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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
ルークからのお願い
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ルークと並んで、部屋まで歩く。もちろん、その後ろに侍女を連なって。そして、そのままの流れで、5人とも入室すると思ったけれど───。
「悪いけど、二人っきりにしてくれる?」
と、ルークは扉を塞ぐように立ち、侍女たちに声を掛けた。途端にリリーとフィーネは不満そうな顔をし、カイナは私に伺うような視線をよこす。
今までルークが部屋に来るときは、問答無用で踏み入れてきたので、今回も同じように彼だけが入室するのだと思っていた。でも、今までが異例で本来ならば来客の際には侍女も同席するもの………らしい。
やんごとなき身分の人達は、本当に面倒くさい。でも、今回は私もルークと二人っきりのほうが話しやすいので、カイナにそれを伝えると渋々といった表情で一礼し、3人ともこれ以上、歩を進めることはしなかった。
さて部屋に入った途端、ルークはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「元気そうで何より。いやーまた再会できて嬉しいよっ。本当に」
「………そうですか」
渋面を隠すことなくそう返した私に、ルークは更にニヤニヤとする。そんな彼を無視して私はテーブルに着席した。
「カイナさん達を追い出してしまったので、お茶は出せませんが、どうぞ座ってください」
そう言えばルークは、流れるような所作で席に着く。けれど、ニヤニヤ笑いは浮かべたまま。………まぁ、あの澱んだ瞳を見せられるよりはマシだと自分に言い聞かせ、既にテーブルに用意してあったルークの宝物を手に取り、彼に向ける。
「これ、返します」
「え!?」
驚きの声を上げて、ルークは私が手にしたものを凝視したまま固まり、受け取ろうとはしない。黙って受け取って貰えたらと思っていたけれど、さすがにそれは甘かったようだ。
でも、これはルークの宝物。私の部屋でいないものとして扱われるより、彼の元に戻るべきものだ。そんなわけで、私は呆然としたままのルークに言葉を重ねた。
「私には必要なくなったものだし、やっぱりこれはルークさんが持っていた方が良いと思うのでお返しします」
「────………えーっと………じゃ、もうバルドゥールを許したってこと?」
しばらくの間の後、おずおずと問いかけられ、私は瞬時に首を横に振る。そして、すぐに席を立ち枕の下に隠してあった、短剣を取り出した。
「代わりにこれを貰いましたから」
見た目は全く一緒だったけれど、これはバルドゥールの短剣だった。
やり直しをしてから2回目に抱かれた後、もし仮に自分を斬りつけたいならコレにしてくれと懇願されたのだ。それはもう鬼気迫る表情で。
自分に向けられる凶器を指定するってどうよ?と内心思ったけれど、きっと私がバルドゥールに刃を向ける時は、それが誰のものだとか気にする余裕などない時だろう。
だからお守り代わりとして短剣があるなら、誰のものでも構わない。そう納得してバルドゥールから短剣を受け取ったのだ。
そんな経緯もついでに話したら、ルークは、なるほどねーと、妙に納得してくれてやっと受け取ってくれた。
「結局使うことはしませんでしたが、まぁ………その………ありがとうございました」
この話を締めくくるようにぺこりと頭を下げた私に、ルークはあっけらかんと笑いながら口を開いた。
「いやいや、使わなくて何よりだよ」
そう言いながら、短剣を懐にしまう彼を見て、やっと一つ区切りができたな、と少し肩の力が抜ける。それから喉の渇きを覚えて、ルークに声を掛けた。
「では、カイナさんに頼んでお茶を用意してもらいますね」
「ああ、いいよいいよ。座ってて」
腰を浮かした途端、ルークから止められてしまい、中途半端な態勢で彼を伺い見る。そうすれば、ルークはちょっと困った笑みを浮かべて、口を開いた。
「僕からちょっとお願いがあってね」
「ええーっと───………何でしょう」
小首を傾げながら着席した私に、ルークは真剣な顔でこう切り出した。
「リンと一緒に過ごしてほしいんだ」
「リンさんと?」
オウム返し問うた私に、ルークは気を悪くすることはせず、更に表情を引き締めて口を開いた。
「うん。もしかしたら、同じ世界に居た君の声なら届くかもしれない」
「………………」
冷たいかもしれないけれど、多分、私の声はリンさんには届かないと思う。だって私はリンさんと二人っきりの部屋で、声を掛けてみた。でも、彼女からは何の反応もなかった。
それを正直にルーク伝えて良いものなのだろうか。
でも何と伝えればいいのかわからず口ごもってしまえば、ルークには言葉にするよりあからさまに伝わる訳で、彼は深い息を吐きながら悲痛な表情を浮かべてしまった。
「無理だと思ってるよね?うん………リンは壊れてしまった……それは理解してる。でも、僅かな希望があれば、それに縋りたいんだ。努力だけではどうにもならないかもしれない。でも、悪あがきでも何かしらの努力をしなければ確実にこのままリンを………ただ… 失うだけなんだ」
憂いの影を濃くして悲しげな表情を浮かべる彼を見て、無意味なドッキリを仕掛けられたこと、私に断りもなく勝手に枷をつけたこと、その外にも強姦ほう助をしたり、わざと煽るような言葉で私を苛立たせたり………とまぁ、ルークには色々と、本当に色々と思うところがある。
でも、リンさんに向かう彼はいつも誠実だった。だから、これは何の裏もない、ルークの純粋なお願いなのだろう。でも、はいそうですかと二つ返事をするわけにはいかない。
「でも、ルークはリンさんの意識が戻っても、また抱きますよね?」
ズバリ聞いた私に、ルークは嫌な顔をせず、真摯に頷いた。
「本末転倒だって言いたいんだよね?でも、取り戻したいんだ」
「………………」
きっぱりと言い切ったルークに対して、私は言葉を失ってしまった。
リンさんは私のように勘違いして、心を閉ざしてしまったわけではない。時空の監視者のお仕事も、私たち異世界の人間が生きる術も全部知った上で、心を閉ざしてしまったのだ。
そんな彼女に私の声は届くのだろうか。そして、もし仮に届いたとして、自我を取り戻したとしても、ルークの言うように本末転倒な気がする。
いや、それよりこの世界で生きることを選んだ私を見て、どう思うのだろう。ルークはこの世界に生きる私をリンさんに見せて、同じように受け入れろと言いたいのだろうか。それは大きな間違いだ。
「あの………取り戻したところで、リンさんの心がルークさんに向くとは限りませんよ」
「わかっているよ」
噛み締めるように頷いたルークは絞り出すように、たった一言呟いた。
「謝りたいんだ……」
あっという間に真っ白い部屋に吸い込まれてしまったそれには、辛さとか切なさとか痛みとか慈しみとか色んな感情を凝縮した響きを持っていた。
その欠片を探すように部屋を見渡す私に構わず、ルークは語りだす。
「君たちを見て、ずっと考えていたんだ。リンが死にたいと望むなら、もう僕は止めたりはしない。もし仮に僕以外の時空の監視者を望むなら、僕はそいつにリンを託すことにするよ。………辛いけどね」
最後のルークの言葉は震えていた。
よく見れば彼の目の下には深い影………隈ができていた。多分ずっとよく眠れていなかったのだろう。そう、ずっとずっとルークは悩んでいたのだ。
汚れも醜さも、歪んだ愛情も純粋にリンさんを想う気持ちも全部ルークの一部になっていて、切り離すのはとても難しいのだろう。
でも、その全部を抱えて、ルークはちゃんと自分で答えを出したのだ。諦めることを選ぶ覚悟をしたのだ。
今、私の目の前にいる栗色の髪の時空の監視者は、自己愛が強く、正義感を押し付けることに何の抵抗も無い、自身しか愛せなかったかつての姿はどこにもいない。
そして、そう言われてしまえば、私は断る理由はなかった。けれど一つ懸念がある。もし仮にルークが、リンさんに死なないでと懇願したり、涙を流してしまったら、私は毅然とした態度でルークを制することができるのだろうか。
わかりやすく力づくで抑え込んだり、暴力を振るったりすれば私は全力でルークを阻止できるだろう。でも、色んなルークを見てきた今、ただひたすらに彼女の願いを叶えようと痛みを堪える姿を目にしたとき、私は冷静でいられるのだろうか。
「………私、リンさんが死にたいって言ったら、引き留めることはできませんよ。それに私がリンさんの生きる枷になれるかどうかもわかりません」
本音を言えば、私だってリンさんに意識を取り戻して欲しい。でも、目を覚ましたリンさんに、この裏切り者だと罵倒されるのは怖いし、嫌だ。
だからこんな予防線を張るような言い方をする自分は、本当にズルい人間だ。ルークを意地が悪いと詰ったこともあるけれど、私だって人のことを言えた義理ではない。
そんな保身に走る自分に嫌悪して、きゅっとスカートの裾を握って俯いた私に、ルークの優しい声が降ってきた。
「君がそこまで背負う必要はないよ。でも、ありがとう」
ゆるゆると顔を上げれば、穏やかに目を細めてルークが私を見つめていた。きっとルークは私のズルさに気づいているのだろう。でも、それを口にしない。そんな彼に向かってかける言葉は、もうこれしか残っていなかった。
「………大してお役に立てるとは思えませんが、お力になりたいと思います」
同意した私に、ルークは小さく息を吐いて鍛えられた肩を落とした。それは落胆というより、ほっとして身体の力が抜けたという感じだった。
「ありがとう、アカリ」
ルークに初めて名を呼ばれ、ちょっと驚く。
バルドゥールの口から自分の名を紡がれる時は、どんな時でもトクンと心臓が跳ねるのに、ルークから名を呼ばれても、それは元の世界と変わらない響きを持つ。その違いは何なのだろう。
そんなふうによそに意識を飛ばしていたら、ルークの小さな咳払いが聞こえ慌てて、彼に視線を戻す。そして目が合った途端、彼はにこっと笑みを浮かべて口を開いた。
「それでね、君にあと一つお願いがあるんだ」
お願い事はどうやら一つではなかったらしい。
あと………………さっきとは違う笑みを浮かべるルークに、物凄く嫌な予感がする。私の杞憂だと嬉しいけれど、経験上それはないだろう。
「悪いけど、二人っきりにしてくれる?」
と、ルークは扉を塞ぐように立ち、侍女たちに声を掛けた。途端にリリーとフィーネは不満そうな顔をし、カイナは私に伺うような視線をよこす。
今までルークが部屋に来るときは、問答無用で踏み入れてきたので、今回も同じように彼だけが入室するのだと思っていた。でも、今までが異例で本来ならば来客の際には侍女も同席するもの………らしい。
やんごとなき身分の人達は、本当に面倒くさい。でも、今回は私もルークと二人っきりのほうが話しやすいので、カイナにそれを伝えると渋々といった表情で一礼し、3人ともこれ以上、歩を進めることはしなかった。
さて部屋に入った途端、ルークはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「元気そうで何より。いやーまた再会できて嬉しいよっ。本当に」
「………そうですか」
渋面を隠すことなくそう返した私に、ルークは更にニヤニヤとする。そんな彼を無視して私はテーブルに着席した。
「カイナさん達を追い出してしまったので、お茶は出せませんが、どうぞ座ってください」
そう言えばルークは、流れるような所作で席に着く。けれど、ニヤニヤ笑いは浮かべたまま。………まぁ、あの澱んだ瞳を見せられるよりはマシだと自分に言い聞かせ、既にテーブルに用意してあったルークの宝物を手に取り、彼に向ける。
「これ、返します」
「え!?」
驚きの声を上げて、ルークは私が手にしたものを凝視したまま固まり、受け取ろうとはしない。黙って受け取って貰えたらと思っていたけれど、さすがにそれは甘かったようだ。
でも、これはルークの宝物。私の部屋でいないものとして扱われるより、彼の元に戻るべきものだ。そんなわけで、私は呆然としたままのルークに言葉を重ねた。
「私には必要なくなったものだし、やっぱりこれはルークさんが持っていた方が良いと思うのでお返しします」
「────………えーっと………じゃ、もうバルドゥールを許したってこと?」
しばらくの間の後、おずおずと問いかけられ、私は瞬時に首を横に振る。そして、すぐに席を立ち枕の下に隠してあった、短剣を取り出した。
「代わりにこれを貰いましたから」
見た目は全く一緒だったけれど、これはバルドゥールの短剣だった。
やり直しをしてから2回目に抱かれた後、もし仮に自分を斬りつけたいならコレにしてくれと懇願されたのだ。それはもう鬼気迫る表情で。
自分に向けられる凶器を指定するってどうよ?と内心思ったけれど、きっと私がバルドゥールに刃を向ける時は、それが誰のものだとか気にする余裕などない時だろう。
だからお守り代わりとして短剣があるなら、誰のものでも構わない。そう納得してバルドゥールから短剣を受け取ったのだ。
そんな経緯もついでに話したら、ルークは、なるほどねーと、妙に納得してくれてやっと受け取ってくれた。
「結局使うことはしませんでしたが、まぁ………その………ありがとうございました」
この話を締めくくるようにぺこりと頭を下げた私に、ルークはあっけらかんと笑いながら口を開いた。
「いやいや、使わなくて何よりだよ」
そう言いながら、短剣を懐にしまう彼を見て、やっと一つ区切りができたな、と少し肩の力が抜ける。それから喉の渇きを覚えて、ルークに声を掛けた。
「では、カイナさんに頼んでお茶を用意してもらいますね」
「ああ、いいよいいよ。座ってて」
腰を浮かした途端、ルークから止められてしまい、中途半端な態勢で彼を伺い見る。そうすれば、ルークはちょっと困った笑みを浮かべて、口を開いた。
「僕からちょっとお願いがあってね」
「ええーっと───………何でしょう」
小首を傾げながら着席した私に、ルークは真剣な顔でこう切り出した。
「リンと一緒に過ごしてほしいんだ」
「リンさんと?」
オウム返し問うた私に、ルークは気を悪くすることはせず、更に表情を引き締めて口を開いた。
「うん。もしかしたら、同じ世界に居た君の声なら届くかもしれない」
「………………」
冷たいかもしれないけれど、多分、私の声はリンさんには届かないと思う。だって私はリンさんと二人っきりの部屋で、声を掛けてみた。でも、彼女からは何の反応もなかった。
それを正直にルーク伝えて良いものなのだろうか。
でも何と伝えればいいのかわからず口ごもってしまえば、ルークには言葉にするよりあからさまに伝わる訳で、彼は深い息を吐きながら悲痛な表情を浮かべてしまった。
「無理だと思ってるよね?うん………リンは壊れてしまった……それは理解してる。でも、僅かな希望があれば、それに縋りたいんだ。努力だけではどうにもならないかもしれない。でも、悪あがきでも何かしらの努力をしなければ確実にこのままリンを………ただ… 失うだけなんだ」
憂いの影を濃くして悲しげな表情を浮かべる彼を見て、無意味なドッキリを仕掛けられたこと、私に断りもなく勝手に枷をつけたこと、その外にも強姦ほう助をしたり、わざと煽るような言葉で私を苛立たせたり………とまぁ、ルークには色々と、本当に色々と思うところがある。
でも、リンさんに向かう彼はいつも誠実だった。だから、これは何の裏もない、ルークの純粋なお願いなのだろう。でも、はいそうですかと二つ返事をするわけにはいかない。
「でも、ルークはリンさんの意識が戻っても、また抱きますよね?」
ズバリ聞いた私に、ルークは嫌な顔をせず、真摯に頷いた。
「本末転倒だって言いたいんだよね?でも、取り戻したいんだ」
「………………」
きっぱりと言い切ったルークに対して、私は言葉を失ってしまった。
リンさんは私のように勘違いして、心を閉ざしてしまったわけではない。時空の監視者のお仕事も、私たち異世界の人間が生きる術も全部知った上で、心を閉ざしてしまったのだ。
そんな彼女に私の声は届くのだろうか。そして、もし仮に届いたとして、自我を取り戻したとしても、ルークの言うように本末転倒な気がする。
いや、それよりこの世界で生きることを選んだ私を見て、どう思うのだろう。ルークはこの世界に生きる私をリンさんに見せて、同じように受け入れろと言いたいのだろうか。それは大きな間違いだ。
「あの………取り戻したところで、リンさんの心がルークさんに向くとは限りませんよ」
「わかっているよ」
噛み締めるように頷いたルークは絞り出すように、たった一言呟いた。
「謝りたいんだ……」
あっという間に真っ白い部屋に吸い込まれてしまったそれには、辛さとか切なさとか痛みとか慈しみとか色んな感情を凝縮した響きを持っていた。
その欠片を探すように部屋を見渡す私に構わず、ルークは語りだす。
「君たちを見て、ずっと考えていたんだ。リンが死にたいと望むなら、もう僕は止めたりはしない。もし仮に僕以外の時空の監視者を望むなら、僕はそいつにリンを託すことにするよ。………辛いけどね」
最後のルークの言葉は震えていた。
よく見れば彼の目の下には深い影………隈ができていた。多分ずっとよく眠れていなかったのだろう。そう、ずっとずっとルークは悩んでいたのだ。
汚れも醜さも、歪んだ愛情も純粋にリンさんを想う気持ちも全部ルークの一部になっていて、切り離すのはとても難しいのだろう。
でも、その全部を抱えて、ルークはちゃんと自分で答えを出したのだ。諦めることを選ぶ覚悟をしたのだ。
今、私の目の前にいる栗色の髪の時空の監視者は、自己愛が強く、正義感を押し付けることに何の抵抗も無い、自身しか愛せなかったかつての姿はどこにもいない。
そして、そう言われてしまえば、私は断る理由はなかった。けれど一つ懸念がある。もし仮にルークが、リンさんに死なないでと懇願したり、涙を流してしまったら、私は毅然とした態度でルークを制することができるのだろうか。
わかりやすく力づくで抑え込んだり、暴力を振るったりすれば私は全力でルークを阻止できるだろう。でも、色んなルークを見てきた今、ただひたすらに彼女の願いを叶えようと痛みを堪える姿を目にしたとき、私は冷静でいられるのだろうか。
「………私、リンさんが死にたいって言ったら、引き留めることはできませんよ。それに私がリンさんの生きる枷になれるかどうかもわかりません」
本音を言えば、私だってリンさんに意識を取り戻して欲しい。でも、目を覚ましたリンさんに、この裏切り者だと罵倒されるのは怖いし、嫌だ。
だからこんな予防線を張るような言い方をする自分は、本当にズルい人間だ。ルークを意地が悪いと詰ったこともあるけれど、私だって人のことを言えた義理ではない。
そんな保身に走る自分に嫌悪して、きゅっとスカートの裾を握って俯いた私に、ルークの優しい声が降ってきた。
「君がそこまで背負う必要はないよ。でも、ありがとう」
ゆるゆると顔を上げれば、穏やかに目を細めてルークが私を見つめていた。きっとルークは私のズルさに気づいているのだろう。でも、それを口にしない。そんな彼に向かってかける言葉は、もうこれしか残っていなかった。
「………大してお役に立てるとは思えませんが、お力になりたいと思います」
同意した私に、ルークは小さく息を吐いて鍛えられた肩を落とした。それは落胆というより、ほっとして身体の力が抜けたという感じだった。
「ありがとう、アカリ」
ルークに初めて名を呼ばれ、ちょっと驚く。
バルドゥールの口から自分の名を紡がれる時は、どんな時でもトクンと心臓が跳ねるのに、ルークから名を呼ばれても、それは元の世界と変わらない響きを持つ。その違いは何なのだろう。
そんなふうによそに意識を飛ばしていたら、ルークの小さな咳払いが聞こえ慌てて、彼に視線を戻す。そして目が合った途端、彼はにこっと笑みを浮かべて口を開いた。
「それでね、君にあと一つお願いがあるんだ」
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