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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
彼を邪険にできない理由
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さてその後、私から承諾を得たルークはごきげんだった。
出されたお茶もしっかりお代わりまでして、私の銅製のコップを見て『木製から出世したねー』とイジリ、部屋着の私を見て『こういう格好も似合うね』と的外れなことを口にして、西に太陽が傾く頃、やっと席を立った。
「ねぇ、アカリ」
「何ですか?」
どうせ、さっきの流れのままつまらないことを言うのだろうと思って素っ気ない返事をした。けれど───。
「ありがとう」
真っ直ぐ私を見つめて、ルークは目を細めてそう言った。
その言葉はありきたりで、何度も聞いたものだけれど、彼の口から紡がれたそれは、色んな思いが込められた【ありがとう】だった。
本当にルークはズルい人だ。
今の言葉には感謝の気持ち以外に、ごめんねという気持ちも込められている。あと『任せたからねっ。宜しく!』という念押しも。
言葉にしなければ伝わらないものがある。でも言葉にしないからこそ伝わるものがある。ルークはその使い分けが絶妙に上手い。
それは彼が私より大人だからか、私よりズルいからなのか、それともそれほどまでにリンさんを想っているからなのだろうか。目を細め、私の心の奥底に訴えかけるようなその表情からは、そのどれもが正解のような気がして、私はじっと彼を見つめることしかできなかった。
それからルークは、じゃあねと言って扉へと向かう。見送りの為に私も席を立とうとしたけれど笑顔で遮られ、結局、着席したまま彼を見送ることになった。
窓から差し込む夕陽が部屋をオレンジ色に染め上げる。窓に取り付けられた鉄格子の影さえ入らなければ、今の時間は色のないこの部屋で最も色彩を放つ時間であり、私が一番好きな時間。
でも今日は、部屋にはルークの為に用意した茶器を片付ける侍女達もいるので、いつもより賑やかでカラフルだ。
と、そんなことを考えながら、私は自分に課せられたミッションをどうこなそうかと頭を悩ませる。押し切られるように頷いてしまったけれど、ルークの屋敷に通う許可を貰うには、なかなか骨の折れる交渉になりそうだ。
なにせ、庭に出たいという申請すら2回も流されたというのに。今回はバルドゥールの屋敷の敷地内ではなく、公道を挟んでの外出となる。しかも、前回外出したことは伏せての交渉だ。
「…………どうしよう」
ため息を付いたつもりだったけれど、心の内の言葉まで漏れてしまった。途端に部屋にいる3人の視線を感じてしまう。しまった……一人で過ごす時間が長いせいか、独り言をつぶやいてしまう習慣が身についてしまっていた。
今、この部屋にいる侍女達は私に注意を向けている。そんな中、無意味に視線を動かせば誰かしらと目が合ってしまうだろう。それはちょっと気まずい。そう思って、一人にになるまで俯いていようと思っていたら、カチャカチャと茶器を片付ける音に交じって、リリーと尖った声音が部屋に響いた。
「あのお方は、いつも厄介事しか運んできません」
その声音は、とても小さなものだったけれど、無言の部屋にはしっかりと響いた。そして初めて耳にするリリーの感情的な声に思わず顔を上げれば、声の主とばっちりと目が合ってしまった。
目が合ったリリーはちょっと困ったというか、小さなミスを見つけられてしまったかのようなバツの悪い顔をしていた。普段は凛と………というか澄ました表情の顔ばかり見ているが、そばかすの浮いた可愛らしい顔には、こういう少女らしい顔の方が似合う。
そして的を得たリリーの言葉に思わず口元が綻んでしまった私を見て、彼女も同じように笑みを浮かべてくれた。
ルークは厄介事しか運んでこないのは事実かもしれない。いや、リリーの言葉に同感だ。でも、彼が運んでくるのは、それだけではない。ルークがここに訪れるたびに、私の取り巻く環境が変化していくのも事実。今日だって、距離をつかめずにいた侍女とこうして微笑みあうことができたのだ。
だから、そんなルークを私は本気で邪険に扱うことはできなかったりもする。
そしてすっかり夜も暮れた頃。バルドゥールは私の部屋にやってきた。
ちなみに今日は帯剣はしていないけれど、軍服姿のまま。多分、仕事が終わって屋敷に戻ってきたばっかりなのだろう。
残業からのお願いは、少々タイミングが悪いと、心の中で唸る。
やっぱりお願いをする時は、ご飯も食べてお風呂も入ってゆったりしている時のほうが聞き入れて貰いやすい。反対に仕事帰りはピリピリしているので、可能な願いも却下される確率が格段に上がってしまう。
「お仕事お疲れさまでした。あの………どうぞ、お掛けください」
卑屈にはならない程度で、下手に出ながらバルドゥールの様子を探れば、彼は進められるまま着席する。けれど、その表情からは、機嫌の良し悪しはわからない。
心の中で、さてどう切り出そうかと悩む私だったけれど、先に口を開いたのはバルドゥールだった。
「カイナから、アカリが俺に話があるっと言っていたが………何かあったのか?」
少し前のめりになって問いかけられてしまえば、得も言われぬ焦燥に駆られる。ここは、無駄に前置きをせず、端的にお願い事を口にしたほうが良いと判断し、直球で要求を述べることにした。
「お願いがあります。ルークさんのお屋敷に行かせてください」
「…………………………」
駄目とは言われなかったけれど、ものの見事にしかめっ面をされてしまった。庭に出たいとお願いしたときの方がまだ柔らかい表情だった。一気に部屋の空気が重くなる。
そんな無言の重圧に耐え切れず、ちょっと仰け反った私だけれど、あともう一押しして駄目なら他の手段を考えようと決め、再び口を開いた。
「ルークさんのお屋敷にいる、リンさんの傍に居たいんです」
敢えてきっりっと居住まいを正して、もう一度お願いする。そうすれば、バルドゥールは私をじっと見つめた後、唸るように、とある時空の監視者の名前を呟いた。ま、誰なのかは言わずもがなということで。
そしてまた不気味な沈黙が続き、私がいたたまれなくなった頃、バルドゥールが静かに口を開いた。
「リンという女性がどういう状態なのか、俺は知っている。だから、時空の監視者という立場なら、アカリがルークの屋敷に行くのは賛成だ。だが、」
【、】で終わったバルドゥールの言葉に、無意識に身体が強張る。
経験上、ここで途切れた後の言葉は、私にとって驚嘆するものに決まっているのだから。
出されたお茶もしっかりお代わりまでして、私の銅製のコップを見て『木製から出世したねー』とイジリ、部屋着の私を見て『こういう格好も似合うね』と的外れなことを口にして、西に太陽が傾く頃、やっと席を立った。
「ねぇ、アカリ」
「何ですか?」
どうせ、さっきの流れのままつまらないことを言うのだろうと思って素っ気ない返事をした。けれど───。
「ありがとう」
真っ直ぐ私を見つめて、ルークは目を細めてそう言った。
その言葉はありきたりで、何度も聞いたものだけれど、彼の口から紡がれたそれは、色んな思いが込められた【ありがとう】だった。
本当にルークはズルい人だ。
今の言葉には感謝の気持ち以外に、ごめんねという気持ちも込められている。あと『任せたからねっ。宜しく!』という念押しも。
言葉にしなければ伝わらないものがある。でも言葉にしないからこそ伝わるものがある。ルークはその使い分けが絶妙に上手い。
それは彼が私より大人だからか、私よりズルいからなのか、それともそれほどまでにリンさんを想っているからなのだろうか。目を細め、私の心の奥底に訴えかけるようなその表情からは、そのどれもが正解のような気がして、私はじっと彼を見つめることしかできなかった。
それからルークは、じゃあねと言って扉へと向かう。見送りの為に私も席を立とうとしたけれど笑顔で遮られ、結局、着席したまま彼を見送ることになった。
窓から差し込む夕陽が部屋をオレンジ色に染め上げる。窓に取り付けられた鉄格子の影さえ入らなければ、今の時間は色のないこの部屋で最も色彩を放つ時間であり、私が一番好きな時間。
でも今日は、部屋にはルークの為に用意した茶器を片付ける侍女達もいるので、いつもより賑やかでカラフルだ。
と、そんなことを考えながら、私は自分に課せられたミッションをどうこなそうかと頭を悩ませる。押し切られるように頷いてしまったけれど、ルークの屋敷に通う許可を貰うには、なかなか骨の折れる交渉になりそうだ。
なにせ、庭に出たいという申請すら2回も流されたというのに。今回はバルドゥールの屋敷の敷地内ではなく、公道を挟んでの外出となる。しかも、前回外出したことは伏せての交渉だ。
「…………どうしよう」
ため息を付いたつもりだったけれど、心の内の言葉まで漏れてしまった。途端に部屋にいる3人の視線を感じてしまう。しまった……一人で過ごす時間が長いせいか、独り言をつぶやいてしまう習慣が身についてしまっていた。
今、この部屋にいる侍女達は私に注意を向けている。そんな中、無意味に視線を動かせば誰かしらと目が合ってしまうだろう。それはちょっと気まずい。そう思って、一人にになるまで俯いていようと思っていたら、カチャカチャと茶器を片付ける音に交じって、リリーと尖った声音が部屋に響いた。
「あのお方は、いつも厄介事しか運んできません」
その声音は、とても小さなものだったけれど、無言の部屋にはしっかりと響いた。そして初めて耳にするリリーの感情的な声に思わず顔を上げれば、声の主とばっちりと目が合ってしまった。
目が合ったリリーはちょっと困ったというか、小さなミスを見つけられてしまったかのようなバツの悪い顔をしていた。普段は凛と………というか澄ました表情の顔ばかり見ているが、そばかすの浮いた可愛らしい顔には、こういう少女らしい顔の方が似合う。
そして的を得たリリーの言葉に思わず口元が綻んでしまった私を見て、彼女も同じように笑みを浮かべてくれた。
ルークは厄介事しか運んでこないのは事実かもしれない。いや、リリーの言葉に同感だ。でも、彼が運んでくるのは、それだけではない。ルークがここに訪れるたびに、私の取り巻く環境が変化していくのも事実。今日だって、距離をつかめずにいた侍女とこうして微笑みあうことができたのだ。
だから、そんなルークを私は本気で邪険に扱うことはできなかったりもする。
そしてすっかり夜も暮れた頃。バルドゥールは私の部屋にやってきた。
ちなみに今日は帯剣はしていないけれど、軍服姿のまま。多分、仕事が終わって屋敷に戻ってきたばっかりなのだろう。
残業からのお願いは、少々タイミングが悪いと、心の中で唸る。
やっぱりお願いをする時は、ご飯も食べてお風呂も入ってゆったりしている時のほうが聞き入れて貰いやすい。反対に仕事帰りはピリピリしているので、可能な願いも却下される確率が格段に上がってしまう。
「お仕事お疲れさまでした。あの………どうぞ、お掛けください」
卑屈にはならない程度で、下手に出ながらバルドゥールの様子を探れば、彼は進められるまま着席する。けれど、その表情からは、機嫌の良し悪しはわからない。
心の中で、さてどう切り出そうかと悩む私だったけれど、先に口を開いたのはバルドゥールだった。
「カイナから、アカリが俺に話があるっと言っていたが………何かあったのか?」
少し前のめりになって問いかけられてしまえば、得も言われぬ焦燥に駆られる。ここは、無駄に前置きをせず、端的にお願い事を口にしたほうが良いと判断し、直球で要求を述べることにした。
「お願いがあります。ルークさんのお屋敷に行かせてください」
「…………………………」
駄目とは言われなかったけれど、ものの見事にしかめっ面をされてしまった。庭に出たいとお願いしたときの方がまだ柔らかい表情だった。一気に部屋の空気が重くなる。
そんな無言の重圧に耐え切れず、ちょっと仰け反った私だけれど、あともう一押しして駄目なら他の手段を考えようと決め、再び口を開いた。
「ルークさんのお屋敷にいる、リンさんの傍に居たいんです」
敢えてきっりっと居住まいを正して、もう一度お願いする。そうすれば、バルドゥールは私をじっと見つめた後、唸るように、とある時空の監視者の名前を呟いた。ま、誰なのかは言わずもがなということで。
そしてまた不気味な沈黙が続き、私がいたたまれなくなった頃、バルドゥールが静かに口を開いた。
「リンという女性がどういう状態なのか、俺は知っている。だから、時空の監視者という立場なら、アカリがルークの屋敷に行くのは賛成だ。だが、」
【、】で終わったバルドゥールの言葉に、無意識に身体が強張る。
経験上、ここで途切れた後の言葉は、私にとって驚嘆するものに決まっているのだから。
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