監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

言葉は言霊①

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 アシュレイさんと話をすることを承諾して立ち上がった私だったけれど、膝の上で話をするのはお断りだ。別についさっきの一件で彼女のことを嫌いになったわけではない。でも、真面目な話をするのなら、ちゃんと向き合って目を見て会話をしたい。

 という訳で、アシュレイさんを通り越して、テーブルの向かいにある椅子に腰を下ろそうとしたけれど、すれ違いざまに、彼女に手を取られてしまった。

「アシュレイさん、ごめんなさい。私、向き合って話をしたいです」

 そう言いながら反対の手でアシュレイさんの手を振りほどこうとしたけれど、思いの外強く解けない。しかもアシュレイさんは器用に私のもう片方の手まで絡め取ってしまった。

「あの、アシュレイさん………手を……────………え?」

 互いの両手を握り合う形になってしまった途端、アシュレイさんはそのまま立ち上がると、片足を後ろに引いて礼を取った。思わず見とれてしまう程、とてもきれいな所作だった。

「挨拶が遅くなってすまない。改めて近衛騎士団、副団長を務めているアシュレイだ。どうぞお見知りおきを。異世界のお嬢さん」
「えっと…………改めまして。私、アカリと言います。異世界から来ました。今はバルドゥールさんのお家でお世話になっています」

 自己紹介をされたら、同じように返す。これは元の世界で身についてしまった悲しい性。そして流れのまま、ぺこりと頭を下げた途端、ふわりと躰が浮きアシュレイさんが私を抱え上げたことに気付く。

「アシュレイさん!?」
「アカリ、捕まえたっ」

 無邪気な笑顔でそう言ったアシュレイさんの腕は、とても力強くてちょっと暴れたところでは逃れることができない。でもそうしたのには、それなりの理由があった。

「このまま話そう。ルークの事、近くで聞いて欲しいんだ。この話は………………誰にも聞かれたくない」

 同意を求めるような目で、そう耳元で囁かれてしまえば、大人しくするしかない。そしてアシュレイさんは、私を抱えたまま静かに腰を下ろした。

「ありがとう、アカリ。じゃ、一方的な話になってしまうけれど、聞いてくれるかな?」
「はい」

 素直に頷いた私に、アシュレイさんは、にこりと笑みを向けて口を開いた。でもその藍色の瞳は、私を通り越して遠くを見つめていた。

「あのね、ルークは生まれた瞬間から、本人の意思とは関係なく、やらなければならないことが定められていたんだ」

 時空の監視者は、腕に痣をもって生まれてくると聞いた。そのことを差しているのだろう。

「それは誰もがなれるわけではなく、厄介なことに名誉あるものでもあったんだ。だから周りからも、定められた道を歩むことに意義を唱えるものなどいなかったし、彼自身、そのことを疑問にすら思わず、ただひたすらに緑星が輝くのを待ち続けていたんだ。今にして思えば、待つだけのアイツの人生は、きっと色のない世界を生き続けるようなものだったのだろう。───…………でも、そこでリンが現れた」

 ピタリと会話を止めたアシュレイさんは、あっと思い出したかのように付け加えた。

「私はね、赴任したのは2年前。だからリンとは多少、交流があったんだ」
「そうなんですか」
 
 初耳だった。

 アシュレイさんは自我のあったリンさんを知っているんだ。言葉を交わしたこともあるのだろう。あの虚空の瞳に、ちゃんと感情を映し出していた時を知っているのだ。…………第三者の立場では、あの二人はどう映っていたのだろうか。
 
 ぼんやりと思ったそれは、すぐにアシュレイさんの口から紡がれた。

「最初はルークは紳士的にリンに接していた。大切に、それこそ壊れ物を扱うようにね。でも、一線を引いて彼女の深いところまで踏み込まないように細心の注意を払っていた。反対に、リンはルークを困らせる天才だった」

 その頃を思い出しているのだろう、アシュレイさんはくすくすと可笑しそうに笑う。でも私は可笑しくなんかない。だって、私は今のリンさんしか知らないから、全然想像できない。 

 眉間に皺を寄せてしまった私に気付いているはずなのに、アシュレイさんはそれを無視して言葉を続けた。

「可愛いらしいワガママを言ってみたり、ちょっとだけ拗ねてみたり、ルークが一生懸命に自制しようとしても、彼女はそれをあっけなく打ち砕く魅力と明るさがあったんだ。きっと天使というのは、こういうものなのかと思わせる存在だったんだ」

 そう言ってアシュレイさんはちらりとリンさんに視線を移す。つられるように私も移せば、そこには確かに羽の無い天使がいた。

「そしてあっという間に、二人は責務とか使命とかなどという垣根を越えて、特別な存在になっていたんだ」

 頭上から降ってきたアシュレイさんの紡ぐ【二人】という言葉に不快感を持つ。ルークだけならわかる。でも、何をもって二人と言い切れるのだろう。

「そういうふうにリンさんが、演じていたってことはないんですか?」
「ははっ、どうだろうね」

 肩をすくめて笑うアシュレイさんからは、含みを感じさせるものはなかった。そして、きゅっと私を後ろから抱きしめて、低い声で囁いた。

「彼女は彼女で慣れない世界で生きるのに必死だったのだろう。だから多少は演じていたのかもしれないね」
「…………多少、ですか」

 納得いかなくて、口を尖らせる私に、アシュレイさんは苦笑を漏らした。 

「なぁ、アカリは心を通わす瞬間を見たことがあるかい?」
「ないです………あっ………いいえ、あります」

 唐突に投げられた問いに、反発心で否定しようとしたけれど、すぐに打ち消した。あの夜、自分の部屋に鍵がかかっていないと気付いた晩、バルドゥールに抱きしめられた時は、間違いなく互いの心に触れていたと思う。

 否定からあっさり肯定に変わった私に、アシュレイさんは深く突っ込むことはせず、嬉しそうに目を細めながら、私の髪を撫でた。

「………そうか。私も見た事がある。そして、あの二人にもそういう瞬間は確かにあったんだ」

 私を覗き込むアシュレイさんの瞳はとても柔らかかった。

「二人はとても綺麗だったよ。この部屋で二人にしかわからない話をして、楽しそうに笑っていた。ルークの為に歌う彼女はとても美しかった。…………この部屋がな、とてもカラフルに見えたんだ」

 そんなはずないのにな、とアシュレイさんはくすりと笑う。でも、きっと心の目には、色鮮やかに映っていたのだろう。

 アシュレイさんが嘘つきだとは思っていない。でも、心の目なんて、所詮は主観でしかない。だからもし仮に私が同じものを目にしていたら、カラフルに見えていたのだろうか。

 初めてリンさんと会ったあの日、ルークはリンさんに自分を見てと哀願していた。聞いているこちらの胸が締め付けられる程、切ない声音で。

 あの日は晴天だった。柔らかい日差しが窓から差し込んで、二人を優しく包んでいた。………………でも、決してカラフルなんかじゃなかった。

 私の目には、悲しそうに見えた。辛そうに見えた。幸せとは程遠い場所にいるようにしか見えなかった。

 見目好い二人。清潔に整えられた白い部屋。均一で揺らがない窓から差し込んだ光の柱。美しいと称されるものばかりが溢れても、美しくないことを知ったあの日の午後が脳裏に焼き付いている私には、どうしたってアシュレイさんの言葉を素直に受け入れることができなかった。

「………………でも、今のこの状況も現実です」

 そう言って私は、部屋をぐるりと見渡した。そう、今ここには幸福だったであろう過去にの欠片が創りあげた、醜く歪んだものしか残っていない。

 棘を含んだ私の言葉に、アシュレイさんは寂しそうに、そうだねと小さく呟いて、背後から私の髪に顔をうずめて、震える息を吐き出した。そして、そのままの姿勢で信じられないことを囁いた。 

「でも聞いて、これも事実。あのね、リンはね、壊れてしまったあの日から、一度も食べものを口にしていない」
「え!?」

 驚きの事実に目を丸くする私に、アシュレイさんはもう一度同じ言葉を吐いた。

「リンはね、どうやっても食べ物を口にしてくれないんだ。口移しでも、無理矢理口をこじ開けても、絶対に飲み込もうとしない。ルークから与えられる力以外、拒み続けているんだよ。…………なぁアカリ、私にはそれが物言わない彼女の、唯一の訴えのように思えてならないんだ」

 アシュレイさんの声が耳朶に響いた瞬間、ピタリとリンさんの歌が止まった。
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