監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

馬車でのひととき①

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 リンさんの部屋を一歩出た途端、バルドゥールはおもむろにしゃがんだと思ったら、私の膝裏に手を差し入れて横抱きにした。

「バルドゥールさん?───え?ちょっと、待ってください………」
「行くぞ」

 一気に視界が高くなり、驚いて声を上げれば、彼は短い言葉を返して黙々と歩きだした。醸し出す空気で馬車まで歩いて行くのは無理だということを気付かされ、思わず口を噤んでしまう。

 そして突風のような速さで馬車に乗り込んだバルドゥールは、窓から御者に短い指示を出した。

 取り立てて言うことではないかもしれないけれど、見送りをしてくれたメイドさん達は、そんな私達を見て驚く風でもなく、阿吽の呼吸で玄関の扉を開閉してくれた。もちろん、慇懃にお気をつけてという言葉も掛けてくれた。その徹底したお仕事ぶりに感嘆したのは、きっと私だけなのだろう。





 そんなことがあっても馬車は今日も今日とて滑るように走る。ちなみにこの馬車は、バルドゥールが乗ってきたもので、多分職場のものなのだろう。今朝乗った馬車より装飾が少ない。というか真っ黒な箱のようなもの。そして、御者と呼んだその人は、色違いのカーキ色の軍服を着ていた。

 アシュレイさんは、バルドゥールに向かってサボりと言っていたけれど、馬車を御する人にとったら、これも仕事の一つ。ぶっちゃけ良い迷惑だろう。

 私の勘違いというか早とちりで沢山の人に迷惑をかけてしまったことが、重ね重ね申し訳ない。

「バルドゥールさん、本当にごめんなさい」
「いや、想定の範囲内だ」

 バルドゥールはあっさりとそう答えてくれたけれど、本当にそうなのだろうかという疑問が湧く。

 というか、想定内であの表情ならば、想定外の場合どんな表情になってしまうのだろうか。でもその考えはすぐさま打ち消すことにした。なぜなら、絶対に恐ろしいことに間違いないだろうから。こんな密室で、自分から自分を追い込むような真似は愚行でしかない。

 そんなわけで、私は大人しく………というか、借りてきた猫のように身を縮こませてバルドゥールの腕の中にいることにする。そうすれば彼はくすりと笑って、私の髪を一房取ってその太い指に絡めながら口を開いた。

「そんなに怯えるな。アカリに対しては怒っていない」
「そ、そうですか…………」

 じゃあ誰に?と聞きたくなってしまったけれど、思い当たる人物は二人しかいないし、つい先ほどの状況を見ると、その怒りの矛先はとある人物に一点集中すること間違いない。

 本日はバルドゥールの怒りを全部引き受けようと思ったけれど、どうやらそれは難しいようだ…………ルークには、私の気持ちだけ受け取ってもらおう。

 そんなふうに、きっと今頃、始末書の文面に頭を悩ましているであろう人物に思いを馳せていたけれど、違和感を感じて窓を見る。なんだか景色が微妙に違う。それに、屋敷に戻るにしては時間がかかりすぎている。

「あの…………バルドゥールさん、お屋敷から離れているような気がします」

 気付いたかと言いたげに眉を上げたバルドゥールは、面白いことを思いつたかのように、くるりと私に視線を向けて口を開いた。

「どうせ、遅くなったんだ。少し遠回りをして帰ろう」
「…………はぁ」

 さっきまでのしかめっ面はどこへやら。バルドゥールは片手は私の髪を弄んだまま、反対の腕を窓枠に乗せて頬杖を付いた。

「こんな機会はなかなかない。アカリに見せたいものがある」
「何でしょうか?」

 すかさず問うた私に、バルドゥールは行けばわかると言ってシャッと馬車の窓のカーテンを閉めてしまった。
 
 鼻歌を歌いだしそうな程機嫌を直したバルドゥールとは反対に、突如ミステリーツアーに強制参加させられてしまった私はそわそわと落ち着かない。それに今、現在進行形でも落ち着かない状況なのだ。

「バルドゥールさん、そろそろ降ろして下さい」
「何故?」

 柔らかい口調で問いかけられ、ちょっと困ってしまう。
 
 なぜなら私はルークの屋敷でバルドゥールに抱き上げられたままの流れで、今現在も彼の膝にいるからだ。何というか、今日の私は直に座れないという呪いでもかかっているのだろうか。

 一先ずこの呪いは自分で解呪できるものだと信じて、バルドゥールを見上げて口を開いた。

「む、向かいの席が空いているからです」
「空けておけば良い」
「──.........!?」

 えーっと声に出すことはしなかったけれど、不服そうな顔をした私に、バルドゥールはさらりとこう言った。

「アシュレイの膝には座ったんだ。俺の膝の上に座るのだって問題ないはずだ」

 そう一方的に結論付けたバルドゥールの表情は、何だか拗ねているように見えた。けれど、すぐ私の頬に手を当てじっと私を見つめる。その表情は少し険しかった。

「.........目が赤い。泣いたのか?」

 目ざとい。

 ちょっと泣いただけだったのに、気付かれてしまったか。できればこれは、気付かないでいてほしかった。

 内心ちっと舌打ちをしつつも、表情はルークほどではないが微笑を浮かべて、バルドゥールから視線をずらす。けれど、頬に添えていた手に力が籠る。

「ルークの屋敷で何があったのか話せ」

 ずばり声に出して問われ、ずいっと顔を近づけられ、その迫力に観念するしかないと腹をくくる。

「ちょっと追いかけっこを……………」
「は?」

 嘘は言ってないけれど、説明にもなっていない言葉を吐いた途端、バルドゥールは変な顔をした。それから無言の間が続き、ちっと舌打ちをしながら、本日もとある時空の監視者の名前を唸るように呟いた。…………ルークが始末書だけで済むことを祈るしかない。

「…………身体は辛くないか?」
「はい、大丈夫です!」

 深いため息を吐いた後、私を抱きなおしながら問うたバルドゥールに、ルークへのせめてもの手助けに食い気味かつ無駄に元気に返事をする。そうれば、それ以上バルドゥールは追及することはなかった。

 けれど結局、彼の膝から逃れることはできなかった。
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