ。ちょっと離れて。傷、踏んでるから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

安らかにお眠りください

くびのほきょう
恋愛
父母兄を馬車の事故で亡くし6歳で天涯孤独になった侯爵令嬢と、その婚約者で、母を愛しているために側室を娶らない自分の父に憧れて自分も父王のように誠実に生きたいと思っていた王子の話。 ※突然残酷な描写が入ります。 ※視点がコロコロ変わり分かりづらい構成です。 ※小説家になろう様へも投稿しています。

ジェリー・ベケットは愛を信じられない

砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。 母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。 それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。 しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。 だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。 学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。 そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。 ※世界観はゆるゆる ※ざまぁはちょっぴり ※他サイトにも掲載

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

家族に裏切られて辺境で幸せを掴む?

しゃーりん
恋愛
婚約者を妹に取られる。 そんな小説みたいなことが本当に起こった。 婚約者が姉から妹に代わるだけ?しかし私はそれを許さず、慰謝料を請求した。 婚約破棄と共に跡継ぎでもなくなったから。 仕事だけをさせようと思っていた父に失望し、伯父のいる辺境に行くことにする。 これからは辺境で仕事に生きよう。そう決めて王都を旅立った。 辺境で新たな出会いがあり、付き合い始めたけど?というお話です。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...