監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

どこの世界も同じ①

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 しんとした部屋で独り枕に顔を押し当てながら、ふと思う。

 元の世界でも異世界でも、私は辛い時、苦しい時、いつもこうしていると。そして、どこの世界でも、自分を取り巻く環境は変わらない、と。

 陳腐な表現でいえば、人に良い様に使われる。これが私の運命であり、人生の集約なのかもしれない。

 そう思える程、私は産まれた時から独りぼっちで、人の温もりというものを感じることができなかった。

 もちろん人一人の人間が産まれるには、それ相応の過程があることぐらいわかっている。両親が居て、母と呼ばれる存在が私を生み出したことぐらいは。

 だから正確に言えば、私はずっと産まれた時から、心が独りぼっちだった。これが正しいのだろう。

 私は望まれて生まれてきた。これは間違いない。でもその後に、こんな言葉が続く。母親の身勝手な都合の為に、と。

 私という存在は、利用価値があるかないかで、対応が変わる。そんな環境で育ったのだ。

 そして、その利用価値とは一つだけ。母親は私という存在を利用して、ある男を手に入れようとした。そしてその男とは、私の父親でもあった。

 生物学上では父親と呼ぶ存在の男は、母に対して愛情などなかった。

 母と関係を持ったのは、ただの気まぐれだったのか、遊びだったのか。その両方だったのか.........。ただ一つ言えるのは、本気ではなかったということ。

 でも、母親は本気だった。ただ残念なことに、愛されることを知らない人間でもあった。

 街にあふれているドラマや漫画のように、子供さえ産めば父親が自分の元へ来てくれると信じて疑わない愚かな人間でもあった。

 けれど、所詮、物語と現実は別物。母親の元に父親が来ることはなく、母親は簡単に捨てられた。そして不要となった私も、それはそれは簡単に母親に捨てられた。

 元いた世界は優しい世界でもあった。

 育児放棄された私は、どういうルートなのかわからないけれど、すぐさま施設に引き取られた。それから先は自分の意志とは関係なく義務教育を受け、周りの進めというか強制的に高校へ進学した。

 風のように過ぎ去った学校生活では、友達もいなければ、イジメもなかった。

 居るのか居ないのかわからない存在の私は、端からイジメの対象にならなかったのだろう。いや、もしかしたらイジメられていたのかもしれない。でも、それに気付くことはなかった。

 そして、高校を卒業して施設の伝手で働きだした私の前に、再び母親が現れた。幼い頃、私を捨てた時と同じような服装で。

 白く浮きだった小皺の目立つ顔に、10代の学生が着るようなミニスカートに安いファーコート。胸が悪くなるほど、醜い姿だった。私を捨てたのが10年以上前なのに、母親の心の時間だけが止まっているように見えた。

 見てはいけないものを見てしまったような気持ちで顔を逸らした私に、母親はへらへら笑いながら近付いて来て、こう言った。

「ねぇ、アカリ。お金、ちょうだい」

 私が断ることなど思いもしない、そんな当たり前の口調だった。

 そして私が、言われるがまま財布からありったけの札を引き抜き手渡したのは、愛情からではなかった。手切れ金だと自分に言い聞かせ、渡しただけ。

 けれど、母親はそのことに気付いたのだろう。

「またね」

 そう言って、ひらひらと手を振って私の元から去って行った。

 たったそれだけの仕草、それだけの言葉。でも私にとったら、絶望を意味する呪詛のようなものだった。

 そして、去っていく母親の後姿を見つめていたら、幼い頃にあの人から受けた数々の暴力が生々しく思い出され、癒えたはずの傷が疼くように痛んだ。

 きっと傍から見たら、10年以上前に自分を捨てた親など、縁を切れば解決する話。気にすることでもない。もしくは、恐喝されたと法的処置をすれば良いと思うのだろう。

 でも私は、お金を取られたことより、母親がまだ生きていたことより、目の前に現れた母親が自分の未来の姿のように思えて恐ろしかった。

 あんなふうにはなりたくない。全身でそう叫んだ。

 男に依存した挙句、捨てられ、そして自分の子供を簡単に捨てられる人間。しかも、その子供に何の抵抗もなく会える女。プライドも生きる意味も失って、ただただそこにいるだけの最低の人間。

 そんな母親の血を引いている自分の存在を今すぐ消したいと思った。

 そこで、じゃあ、どうやって自殺しよう。そんなことを考えられる人は、本気で死にたいとは考えていない。

 本気で死にたいと思う人間は、死に方について考える余裕なんてないものだ。

 そして後者である私は、気付いた時には橋の中心に立ち、誘われるように、身を乗り出していた。

 私が住んでいた地方の街には、東西を隔てる大きな川があった。そして分断された土地を繋ぐ為に橋があった。その橋は長さもさることながら、高さも相当なもの。
 
 ああ、良かった。これで終わる。

 それが私が橋から身を投げる瞬間の嘘偽りない気持ちだった。そして、みるみるうちに暗の底へ、真っ逆さまに落ちていった。

 それが私、五十鈴 朱里の19年の人生の終焉────……の、はずだった。





 再び目を開けたのは、心地よい風と、若葉と湿った土の香りに誘われたからだった。

 目の前には、先が見えない程、一面の花畑。

 ピンクに黄色。白に薄紫。突然、飛び込んで来た眩暈がするほど鮮明な色彩に眩しくて目を細める。そして何となく空を見上げれば、雲一つない青空が広がっていた。

 ああ、綺麗だな。そう思った。そして次の瞬間、そうかここが天国なんだと、ぼんやり頭の隅で思う。

 でも、おかしい。私は自殺をした。自ら命を絶った人間が、天国になんて行けるはずがない。首を捻ったと同時に、息苦しさを感じて顔を顰める。

 最初は気のせいかと思った。けれど、どれだけ大きく口を開けて息を吸っても、肺に届くことはない。

 やっぱり、そうか。乾いた笑いが込み上げてくる。

 これは神様からの罰なんだ。いっそ一思いに地獄に突き落とせば良いものの、一瞬天国を見せてから、地獄に落とすなんて、なんて意地が悪いのだろう。

 酸欠で視界が歪む。意識を繋ぎ止めることは、もう限界だった。

 きっと次に目が覚めることがあれば、今度こそ間違いなく地獄の景色が広がっているのだろう。

 そんなことを考えていたら、遠くから二つの人影が現れた。

 地獄の番人は犬のはず。なら彼らは、天使?それとも悪魔?

 脂汗がにじみ続けるような苦痛に喘ぐ私にとったら、それはもはやどうでも良いことだった。ただ、その二つの影は、ゆらりゆらりとこちらに近付いて来る。

 ちなみに近付くその人達の背には、翼はなかった。だから、悪魔だ。私はぶれる思考の中、そう思った。
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