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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
望まない迎え人
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その日の夜、結局、私は歩き疲れて大きな樹の下で眠ることにした。
元の世界では野宿なんてしても眠ることなどできないと思っていたけれど、余裕で眠りに落ちることができた。しかも、翌朝までぐっすりだった。
おおよそ寝るには相応しくない木の幹に横たわって、ルークの上着を体に巻き付けただけなのに、あの白い部屋で過ごしてきた何倍も居心地が良い。
それは穏やかな気候のお陰もあるけれど、何より自分が自由になったという実感から来るものだろう。これがずっと続きますように。そんなことを祈りながら、私は眠りに落ちた。
そして朝日で目を覚まし、私は再び歩き出した。
太陽は西に傾き、私の影を長く伸ばす。そして長く長く影が伸びた先に、やっと目指していた花畑が一面に広がっていた。
風に揺られる草花は、夕陽の光を受け金色に輝いて見える。
あの日初めてこの世界に立った時は、鮮やかな色彩に目が眩んだ。けれど、今日は眼がチカチカするほどに眩しい。そんな違いはあったけれど、ここは間違いなく探し求めていた地であった。
「………見つけた」
そう呟きながら、ふらふらと花畑へと進む。石畳が途切れ、部屋履き越しに柔らかい土の感触がして、やっと実感が湧く。
「やっぱりここだっ、………見付けた、見付けたっ!」
転がるように走り出しながら、そう叫ぶ。そして駆け出しながら、元の世界に戻りたいと強く念じてみる。
神様、お願いします。もう一度チャンスを私に与えてください。もう二度と自ら命を絶とうなんてしません。逃げたりなんかしません。だから、お願いします、もう一度、私が産まれたあの世界に戻してください───。
心から祈った。神様に祈りを捧げたことなど一度もない私は、正確なやり方なんてわからなかったけれど、地面に頭を擦り付けて懇願するように、奇跡を求めた。
けれど、私の視界は何一つ変わらなかった。ただ夕陽に照らされた草花が、少し湿り気を帯びた風に煽られ、右に左にとさざ波のように揺らいでいるだけだった。
「………やっぱり無理、かぁ………」
そう呟いた途端、身体から徐々に力が抜けていった。まるで、しぼみ始めた風船のように。
夜の匂いを孕んだ風が、草花と一緒に座り込んだ私の髪まで靡かせる。ああ、もうすぐ夜になる。今日はどうやって晩を過ごそうか。
そんなとりとめのないことを考える。全身が鉛のように重たくて、今は深いことなど考えたくはない。丸一日以上歩き続けた結果が、これだなんて。滑稽という言葉以外、思い浮かばない。
ひどい脱力感が全身を包む。そして、自虐的に声を上げて笑おうと思った瞬間、自分の身体の違和感に気付いた。
とても息苦しい。どれだけ大きく息を吸っても、途中で穴が開いてしまったかのように、空気が肺にまで届かない。
それは久しぶりに全速力で走ったが故の息切れではない。あの日………初めてこの世界に降り立った日と同じような症状だった。
ということは、この花畑という空間に何か秘密があるのだろうか。実際、バルドゥールの屋敷に監禁されている間は一度も呼吸困難になどなったことはなかった。
この美しい花に、何かしらの毒があるのか。どこぞのアニメじゃないけど、人体に害のある胞子が散らばっているのか。
なら、呼吸をしてはいけない。いや、それよりも何よりも、ここから今すぐ離れないと。そう思った途端、踵を返したけれど、もう遅かった。私はたった3歩で、ふらつき倒れ込んでしまった。
『でも、後悔しても遅いからね』
扉を開け、私を屋敷の外へと逃がしてくれたルークの言葉が蘇る。
ルークはきっと、私がいの一番に、ここに向かうことを知っていたのだろう。そして、こうなることを予測していたのだろう。
だから、彼は警告した。でもそ私はそれを無視して、この結果を招いてしまったのだ。
とどのつまり、これは自業自得。悔し紛れに、その辺の草を引きちぎりたい気分だ………でも、心のどこかで納得している自分がいる。
だって、バルドゥールに監禁され続けるより、こうして外の空気を吸って死ねるなら、こっちの方がよっぽど良い。
そしてきっと今頃、ほれみたことかと嘲笑うルークに、我が人生に一片の悔いなしって言って笑い返してやりたい。ああ、寧ろ、ありがとうとでも言ってやりたい。
なけなしの力を振り絞って、仰向けに転がる。
さっきまで私の影を伸ばしていた夕陽は、すでに大地の境界線まで遠のき、西の空を焦げ付くさんばかりだ。
赤は夕焼けの色。太陽が沈む色。そして、あの人の髪の色────そんなことをふと思った瞬間、どこからか、馬のいななきが聞こえてきた。
そしてすぐに、ざっざっと花を踏みしめる足音がだんだんと近づいて来る。
誰だろう?そんなことを考えたのは一瞬だった。すぐに身体が強張る。この低く地を這うような、重く鈍い足音に覚えがあったから。
お願い、草花に埋もれている私に、どうか気付かないで。このまま何事もなかったかのように消えて。そして………私を死なせて。
最後の願いを心の中で呟いた瞬間、靴音は私のすぐそばで止まった。次いで低い声が降ってくる。
「気が済んだか?」
無表情で私を見下ろすのは、金色の瞳を少し赤色に染めたバルドゥールだった。彼は次いで膝を付き、私を覗き込む。
まるで彫刻のような綺麗で端正な顔が近づいてくる。そして、金色の瞳に映る自分は、絵に描いたような絶望の表情を浮かべている。
「………こな……で。さわ……いで」
こないで、触らないで。
悲鳴のような叫び声を彼にぶつけたつもりだったけれど、私の口から出たのは息に混ざった掠れた声だった。
嫌だ……あの日と同じように、私は、ここでバルドゥールに抱かれてしまうのだろうか。
元の世界では野宿なんてしても眠ることなどできないと思っていたけれど、余裕で眠りに落ちることができた。しかも、翌朝までぐっすりだった。
おおよそ寝るには相応しくない木の幹に横たわって、ルークの上着を体に巻き付けただけなのに、あの白い部屋で過ごしてきた何倍も居心地が良い。
それは穏やかな気候のお陰もあるけれど、何より自分が自由になったという実感から来るものだろう。これがずっと続きますように。そんなことを祈りながら、私は眠りに落ちた。
そして朝日で目を覚まし、私は再び歩き出した。
太陽は西に傾き、私の影を長く伸ばす。そして長く長く影が伸びた先に、やっと目指していた花畑が一面に広がっていた。
風に揺られる草花は、夕陽の光を受け金色に輝いて見える。
あの日初めてこの世界に立った時は、鮮やかな色彩に目が眩んだ。けれど、今日は眼がチカチカするほどに眩しい。そんな違いはあったけれど、ここは間違いなく探し求めていた地であった。
「………見つけた」
そう呟きながら、ふらふらと花畑へと進む。石畳が途切れ、部屋履き越しに柔らかい土の感触がして、やっと実感が湧く。
「やっぱりここだっ、………見付けた、見付けたっ!」
転がるように走り出しながら、そう叫ぶ。そして駆け出しながら、元の世界に戻りたいと強く念じてみる。
神様、お願いします。もう一度チャンスを私に与えてください。もう二度と自ら命を絶とうなんてしません。逃げたりなんかしません。だから、お願いします、もう一度、私が産まれたあの世界に戻してください───。
心から祈った。神様に祈りを捧げたことなど一度もない私は、正確なやり方なんてわからなかったけれど、地面に頭を擦り付けて懇願するように、奇跡を求めた。
けれど、私の視界は何一つ変わらなかった。ただ夕陽に照らされた草花が、少し湿り気を帯びた風に煽られ、右に左にとさざ波のように揺らいでいるだけだった。
「………やっぱり無理、かぁ………」
そう呟いた途端、身体から徐々に力が抜けていった。まるで、しぼみ始めた風船のように。
夜の匂いを孕んだ風が、草花と一緒に座り込んだ私の髪まで靡かせる。ああ、もうすぐ夜になる。今日はどうやって晩を過ごそうか。
そんなとりとめのないことを考える。全身が鉛のように重たくて、今は深いことなど考えたくはない。丸一日以上歩き続けた結果が、これだなんて。滑稽という言葉以外、思い浮かばない。
ひどい脱力感が全身を包む。そして、自虐的に声を上げて笑おうと思った瞬間、自分の身体の違和感に気付いた。
とても息苦しい。どれだけ大きく息を吸っても、途中で穴が開いてしまったかのように、空気が肺にまで届かない。
それは久しぶりに全速力で走ったが故の息切れではない。あの日………初めてこの世界に降り立った日と同じような症状だった。
ということは、この花畑という空間に何か秘密があるのだろうか。実際、バルドゥールの屋敷に監禁されている間は一度も呼吸困難になどなったことはなかった。
この美しい花に、何かしらの毒があるのか。どこぞのアニメじゃないけど、人体に害のある胞子が散らばっているのか。
なら、呼吸をしてはいけない。いや、それよりも何よりも、ここから今すぐ離れないと。そう思った途端、踵を返したけれど、もう遅かった。私はたった3歩で、ふらつき倒れ込んでしまった。
『でも、後悔しても遅いからね』
扉を開け、私を屋敷の外へと逃がしてくれたルークの言葉が蘇る。
ルークはきっと、私がいの一番に、ここに向かうことを知っていたのだろう。そして、こうなることを予測していたのだろう。
だから、彼は警告した。でもそ私はそれを無視して、この結果を招いてしまったのだ。
とどのつまり、これは自業自得。悔し紛れに、その辺の草を引きちぎりたい気分だ………でも、心のどこかで納得している自分がいる。
だって、バルドゥールに監禁され続けるより、こうして外の空気を吸って死ねるなら、こっちの方がよっぽど良い。
そしてきっと今頃、ほれみたことかと嘲笑うルークに、我が人生に一片の悔いなしって言って笑い返してやりたい。ああ、寧ろ、ありがとうとでも言ってやりたい。
なけなしの力を振り絞って、仰向けに転がる。
さっきまで私の影を伸ばしていた夕陽は、すでに大地の境界線まで遠のき、西の空を焦げ付くさんばかりだ。
赤は夕焼けの色。太陽が沈む色。そして、あの人の髪の色────そんなことをふと思った瞬間、どこからか、馬のいななきが聞こえてきた。
そしてすぐに、ざっざっと花を踏みしめる足音がだんだんと近づいて来る。
誰だろう?そんなことを考えたのは一瞬だった。すぐに身体が強張る。この低く地を這うような、重く鈍い足音に覚えがあったから。
お願い、草花に埋もれている私に、どうか気付かないで。このまま何事もなかったかのように消えて。そして………私を死なせて。
最後の願いを心の中で呟いた瞬間、靴音は私のすぐそばで止まった。次いで低い声が降ってくる。
「気が済んだか?」
無表情で私を見下ろすのは、金色の瞳を少し赤色に染めたバルドゥールだった。彼は次いで膝を付き、私を覗き込む。
まるで彫刻のような綺麗で端正な顔が近づいてくる。そして、金色の瞳に映る自分は、絵に描いたような絶望の表情を浮かべている。
「………こな……で。さわ……いで」
こないで、触らないで。
悲鳴のような叫び声を彼にぶつけたつもりだったけれど、私の口から出たのは息に混ざった掠れた声だった。
嫌だ……あの日と同じように、私は、ここでバルドゥールに抱かれてしまうのだろうか。
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