監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

招かれざる客!?②

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 まさかの事態に、バルドゥールによく似ている………なんて現実逃避っぽいことを思ってみたけれど、そんな訳はない。それに彼が双子で、この世に二人いるという事実は、もっとお断りしたい。

 ───ガシャン。

 張り詰めた空気を引き裂くように、硬い何かが床に落ちた音が部屋に響いた。多分、ルークが手にしていたトレーを落としたのだろう。けれど、拾う気配はない。もっと言うなら、当の本人は、落としたということに気づいていないのかもしれない。

 拾いに行ったほうが良いだろうか。………いや、無理だ。なぜなら私もいっぱいいっぱいで、それどころじゃないからだ。

 どれくらいかというと、改札口の直前で買ったばかりの半年分の定期券を紛失したことに気づいたような焦りだ。

 やったことはないけれど、何の後ろ盾もなく一人暮らしをしていた私にとって、それは想像するだけでも絶望としでかしたことの重大さに身の毛がよだつこと。そして、その後の生活を想像したら、限界を超えた節約生活が脳裏に浮かぶ。.........洒落にならない程辛い、辛すぎる。

 と、そんな無意味な想像を巡らせている私の耳朶にこちらに近づいてくる足音だけが鮮明に響いてくる。

「アカリ、何時だと思っているんだ」

 不機嫌を隠すことがない声音に、この部屋に突如現れたのはバルドゥール本人であることは疑う余地はない。

 つまり…………初めての公認外出は、ここで強制終了となった。

 定期券は再び手続きをすれば新たに購入できるけれど、この公認外出という切符はそう簡単には手に入らない。『ああ……』という落胆などという言葉では言い表せない失望の代名詞のような言葉だけが胸の内でこだまする。

「バルドゥールさん…………あの…………」

 それでも無駄な努力と知りながら、咄嗟に言い訳をしようと口を開いた。けれど、どう誤魔化して良いのかわからず、結局うろたえてしまっただけだった。

 ちらりと横を向けば、バルドゥールの部下である栗色の髪の持ち主の眼は死んでいた。多分私の眼も死んだ魚のようになっているだろう。

 けれど、水を得た魚のように生き生きとした眼でいる人が一人だけいた。

「久しぶりだな、バル。元気そうで何よりっ」

 片手を上げてバルドゥールを迎えるアシュレイさんは、恐怖でおののく私とルークとは違い、真っ向から対立する気、満々の様子だ。やめて欲しい。

「赴任先より無事の帰還、何よりだ」

 そう言ってバルドゥールは片足を一歩後ろに引いて、片手を胸に当てる。多分、これは軍人同士の礼の取り方なのだろう。ちょっとカッコイイ。

 ちなみに軍人であるはずのルークは礼を取ることなく、呆然と立ち尽くしている。良いのかな?そんなことが一瞬頭の中でよぎったけれど、きっと彼も私と同様にそれどころじゃないのだろう。そっとしておくのは同類からくる優しさだ。

 そんなふうによそに意識を飛ばしていた私に、この部屋で唯一不機嫌な男は、更に機嫌を悪くして、唸るように口を開いた。

「アカリ、帰るぞ」
「はいっ」

 条件反射で、弾かれたように立ち上がろうとしたけれど、私のお腹にはぎゅっと暖かいものが巻き付いていて、立ち上がることができない。

「そう慌てるな、バル。お前もどうせ仕事を抜け出してきたんだろ?さぼりついでに茶でも飲んでいけ。まぁルークの淹れた茶だから、そんなに旨いもんでもないがな。ははっ」

 私を後ろから抱きしめながら、バルドゥールに向かって笑い飛ばすアシュレイさんに、心の中で本当にやめてと悲鳴を上げる。

 どうでも良いけれど、軽くディスられたルークの顔色は紙のように白かった。間違いなくこれも、私と同じ気持ちからくるものなのだろう。

「ありがたい話だが、申し訳ない、今日は辞退させてもらう」
「そうか?残念だな。じゃ、菓子でも食べていけ。お前、意外に甘党だっただろう?」
「疲労回復の為に、たしなむ程だ。それに今は腹は減っていない」
「そうか?これも残念だな」

 しょうもない会話をしながらも、バルドゥールは両手を伸ばして私の脇に手を入れて持ち上げようとする。けれど、アシュレイさんは私のお腹に回している腕に更に力を込めて、それを阻止しょうとしている。つまり、私は上下に引っ張られる形となって、ちょっと苦しかったりもする。

「おい、バル手を離せ。アカリが苦しそうだ」
「…………断る。そちら側が離すべきだ」
「ははっ。お前、今日は冗談が冴えてるな」
「あいにく冗談をいった覚えはない」

 そう言いながら二人とも手を緩める気配はない。

 救いの手を求めてルークを見れば、彼は心を無にしてあらぬ方向を見つめていた。裏切り者と罵りたいけれど、男の人は総じてプライドの高い生き物だ。彼だって一日に何度もリンさんの目の前で説教を受けるのは御免こうむりたいだろう。

 一縷の望みを掛け、無邪気な天使の異名を持つリンさんがここで一発、お得意の歌を披露してくれないかと期待する。が、彼女は気持ち良さそうに眠っていた。………だ、たよねー。

 と、なると、これ以上私がここに居れば更なる惨劇が引き起こされること間違いない。そもそも、私がしでかしてしまったという自負もある。今日はルークに代わって、私がバルドゥールの怒りを全部引き受けよう。でも、この借りはいつか返して欲しい。

「アシュレイさん、私、帰ります」
「えー」

 意を決して口を開いた私にアシュレイさんは不服そうな声をあげる。もう本当にお願いだから、これ以上バルドゥールを煽るのはやめて欲しい。そんな意味もこめて、首を捻って彼女を見上げれば、言葉とは裏腹ににやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。…………彼女は心の底から、この状況を楽しんでおられるようだ。

 そして、まだイジり足りないのか、バルドゥールに向かって『過保護だなぁ』と呆れた口調で言い放つ。いやもう本当に本当に、やめて欲しい。そして、とことんバルドゥールをいじくりまわすアシュレイさんに私の方が呆れてしまう。

「過保護で何が悪い?アシュレイ。悪いが、アカリを連れて帰る」

 アシュレイさんの挑発を開き直りという術で受け流したバルドゥールは、全然、ちっとも、まったくもって悪いとなど思っていない口調でそう言うと、ぴゅうと口笛を吹いたアシュレイさんの膝の上にいる私を軽々と持ち上げ、扉に向かい始めた。けれど、私はあっさり帰れない事情がある。

「バルドゥールさん、リンさんに挨拶してないので、降ろしてください」

 袖を軽く引っ張りながら、そう言えば、バルドゥールは溜息と共に私を降ろしてくれた。でも、目は早くしろと訴えている。

 ええ、もちろんそうしますとも。と心の中で言い返しながら私は、くうくうと安らかな寝息をたてる彼女の目の前にくると膝を折って帰りの挨拶をした。

「リンさん、結局今日も騒がしくして申し訳ありません。あの………また、明日来ます」

 下の句を強調した瞬間、刺さる視線を感じたけれど、気付かないふりをする。だって、これも目的の一つだったから。

 そして振り返って、何かに驚いたかのように目を丸くしているアシュレイさんに向かって声を掛けた。

「アシュレイさん、今日はありがとうございました。あと、ルークさんも」

 ついでと言った感じでルークを見たら、彼はぎこちない笑顔で頷いてくれた。けれど、その目は即刻帰ってくれと図々しく訴えている。何だか腹が立つ。そういうわけで、私はアシュレイさんに再び視線を移した。彼女ならきっと、今度こそ気付いてくれるだろう。

「アシュレイさん、また明日」
「ああアカリ、また明日」
「はい、また明日。ルークさんもまた明日」
「え?あぁ…………うん、あ、明日」

 無駄に明日を連呼しているのは、唯一この部屋でしかめっ面をしている人に向けての牽制。そして、そのことに気付かない彼ではない。でも、苦虫を嚙み潰したような表情でいるだけなのは、多勢に無勢という言葉を知っているからなのだろう。

 とはいえ、いつ形勢逆転するかわからないので、私は素早くバルドゥールの元へ戻り、帰ろうと袖を引く。そうすれば、あっさりと彼は私の背に手を置き、扉に手をかけた。けれど────。

「ルーク、今回は選ばしてやる。始末書か、懲罰房か、を」

 天気が持ち直した今、部屋は明るくなっていてる筈なのに、バルドゥールが声を発した途端、2割程部屋が暗くなった。
 
「ああ、それとも久しぶりに直接稽古をつけてやってもいいぞ」

 そう言ってバルドゥールが低く笑った瞬間、今度は部屋の温度が3度下がった。それから、ルークが口を開いたのはしばらく経ってからだった。

「…………し、始末書を………書かせていただきます」

 ルークが蚊の鳴くような声で、やけに丁寧な言葉で呟いた途端、鷹揚に頷くバルドゥールと、大爆笑するアシュレイさんがいた。ちなみに私は、先ほどのルークのように心を無にして、あらぬ方向に視線を泳がせた。

 さすがに前回みたいに紙一枚で済んでよかったですね、とは言えない。だって私自身、今、何かを喋れば全てが藪蛇になりそうだったから。
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