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再会と始まり
触れられるだけで①
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笑いが治まったディグドレードは、顎に手を当てながら私を見つめている。ニヤニヤと意味ありげに。
ただそこに敵意はない。なんていうか、小動物をどうイジメてやろうかという目つきだ。
そしてそんな視線を受ける私は、大変居心地が悪い。
多分この人は、今は私を殺さない。でも、死なない程度に弄ぶことはする。そんな感じ。
ディグドレードの視線が強くなる。今にも何かされそうで、息が細くなる。はっ、はっ、と喘ぐように口を開けた瞬間、状況が動いた。
───ガサッ、ガサガサッ。
茂みを乱暴に掻き分ける音がしたと思った瞬間、小さな何かが飛び込んできた。
「おや、邪魔者がきたようですね。無粋なものです。私はこれでも情緒を大事にするんですが──……おっと、」
茂みの中からものすごい勢いで飛び込んで来たのは、マリモだった。そして、くるりと宙返りをしたマリモは、シャーっと猫のように威嚇する。
ヤバイ、可愛い。でも、魔王の側近相手じゃ、勝ち目はない。
……と思ったのは私だけのようだった。
ディグドレードは僅かにたじろぐように一歩身を引いた。そして、参ったといった感じで両手をあげる。
「聖獣相手では、私は少々分が悪いですから、ここで失礼しますよ。また会いましょう。お嬢さん」
そう言って肩をすくめたディグドレードは、身に付けていたマントをひらりと自分の身体に巻き付けたと思ったらあっという間に消えてしまった。
そして、残された私は、ぎゅっとマリモを抱きしめながら、心の中で悪態を付く。
誰が会うものかっ。塩、持ってこいっ、塩っ。
あと、知らないうちにマリモの立ち位置がどんどん上がっていくことに気付き、可愛さ優先で名付けた名前が今頃になって、引っ掛かりを覚えてしまう。もっとカッコイイ系の方が良かったかなぁ。ノブナガとか。
「きゅー」
知っている限りの偉人の名前を頭の中で思い浮かべていたら、甘えるマリモの声で我に返る。次いで、遅れて来た感情のまま声を上げた。
「マリモ、駄目じゃん。こんなところに来ちゃ危ないでしょっ」
「………きゅうぅー」
耳もしっぽもしゅんと垂れて、上目遣いで見つめられると、ちょっと怒り過ぎたかなと思ってしまう。小動物って、こういう時ちょっとずるい。
でも、可愛い。そして迎えに来てくれてありがとう。あと、帰り道わかる?
そんなことを小声でマリモに問いかけていれば、茂みから、深い深いため息が聞こえてきた。
「駄目なのは姫さまも同じです。そして、危ないです」
耳が痛い小言と共に姿を現したのはカーディルだった。
「……ごめんなさい。ちょっと……あの……」
ごにょごにょと言葉尻を濁しながら、マリモを胸に抱えて視線をずらせば、カーディルは膝を付き私と向かい合う。
「大変聞きにくいことを聞きますが……私の話が、それほど辛かったですか?」
「……」
頷くことはできない。
だって望んだのは、私。そして、あなたは私の我儘をきいてくれただけ。
だから、そんな顔で罪悪感を覚えないで欲しい。でも、無言でいれば、肯定と受け取られても仕方がない。
あなたは痛みを堪えるように、息を吸って吐く。次いで、申し訳なさそうに眉を下げながら口を開く。
「……もっと、優しい言葉でお伝えすれば良かったです。言葉を選ばなかったこと、申しわけなく思っています。姫さま、どうぞお許しください」
「あ、え?………いえいえ、私が望んだことですから、お気になさらず………っ」
今度は、もじもじと濁すような言葉を吐いていたけれど、喉に何かが引っかかったように、息が詰まった。
見上げたあなたの襟元は、うっすらと汗ばんでいたから。そして心なしか息が乱れている。
私が部屋に居ないことに気付いて慌てて探しに来てくれたのかもしれない。
ああ、やっぱりあなたは何処にいたって、どんな出会い方をしたって変わらない。あなたは、いつだってそう。超が付くほどに過保護だ。
そして強い。
もう一人の私がどれだけあなたを拒み、手を振り払っても、こうして側に居てくれる。
今ならそれが、聖騎士として培われたものでもなければ、側近兼護衛としての務めでもないことがわかる。……本当に、好きなんだね。大事なんだね。もう一人の私のことが。
そんな気持ちを胸に抱えながら、私はあなたをじっと見つめる。そうすれば、あなたは私から目を逸らして、身体の向きを変えた。多分、宿屋の方向だろう。
「戻りましょう」
「………はい……っ───痛っ」
膝を立てた瞬間、脇腹に激痛が走った。
思わずそこに目をやってしまい激しく後悔した。アイボリー色の寝間着にはべっとりと血糊が付いている。泣きそうだ。
マリモもつられるように、そこにふんふんと鼻を近づける。お願い、マリモ。ちょっと離れて。傷、踏んでるから。
ただそこに敵意はない。なんていうか、小動物をどうイジメてやろうかという目つきだ。
そしてそんな視線を受ける私は、大変居心地が悪い。
多分この人は、今は私を殺さない。でも、死なない程度に弄ぶことはする。そんな感じ。
ディグドレードの視線が強くなる。今にも何かされそうで、息が細くなる。はっ、はっ、と喘ぐように口を開けた瞬間、状況が動いた。
───ガサッ、ガサガサッ。
茂みを乱暴に掻き分ける音がしたと思った瞬間、小さな何かが飛び込んできた。
「おや、邪魔者がきたようですね。無粋なものです。私はこれでも情緒を大事にするんですが──……おっと、」
茂みの中からものすごい勢いで飛び込んで来たのは、マリモだった。そして、くるりと宙返りをしたマリモは、シャーっと猫のように威嚇する。
ヤバイ、可愛い。でも、魔王の側近相手じゃ、勝ち目はない。
……と思ったのは私だけのようだった。
ディグドレードは僅かにたじろぐように一歩身を引いた。そして、参ったといった感じで両手をあげる。
「聖獣相手では、私は少々分が悪いですから、ここで失礼しますよ。また会いましょう。お嬢さん」
そう言って肩をすくめたディグドレードは、身に付けていたマントをひらりと自分の身体に巻き付けたと思ったらあっという間に消えてしまった。
そして、残された私は、ぎゅっとマリモを抱きしめながら、心の中で悪態を付く。
誰が会うものかっ。塩、持ってこいっ、塩っ。
あと、知らないうちにマリモの立ち位置がどんどん上がっていくことに気付き、可愛さ優先で名付けた名前が今頃になって、引っ掛かりを覚えてしまう。もっとカッコイイ系の方が良かったかなぁ。ノブナガとか。
「きゅー」
知っている限りの偉人の名前を頭の中で思い浮かべていたら、甘えるマリモの声で我に返る。次いで、遅れて来た感情のまま声を上げた。
「マリモ、駄目じゃん。こんなところに来ちゃ危ないでしょっ」
「………きゅうぅー」
耳もしっぽもしゅんと垂れて、上目遣いで見つめられると、ちょっと怒り過ぎたかなと思ってしまう。小動物って、こういう時ちょっとずるい。
でも、可愛い。そして迎えに来てくれてありがとう。あと、帰り道わかる?
そんなことを小声でマリモに問いかけていれば、茂みから、深い深いため息が聞こえてきた。
「駄目なのは姫さまも同じです。そして、危ないです」
耳が痛い小言と共に姿を現したのはカーディルだった。
「……ごめんなさい。ちょっと……あの……」
ごにょごにょと言葉尻を濁しながら、マリモを胸に抱えて視線をずらせば、カーディルは膝を付き私と向かい合う。
「大変聞きにくいことを聞きますが……私の話が、それほど辛かったですか?」
「……」
頷くことはできない。
だって望んだのは、私。そして、あなたは私の我儘をきいてくれただけ。
だから、そんな顔で罪悪感を覚えないで欲しい。でも、無言でいれば、肯定と受け取られても仕方がない。
あなたは痛みを堪えるように、息を吸って吐く。次いで、申し訳なさそうに眉を下げながら口を開く。
「……もっと、優しい言葉でお伝えすれば良かったです。言葉を選ばなかったこと、申しわけなく思っています。姫さま、どうぞお許しください」
「あ、え?………いえいえ、私が望んだことですから、お気になさらず………っ」
今度は、もじもじと濁すような言葉を吐いていたけれど、喉に何かが引っかかったように、息が詰まった。
見上げたあなたの襟元は、うっすらと汗ばんでいたから。そして心なしか息が乱れている。
私が部屋に居ないことに気付いて慌てて探しに来てくれたのかもしれない。
ああ、やっぱりあなたは何処にいたって、どんな出会い方をしたって変わらない。あなたは、いつだってそう。超が付くほどに過保護だ。
そして強い。
もう一人の私がどれだけあなたを拒み、手を振り払っても、こうして側に居てくれる。
今ならそれが、聖騎士として培われたものでもなければ、側近兼護衛としての務めでもないことがわかる。……本当に、好きなんだね。大事なんだね。もう一人の私のことが。
そんな気持ちを胸に抱えながら、私はあなたをじっと見つめる。そうすれば、あなたは私から目を逸らして、身体の向きを変えた。多分、宿屋の方向だろう。
「戻りましょう」
「………はい……っ───痛っ」
膝を立てた瞬間、脇腹に激痛が走った。
思わずそこに目をやってしまい激しく後悔した。アイボリー色の寝間着にはべっとりと血糊が付いている。泣きそうだ。
マリモもつられるように、そこにふんふんと鼻を近づける。お願い、マリモ。ちょっと離れて。傷、踏んでるから。
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