銀狼領主と偽りの花嫁

茂栖 もす

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ほつれていく糸

直接交渉

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 この苦酸っぱいお茶はヒリー茶と言うらしい。確かに喉がヒリヒリする。……きっとそんな意味合いで付けられた名じゃないと思うけれど。

 もちろん駄洒落と紙一重のこのことを口に出すことはしない。胸の内に留めて、残りのヒリー茶を一気に飲み干す。

 すかさずアーシャがお代わりを勧めてくれたけれど、丁寧に断った。1日一杯でも、キツイのに、勧められるまま何杯も飲んだら慣れるまでに嫌いになってしまいそうだ。

 と、いう一連の流れがあったものの、アーシャはすぐにクリフにおねだりに行こうと私を促してくる。

「………やっぱり、今日はやめときます。クリフも朝から視察で疲れていると思うし、また別の機会にでも……」
「何言ってるんですか、花嫁様っ。領主様が疲れている時こそ、花嫁様のおねだりが必要なんです」

 その理屈はどこからくるものだろうか。さすがに眉間に皺を寄せてしまった私に気付いていないのか、アーシャは扉に向かって声を張り上げた。

「ジーク、領主様におねだりに行くから、付いてきてっ」
「─────……かしこまりました」
 
 ガチャリと扉が開く音と、ジークが返事をしたのはほぼ同時だった。つまり、ずっと部屋の前で待機をしていたらしい。
 
 そして部屋に入ってきたジークは、昨晩のように乱れた服装ではなく、舞踏会の時と同じ上着の肩に飾紐が付いていて、帯剣している騎士の姿だった。もちろんマントもある。

「おはようございます。これがいつものジークさんなんですか?」
「………アーシャが花嫁様の身の回りの世話をすることになったので、私はもうメイド姿にはなりません」

 しかめっ面を隠さずそう言い捨てられてしまって、苦笑を浮かべてしまう。ちなみにアーシャはジークを指さしながら爆笑している。

「いえ、そういう意味ではなくて、騎士の姿が素敵だと思っただけです」

 瞬間、二人はピタリと動きを止めた。

「………花嫁様」
「はい」
「お願いですから、領主様の前でそのようなことは言わないでください」
「え?」
「絶対に言わないで下さい。お願いします」
「………わかりました」

 真顔で詰め寄られて、思わず頷いてしまったけれど、なぜ駄目なのか聞けずじまいだった。


 それからジークは仕切り直しという感じで、小さく咳ばらいをして私を廊下に促す。もう、クリフの部屋に行くのは決定事項のようだ。

 廊下に出れば、前にジーク、後ろにアーシャ。二人の間に挟まれた状態で、強制的にクリフの部屋へと歩を進める。

 ちなみにジークは、時々振り返ってくれるけれど、今日も足取りは早い。

 ずっとアーシャは歩くのが早いと思っていたけれど、それは男性だったから。これも今なら頷ける。あの時、意地を張ってメイドだったジークを追い越していたら、どうなっていただろう。そんなことをふと思って、ちょっと笑ってしまった。

 けれど、クリフの部屋の前に到着すれば、そんな笑みも消えて、たちまち体が強張ってしまう。

 やっぱり、またの機会にしたいとアーシャに伝えよう。そう思って口を開こうとしたけれど、既にアーシャは入室の許可を取るノックをしてしまっていた。

「失礼します、領主様。花嫁様をお連れしました」
「入れ」

 扉の奥からクリフの堅い声が聞こえる。それは最近馴染んできた声とは別のもので、更に体が硬くなってしまう。

「さ、花嫁様、どうぞ」

 入り口前でまごつく私に、アーシャが思いのほか強い力で背中を押しす。そして押し出されるように部屋に足を踏み入れれば、そこには数人の男性がいた。しかも一同揃ってこちらを見つめていたる。どう見ても、私は招かざる客のようだ。正直言って、今すぐ回れ右をしたい。

 知っている顔はリシャードしかいないけれど、他の男性も、リシャードと同じようにゆったりとしているが、丈の長い上着を着ていて、彼らが官職であることは容易に想像がついた。

 全員がクリフの机を取り囲んで、図面や書類を手にしている。何か会議でもしていたのだろうか。

 そんなふうに辺りを伺えば、当然の事ながらクリフと目が合った。

「クリフ、あの……お仕事中にごめんなさい」
「全然いいよ、気にしないで。でもどうしたの?何かあった?」

 さっと席を立ちあがったクリフに、ここにいる全員が咎めることもなく、そういうものだと受け止めている。

 そしてリシャードを始め、官職達は再び話し合いを始めてしまった。雰囲気的には【どうぞお好きに】といった感じ。

「あの、私、お願いしたいことがあって……」
「何だい?言ってごらん」

 続きの言葉が言えず、もじもじとしてしまったら、クリフに覗き込まれてしまった。わざわざ膝を折って目線まで合わせて貰ったら、何でもないとごまかすことはできない。

「フィリカさんをお部屋に呼んでも良いですか?」

 そう問うた瞬間、クリフの表情が固まった。そして後ろで絶賛会議中の官職達も固まった。

「なんで?」

 ……アーシャと同じリアクションだった。

「えっと、私、フィリカさんに謝りたくって」
「あー良いよ。無視しとけば」

 これもアーシャと同じ台詞だ。

「でも、失礼なことをしてしまったと思ってます。舞踏会の時も挨拶をしてくれたのに、私冷たい態度を取ってしまって……」
「返事をしたんだから、それで十分だよ」

 しつこいけれど、これもまたアーシャと同じ台詞だった。ということで、私も前回と同じように語尾を強めてこう言うハメになった。 

「私がフィリカさんに会いたいんです」

 ────カラン、しんとした部屋に、小さいけれど、堅い何かが落ちた音が無駄に響いた。
 きっと官職の誰かが何かを滑り落したのだろう。でも、拾う気配はない。……拾わなくて良いのだろうか?

 ついついそちらに視線を向けようとした瞬間、クリフが小さくため息を付きながら口を開いた。

「サーヤ、どうしてもフィリカに会いたい?」
「……できれば。あの……駄目ですか?」
「………………どうしても?」
「はい」

 こくりと頷いた瞬間、クリフは苦笑を浮かべて頭をがしがしと掻いた。

「あーもー。サーヤからのお願いじゃ、駄目とは言えないよ。わかった、良いよ。でも、今すぐはごめん、無理。近いうちに呼ぶから待ってて」
「はい」

 そして、ありがとうと頭を下げようとしたら、クリフに止められてしまった。

「こういう時は、笑ってくれた方が嬉しいよ」

 言い換えれば、それは笑顔の催促とも取れる。でも、無理を言ってしまった手前、ぎこちなく笑みを向ければ、クリフは満足そうに眼を細めてくれた。

 そして彼は、私に仕事に戻ると断って席に付く。官職達も再び図面や書類を取り直し、会議を再会し始めた。

「花嫁様、送りましょう」

 退出のタイミングを失って、見るともなしに会議の様子を見ていたら、リシャードがそう声を掛けてくれた。

 廊下で並んで歩き始めたけれど、すぐにリシャードは堪えきれないと言った感じで口元に手を当てながらくすくすと笑いだす。

「今日は面白いものを見させていただきました」
「…………恐ろしいものではなくて、ですか?」

 あの緊迫した空気はどう考えても、面白いものではなかった。けれど、そう思ったのは私だけだったようで、ジークもアーシャも声は上げてないけれど肩を震わせている。あ、アーシャは目元に溜まった涙まで拭っている。

 なにがどう面白かったのかはわからなくて、首を傾げる私に、リシャードは柔らかく微笑むだけで、細かく説明をしてくれる気はなさそうだ。

 クリフのことをまだ完全に理解しきれていない私は、わからないことがあれば、すぐさま不安になってしまう。

「そう身構えなくても大丈夫ですよ。領主は、あなたからのお願いを断るわけがありませんから」
「そうでしょうか?」

 リシャードの言葉に食い気味に問うてしまう。

 舞踏会を欠席したいと言った時は、問答無用で却下されたのは記憶に新しい。けれどリシャードは、軽く笑って、そうですよ、と力強く頷いてしまった。

 不思議な気持ちだ。アーシャに言われると、納得できないけれど、リシャードに言われると妙に納得してしまう。でも……。

「これからも、領主様に、たくさんおねだりをしてあげて下さい」

 というリシャードの言葉には素直に頷くことはできなかった。
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