勇者の末裔である私は、恋する心を捨てました。

茂栖 もす

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再会と始まり

それは私の知らないあなたの過去②

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 私がこの世界に戻ってきた日は、11月29日。私の17歳の誕生日でもあった。

 あの日の朝は、いつも通りだった。

 寝起きの悪い私はギリギリまでベッドでもぞもぞしていて、それからバタバタと準備をした。

 朝ごはんちゃんと食べなさいというお母さんの呆れた声がカウンターキッチンから響いて、それと同時に、お父さんののんびりとした笑い声が聞こえていた。

 晩秋の柔らかい朝日が差し込むダイニングで3人がテーブルを囲んで、慌ててパンをコーヒーで飲み流す私を見て、お父さんとお母さんは、同時に声を上げて笑った。

 そして、お母さんはこう言った。

『今日は利恵の誕生日だから、寄り道しないで早く帰って来なさい』と。

 お母さんと正反対の無口で穏やかなお父さんも、珍しく同じことを言った。

 だから私は、学校の授業が終わったら、寄り道をしないでまっすぐ家に帰った。……でも、もう一人の私は、寄り道をしてしまった。

 寄り道をした理由は、私は知っている。

 仲良しの美也ちゃんと、優ちゃんに誘われたからだ。お祝いをしてあげると言われ、断ることができなかったのだ。

 私も誘われたのを覚えている。でも、断った。また明日ね、と言って。

 もう一人の私が、美也ちゃんと優ちゃんとどんな時間を過ごしたのかはわからない。でも、僅かな時間の寄り道だったはず。普段なら、寄り道とも言われないほどの。

 ただ、そのたった30分で、私ともう一人の私の運命は大きく変わってしまったのが現実だ。

 もう一人の私は、またね、と両親に言ってもらうこともできなかった。
 おかえり、と言ってもらうこともできなかった。

 だって、もう一人の私の両親は、もう一人の私が玄関を開けた時には死んでしまっていたから。

 これはカーディルからついさっき話を聞いて知ったこと。

 私が日本がある世界に居ることができたのは、17歳までという期限があるものだった。

 その間だけ、日本と元の世界を繋ぐ魔法陣は、魔の力を寄せ付けることができない強い結界で守られていた。

 けれど、その結界がなくなれば、魔物に気付かれてしまう。そして、魔界だって知力のあるものはいる。200年で魔王が封印がら目覚めることも知っていて、勇者の末裔が現れることも。

 ずっと魔界のもの達は、勇者の末裔を探していたのだろう。そして、結界が消えた瞬間、

 この世界と日本を繋ぐ魔法陣は、私の家の真下に描かれてあった。だから、真っ先に私の両親が、凶悪な魔物と対峙することになってしまった。

 逃げれば良かったのに……。

 でも、そんなこんなをすれば大惨事になる。だから両親は戦った。

 私の両親は、本当の父、ダウナベル国王の側近。
 お父さんは、優れた魔法剣士だった。
 お母さんは、国一番の魔術師だった。

 でも、日本では魔法は使えない。お父さんの能力にも制限がある。だから、あっという間に八つ裂きにされてしまった。
 
 ……そして、もう一人の私が玄関ドアを開けたのは、ちょうどその時だった。

 魔物は本来の目的であるもう一人の私を抹殺しようとした。でも、そこにカーディルが現れた。

 そのままカーディルはもう一人の私を抱え、この世界に戻ってきた。混乱するもう一人の私に、ちゃんと説明をする間もなく。




 もう一人の私の寄り道は、たった30分だった。
 けれど、その僅かな差は、それから私が歩んでいた世界とは大幅にズレていく。
 

 あんな惨状を目にしたもう一人の私は、現実を受け入れることができなかった

 そして、必死に日本がある世界に戻りたいと訴えた。ダウナベル国王に、カーディルに、そして召喚魔法が使える神官達に。

 でも、すげなく断られた。

 とはいえ、納得することができないもう一人の私はゴネた。ゴネて、ゴネて、ゴネまくった挙句、元の姿に戻ることも拒んだ。

 でも、これもまた強制的に、元の姿に戻されてしまった。

 すみれ色の髪、陶磁器のような滑らかな肌。新緑の緑色のオパールのような瞳。はっきり言って非の打ち所がない美少女に。

 今だから言えることだけれど、私は、元の姿に戻った時、それはそれは浮かれあがった。でも、もう一人の私にとったら、苦痛でしかなかった。

 大切なものを奪われたと余計に心を閉ざした。自分の使命など知らないとつっぱねた。

 そうこうしている間に、無駄に時間が過ぎてしまった。そして、今度もまた気付かれてしまった。

 勇者の末裔がこの世界にいることを。そして王城にいることを。

 当然のことながら、魔物はそこを襲撃する。その結果、お城は崩壊した。王都も壊滅的な被害にあった。

 その全ての責任は、もう一人の私にあると、襲撃にあった者たちは糾弾した。
 
 私は、王都で称賛と声援を受けて旅立った。
 でも、もう一人の私は憎悪と非難を受けて旅立った。

 ……こんなのあんまりだ。理不尽だ。

 大切な友達の誘いを断れない気持ちは私には良くわかる。今だって私は、本当は2人にお祝いをしてもらいたかったから。

 そして自分の未来が想像を超えるものになるなんて、あの時はわかるはずもなかった。
 
 だから、もう一人の私が、あんな憎悪の籠った目で、この世界を見つめいていた理由がわかった。壊れたように泣いたのも、狂ったように笑いだしたのも。

 ごめんなさい、もう一人の私。
 私は、幸せだった。

 刻一刻とこの世界は魔界の浸食に怯えていたというのに、私は急き立てられることも、必要以上にプレッシャーを与えられることもなかった。
 
 死んでしまったあなたに、甘やかしすぎたよと文句を言いたくなるほどに。

 私の罪は、見えないところで、心を砕いていてくれた人がいたことに気付かなかったこと。今なお、こうして穏やかに養生させてもらっていること。

 そして、苦渋まみれのもう一人の私の人生を、奪い取ってしまったこと。それに後悔の念を感じないことだった。
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