銀狼領主と偽りの花嫁

茂栖 もす

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あなたと私の始まり

前途多難

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 その後、私を娶ると宣言した銀狼領主は仕事があると言って、あっという間に奥のへと消えて行ってしまった。

 それを合図に、ホールに集まっていたメイドたちも、わらわらと蜘蛛の子を散らすように各々の仕事へと戻っていった。

 残されたのは喪服姿の私が一人。なかなかの歓迎ぶりだ。

 さて、これからどうしよう。今一番望むことは、この重苦しいドレスを脱いで、横になりたい。お風呂に入れたら、もっと嬉しい。
 望みというのにしては、ずいぶん謙虚な願いだが、ここで叶えてもらえるかどうかはかなり怪しい。

 政治的なアレコレで他領地の花嫁を迎え入れることになったのだ。向こうだって、誰が好き好んでお前なんかという感情はあるだろう。正直、このまま夜まで放置されても、ああそうかと納得してしまいそうな自分もいる。

 一人立ち尽くしてどれくらい経っただろう。多分、時間にして数分。暇つぶしというか現実逃避で、天井のシャンデリアのろうそくを数えていたら、一人のメイドが近づいて来た。

「それでは花嫁様、お部屋に案内します」

 良かった。とりあえず私のささやかな願いは叶えられそうだ。

 けれどメイドは一礼するとくるりと向きを変え、すたすたと歩き始める。その速度があまりにも早くすぐ見失いそうになる。ちょっと待ってと言っても決して立ち止まってくれない予感がして、私も後に続く。

 ほとんど競歩といってもいい早さで歩くメイドを追いかけながら、辺りを見回す。居城はあまりに広く、複雑で一回通っただけでは絶対に覚えることはできない構造になっている。

 3回角を曲がって、2回中庭を横切ったまでは覚えているが、見慣れない景色せいで後は必死にメイドの後を追うことしかできなかった。

 その間、このメイドは一度だって振り返ることはしない。追いつけるものなら追いついてみろと言わんばかりの速さで歩くメイドに、何度、ドレスの裾を掴んで追い抜こうと思ったことだろう。

 ここが私の生まれた世界なら、間違いなくそうしていた。けれどここは、違う。完全なるアウェイだ。下手なことをすれば、簡単に牢に入れられる世界なのだ。定められた契約期間を満了して元の世界に戻る為には、今は大人しくするという選択肢しか選べない。


 一体、あとどれぐらい歩かせるのかと、3回目の舌打ちを心の中でしようとした時、何の前触れもなくメイドは立ち止まった。

「こちらでございます」
「!?」
 
 急停止で思わずつんのめりそうになった私だが、ここでコケたら何を言われるか、たまったもんじゃない。意地と根性で何とか転倒を回避する。

 勢いのまま、文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけるが、慌てて閉じる。感情のまま行動すれば痛い目を見ることは、火を見るより明らかだ。


 【(余計なことを)しゃべるな、(無駄に)騒ぐな、逆らうな】

 3S運動ではないが、この世界で掲げた3つのスローガンを改めて胸に刻みこむ。


「どうもありがとう」

 メイドに向かって、淡々と礼の言葉を口にして部屋に足を踏み入れた。

「……すごい」

 その言葉を呟いたあと、私はその場から動けなくなってしまった。別に、この部屋が動けないくらい狭いわけではない。逆に広すぎるくらいだ。

 寂れた部屋を想像していたので、そのギャップに戸惑いを隠せない。

 部屋に配置された調度品は決して多くはないが、その全てが触るのを躊躇う程、見るからにお高そうだ。そして部屋の中央には、ドドンと無駄に大きいベッドがある。寝るためだけの家具だけなのに、こんなに豪華にしてどうするの?と、思わずツッコミを入れたくなる。

「夜までは、どうぞこちらでおくつろぎ下さい。夜までは」

 メイドは夜までを2回繰り返して、部屋を出て行った。

 お茶の一杯でも煎れて欲しかったけど、私には過ぎ足る願いなのだろう。テーブルに水差しが置いてあるのを見て、それでも飲んでおけということだと理解する。

 水があるだけ有りがたい。うん、きっと。いやいやいや───水のことは置いといて、ちらりと先ほどから視界の隅で主張をし続けるベッドを見る。

 夜までは、とメイドは言った。しかも2回も。大事なことだから、2回言ったのだ。念押ししたのだ、ゆっくりできるのは夜までだと。

 ───ああ、そうだ。やっぱり結婚をしたのだから、初夜は避けて通れない。

 花嫁として銀狼領主に受け入れられるという第一関門は無事に突破できた。次は、最大にして最難関の初夜というミッションが待ち受けている。 
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