勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

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再会と始まり

魔族との邂逅

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「ふぇ……うっ…、ううっ………ふぇ、うっ」 

 大きな樹の下で蹲りながら、私の涙は止まることが無い。

 最近の私はなんだか泣いてばかりだなと、頭の隅で考える。

 日本にいた頃だって、そりゃ泣くことはあった。

 夏休みに補習が決まって友達との約束がおじゃんになったり、映画やドラマをみて感動したり悲しかったり。

 タンスの角に小指をぶつけて、痛くて悔しくて馬鹿馬鹿しくて泣いた時もあった。

 あれは自業自得だったけれど、日本での最後の涙はそれだった。ちょっと、しょっぱい。

 ただ今は、そんなことと比べてはいけないくらい辛くて苦しいのに、瞳からこぼれる涙は同じ色。それがなんだがとても理不尽に感じてしまう。

 ダンッと、感情に任せて地面から盛り上がった大樹の根っこを叩いてみる。

 これは、まごうことなき八つ当たりだ。大樹は何一つ悪いことなんてしていないのに……。

 じんじんと痺れる右手があまりに滑稽で、また涙が溢れてしまった。



「お嬢さん、こんなところに一人でいては危ないですよ」

 背後から人の気配がしたと思ったら、突然、頭上からそんな言葉が降ってきた。

 条件反射で、勢いよく振り返ってしまう。───私の後ろに立っていたのは、息を呑むほどに美しい一人の男だった。

 ただ、私を見つめる深い紫色の瞳は、心配そうに憂いているけれど、口元は優雅な弧を描いている。

 相反する表情。だけれども突如現れたこの人は、それに違和感を感じさせない雰囲気を持っていた。

 要は、この男がとてもチャラそうに見えたのだ。

 嘘をつるりと吐いてきたと思わせる綺麗な形の唇。状況に応じていくらでも形を変えることができそうな瞳。

 そして全体的に線が細く、瞳と同じ深い紫色の髪は絹糸のようにサラサラ。

 そんな黒と赤のド派手な衣装を身に付けているこの人は、ファンタジーの世界なら、吟遊詩人という職業がピッタリだと思える。
 
 何だこの人。ものっすごく、いかがわしい。涙も秒で乾いてしまった。

 座り込んだまま、ぽかんと見上げてしまう。そんな私に、吟遊詩人もどきは、ちょっと膝を折ってこう言った。

「お嬢さんは、一人になるのがお好きなようですねぇ」

 その言葉で、この吟遊詩人もどきと、もう一人の私が知り合いだということに気付く。

「いやー、ごめんなさい。ちょっと私、今、記憶喪失で………」
「嘘は良くないね。お嬢さん」
「………っ」

 すっと紫色の瞳が猫のように細められ、私は自分の嘘を見破られたことを知った。これはヤバイ。

 背中から這い上がってくる焦燥感を誤魔化すように、こくりと唾を呑めば、吟遊詩人もどきは、くるりといたずらっぽい目を私に向けた。

「私は、君と会うのは初めてだよ」

 なんだなんだ。そういうことか。

 まったく急にフランクに話しかけてくるものだから、うっかり知り合いかと勘違いしてしまった。

君と会ったことはあるけどね」

 へへっと誤魔化し笑いをしようとしたら、そんなことを言われ、私は無様に咽てしまった。思わず、ジト目で睨んでしまう。……でも、それは一瞬だった。

「………っ」

 膝を付き、私を覗き込んだ男の瞳は澱んだ赤色だった。

 澱んだ赤色の瞳は、魔族の証。しかも、瞳の色を自在に操れるとなると、この男は上位の魔界人。

 最悪だ。勝ち目なんてない。

 これは現実。だからロールプレイングゲームみたいに勇者の成長を待ってくれる優しい世界ではない。

 だから突然、こんなふうにS級の魔物と対峙するハメになる。……あの時のように。

 そして、待ったなしに殺さてしまう───……はずだったのだけれど。

「あはははっははっはははははははっは」

 S級の魔界人は、いきなり大声で笑いだしてしまったのだ。

「!!!!!」

 感嘆符だけを紡ぐ私に、S級の魔界人は更にお腹を抱えて苦しそうに笑う。私には、魔界の笑いのツボがてんでわからない。

「やってくれたなっ。あははっはははは。駄目だっ、可笑しい。こりゃー腹が痛い」

 はてなマークを頭の中にわんわん吹き出す私を無視して、S級の魔界人は立ち上がる。

 そして、私に向かってこう言った。

「リベリオの力で、君、平行世界からやってきたんだね。すごいよアイツ。禁忌、ガン無視。世の理なんて、知ったこっちゃないって感じだねー。っとに、アイツそういうところは、変わらないね」

 その口調は、懐かしさだけではない。何だろう、もっと歪で深い感情が見え隠れてしている。

「本当に、アイツは死に物狂いだねぇ。まぁ、死んでるけど」

 くっくっと喉を振るわせて、今度は私に同意を求める。

 けれど、こちらとしたら、何一つ面白くはない。そして、どんなリアクションをすれば良いのかわからない。

 結局、無難に無視を選ばせて貰えば、S級の魔界人は優雅に片足を一歩引いた。

「じゃあ、自己紹介しようか。私の名前は、ディグドレード。ま、魔界の王の側近です───ってちょっと、逃げないでっ」

 いや、逃げるでしょう。

 あと、勇者の末裔のくせに逃げるなんてカッコ悪いなんていうお叱りはやめてほしい。だって、命あってのナントカだ。

 これは明日に続く撤退。逃げじゃない。いや、嘘です。逃げたいんです。

 そんな言い訳を一人で胸の中で呟きながら、じりじりと私は座ったまま後退する。

 そうすればディグドレードは、慌てた表情から、残念な子を見る目つきに代わった。その視線が地味に辛い。

「……っていうか、君、逃げてもその怪我じゃ無駄だよ。ついでに言うと、傷口ぱっかり開いてるよ」

 ちょっと気付いていたけれど、気にし始めたら痛みが増すから敢えて意識を向けないでいたのに。そういうことはっきり言うのは、やめてください。 

 思わずジト目で睨んだら、魔王の側近は労わるような眼差しを向けた。

「治療してあげたいけど、私、回復魔法使えないんで。ま、なにせ魔族なんで」

 くだらないことをのたまってくれて、今度は本気でイラッとする。

 でもそのおかげで痛みを分散させることができた。ある意味、回復魔法だ。でもいい加減いなくなってほしい。
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