監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

対峙する私とあなた②

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「…………ずっと……どうしていいのか、わからなかった」

 震える声を隠そうともせず、ようやっと絞り出したバルドゥールの言葉があまりに意外なもので、私はまるで理不尽なやり方で騙し討ちにあったような気持ちになってしまう。

 そして、その言葉を心の中で何度も咀嚼している私を無視して、バルドゥールは言葉を紡いでいく。ずっとずっと抱えていた彼の気持ちを。

「今日お前に言われるまで、俺自身も、最初の一歩に躓いていたことに気付けないでいた。いや、本心を言えば多少は気付いていた。でも、時間が経てば、お前が気付いてくれる、そう思っていた」

 そこまで言ってバルドゥールは両手で顔を覆った。

「………これは、俺の独り善がりの押し付けだった。すまない」

 そう言って項垂れ、体を小さく縮こませているその姿は、おおよそ、この大きな体躯に似合わない仕草だった。

 この人に対して私は、何があっても、どうあっても適わないと思っていた。

 私の言葉なんて、鼻で笑って一蹴されると思っていた。例え届いたところで、彼は絶対に自分の非を認めることなどないと思っていた。

 なのにこれはどういうことだろう。

 私の言葉はあっさりと彼の元に届き、そして彼は真っ正直に自分の過ちを認めてしまった。

 こんな結末、誰が想像できたであろうか。これもまた底意地悪い神様が描いたシナリオなのだろうか。

 もしそうなら、これはトラップだ。気を抜いた途端、痛い目を見るに決まっている。

 そんな疑心暗鬼に捕らわれた私の思考を無視して、バルドゥールは顔を覆ったまま、口を開いた。

「………すぐに終わらせようと思っただけだったんだ」

 紡ぐ言葉は言い訳でしかないが、でも、これは自分は悪くないという開き直りから来る自己防衛のものではなかった。

 そして、バルドゥールはそろそろと顔を覆っていた手を放す。その仕草は、まるで、何かに怯えているかのようだった。

 それから彼はどうか聞いてくれ、そう私に言った。

 間違いなく、今、彼は私に拒まれるのを恐れている。───そう気づいたけれど、優しい言葉を彼にかける気は毛頭ない私は、無言という選択をした。

 それを彼がどういうふうに受け止めたかわからないが、静かに口を開いた。

「お前は俺に触れられるのを極端に嫌がる。だから、なるべく触れないように、最小限に留めていた」

 どうやら服を着たまま私を抱いていたのは、彼なりの気遣いだった………らしい。

 もちろん、それを聞いた私は、ああ、なるほど、などと納得できるわけがない。

 それはどうやら言葉にしなくても、バルドゥール自身も気づいているようで、すぐに自分の言葉を否定するように首を横に振った。

「違う、そういうことじゃないということは何となくわかっていた。でも、どうしていいのかわからなかった。お前が俺を拒む言葉を紡げば、言いようのない苛立ちが生まれる。どうにかして、俺自身を必要とさせたいという凶暴な思いを抑えきれなくなる。実際に激情に捕らわれ、ひどい抱き方をしてしまった」

 ………これもどうやら、自覚があったらしい。

 ルークからこの世界のこととか色々聞いたときと同じように、どの感情をぶつけて良いのかわからず乾いた笑いが出てしまう。

 声を上げることはなかったけれど、口元を歪めた私に、バルドゥールはぐっと痛みをこらえるように両手を組んで、そのまま額に押し当てながら長い息を吐いた。

 そしてそのまま口を開くと思いきや、彼は再び私を見つめ、続きを話し出した。

「傷付いたお前を目にするたびに、激しい後悔と罪悪感に苛まれる。そしてお前の瞳に映る自分がどんどん醜い姿に変わることに嫌悪感を抱いていても、まるで難解なパズルのように、解けば解くほど深みに嵌って抜け出せないでいた」

 そして再びバルドゥールは両手で顔を覆った。まるで今までのことを悔いるかのように、その指先は力が入りすぎて白くなってしまっている。

 …………そんなに力を入れて、痛くないんだろうか。

 そんなことをぼんやり考えてしまう自分に、ちょっと笑ってしまう。今はそれどころじゃない、それはわかっている。

 でも、そうやって冷静に別のことを考えられることを確認しなければ、迷走してしまいそうになる。

 なにせ、目の前の大人は既に迷走しているのだ。二人そろって迷子になってしまったら、収拾がつかないし、私が抱えている【どうして?】だって、ずっと抱えてしまうことになる。

 実のところ、もうすでに私は、予想外の出来事が起こりすぎていて迷走しかけていた。だから、軌道修正というか、この討議の流れを元に戻そうと口を開いた。

「ねえ、バルドゥールさん、あなたは私に何を望んでいるんですか?」

 あの日、斬り捨てられた問いを敢えてもう一度彼に投げかけてみる。

 そうすれば、今度はしっかりとした口調で、バルドゥールは自分の望みを口にした。

「俺の望みは、お前の望みを叶えることだ」

 きっぱりとしたその口調は、揺るぎない何かを秘めたものだった。

 でも別段私は驚かない。バルドゥールがこう答えるのはある程度、予想していたから。

 敢えてこの質問を投げたのは、その予想が合っているかどうか試したかっただけ。要は、私は答え合わせをしたかったのだ。

 結果として、予想通りだった。

 それはあの時バルドゥールが、私の問い掛けに答えず、質問を返した理由でもある。私はやっと自分が抱えていた【どうして?】を消化することができた。

 そして、彼に返す言葉は、もう用意してある。

「私に依存しないで下さい」

 ぴしゃりと言い切った私の言葉に、バルドゥールは頬を張られたかのように顔を歪めた。そして私は、顔を歪めた野獣に向かって更にこう言葉を重ねた。

「バルドゥールさん、どれだけあなたが命を削って私に力を与えてくれても、私とあなたは別物です。同じではありません。あなたの望みも、願いも、生きていく理由も、私に委ねないで下さい」

 自分でも驚くほど静かな口調だった。

 ルークが異常なまでにリンさんに執着を見せたのは、ルークはリンさんを自分の分身のような存在だと信じて疑わないからからなのだろう。

 だから手放すなんて考えない。そして自分の元から去って行こうとすれば、それが酷い裏切りのように感じてしまうのだ。

 自分の命を分け与えて、異世界の人間を救うこと。

 それが時空の監視者が存在している意義なのだ。そして異世界の人間を生かしたのは自分であり、そして自分が生きることが私達もまた生かすことになる。そう思っている。

 だからルークは、言ったのだ。簡単に死にたいなら、バルドゥールを殺せ、と。

 時空の監視者は、異世界の人間の命を最優先にする。でも、実際、自分の力を分け与えてしまったら、思いが強すぎて、他人と思えなくなってしまうのだ。

 そして私たち異世界の人間を個として見れなくなる。もう一人の自分としか見れなくなってしまうのだ。

 ということで、自分の半身が命を捨てようとすれば、必死に阻止しようとする。それこそ何が何でも、どんな手段を使っても。

 でも、自分の半身が自分に刃を向けたとしたら、話は別。きっと彼らは、そういうものかと素直に受け止めてしまうのだろう。

 それは、理屈ではないのだ。

 きっと、命を分け合うというのは、私が想像するよりずっと重いことなのだ。そして自分だけが残されることが、彼ら時空の監視者にとって最も辛いことなのだろう。

 だから、勝手に死ぬよりは、いっそ自分を殺して欲しい。そう思っているのだ。
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