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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
招かれざる客!?①
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「アカリ、熱いから気を付けて」
「………はい」
差し出されたカップを条件反射で受け取ってしまったけれど、私はここでお茶を飲まないといけないのだろうか。ちなみにここというのは、アシュレイさんの膝の上。
アシュレイさんは私の涙が止まるまで抱きしめてくれていた。けれど、泣き止んだ途端、我に返った私は恥ずかしさのあまり身じろぎして逃げようとしてしまった。
でも、美麗な軍人さんは、そんな私を小動物のようにあっさりと捕獲して、結局、元のように私を抱えたまま椅子に腰掛けてしまったのだ。
余談だけれど、さんざん待たされたルークといえば、不機嫌になるどころか、お茶が温くなったと頭を下げて新しく煎れ直し、私のこの状態を目にしても、そういうものだという感じで何のコメントもしない。.........それがちょっと不気味だ。
「アシュレイさん、お話も終わったので、そろそろ降ろしてください」
「だーめー」
まるでルークのように語尾を伸ばしながら拒絶され、ほとほと困ってしまう。それに私は、呑気にお茶を飲んでいる場合じゃない。
まずは、このお茶を淹れてくれた人に私は伝えなければいけないことがあるのだ。
とはいえ、カップを持ったままでは失礼に当たるから、できればテーブルに置いてから口を開きたい。けれど、目測で届かないと判断して諦める。
一瞬、アシュレイさんに持っててもらおうかとも思ったけれど、これもまた失礼のような気がして、結局、両手でカップを持ったまま口を開くことにした。
「ルークさん、さっきは酷いことを言ってしまってごめんなさい」
謝ったのは私の方なのに、ルークはトレーを小脇に抱えたまま、くしゃりと顔を歪めて叱られた子供のような顔をした。
そんな泣きそうな顔をされては、ついさっき彼に向けた言葉がどれほど酷いものだったかを思い知らされる。そして、申し訳なさで俯けば、カップに注がれたお茶の水面にルークと同じ表情を浮かべる自分が写る。
「.........どうしてアカリが謝るの?謝るのは、僕の方なのに......」
揺らめく自分の顔を見つめていた私だったけれど、すぐに顔をあげる。そして、しゅんと肩を落としたルークに向かって、私は小さく首を横に振った。
そうすれば、彼はすぐに何か言おうと口を開く。けれど、言葉が見つからないのだろう。唇を震わせて、途方に暮れた表情になっている。トレーを持つ指先は白く、唇と同じように震えていた。
そんな彼に向かって、私はつとめて明るい口調で言葉をかけた。
「ルークさん、私、明日も、明後日もリンさんに会いに来ます。駄目って言っても、リンさんが目を覚ますまでずっと通いますからね」
ルークの過去を聞いて、幸せだったであろうかつての二人のことを聞いて、私の知識は増えたはずなのに、ぱっとこの状況を打破できる名案は当然ながら浮かんではこない。
でも、八方塞がりで、手立てがないと諦めるつもりはない。思いつくまま、私ができることを探してそれを実践していく。
それは傍から見たら意味の無いことを繰り返すだけかもしれない。けれど、続けた先の結果が無意味に終わることはないと信じている。
「一緒におかえりって言いましょう、ルークさん」
だからお願い。独りでそんなに抱え込まないで。アシュレイさんが私の見方だと言ってくれたように、私もルークの見方だ。もちろんリンさんに対してもそう思っている。
二人の見方でいようと思う私は、矛盾しているかもしれないけれど、それはリンさんが目を覚ました時に考えよう。
ただ.........こうやれば絶対に大丈夫という方法なんて、今のところ見つからない。
でも、バルドゥールが自分の意志で私の部屋の鍵を開けてくれたように、今度は私が自分の意志でルークの前を進んでいく。並んで歩けるときもあるだろう。そして、ルークが躓いてしまうこともきっとある。そんな時でも、私は立ち止まったりはしない。きっとルークは私の足跡を追って、追い付いてくれると信じて歩き続ける。
その結果、誰かが笑顔になれれば嬉しい。そうやって、繋いでいければもっともっと嬉しい。
「.........アカリ、ありがとう」
私の拙い言葉で、ほっと心の底から安堵の表情を浮かべてくれたこの人を見て、私も心から嬉しいと思う。
縁とは不思議なものだ。
最低最悪の出会いかたをしたというのに、今は同じ目標を持ち共に日々を過ごそうとしているなんて。心から憎いと思った人が、いつしか大切だと思う人になり、そしてその人の役に立ちたい。力になりたいと思うなんて。
枕を投げ付けて、出ていけ、二度と顔を見せるなと思った相手が、不完全な私の心にそんな人間くさいことを思える部分が確かにあることをはっきりとわからせてくれるなんて。
そのことを気付かせてくれたルークに心から感謝の念を抱く。
でも、やっぱりその全てを言葉にするのは照れ臭くて、私はついつい憎まれ口のようなものを叩いてしまった。
「でも、覚悟しておいたほうが良いですよ。きっとリンさんは意識を取り戻したら、ルークさんに殴りかかると思いますから」
軽く睨んでそう言えば、ルークは怒りの表情を見せるどころか、とろけるような笑みを浮かべた。
「ああ、それは待ち遠しいね」
あ........そこは【だよねー】じゃないんだ。
ちょっとだけ期待を裏切られたような、肩透かしを喰らったような気持ちになってしまう。
ちらっとアシュレイさんを伺い見れば、彼女は呆れ果てた苦笑を浮かべていた。つられるように私も声に出して笑ってしまった。
そして自然な流れでアシュレイさんと顔を見合わせば、まぁ茶でも飲めと目で促されてしまった。異論はないので素直にそれに従う。
けれど、カップに唇を付けた瞬間、私は大事なことに気付いてしまった。
「あの………今って何時ですか?」
恐る恐る問いかけた私に、ルークはすぐに察してくれてあっと声を上げた。でもアシュレイさんは、はて?と軽く首を捻りながら口を開いた。
「時計がないからわからないが、多分昼前だろうな。ああ、アカリお腹が空いたのか?」
「ちっ違います」
何とか手を伸ばしてテーブルにカップを置くと、私はアシュレイさんの膝の上でもがきながら声を張り上げた。
「私、帰りますっ」
「藪から棒にどうした?ルークの淹れた茶が気に入らなかったのか?」
「違います。私、バルドゥールさんからここに居るのは1時間だけっていう約束で外出の許可を貰っていたんです」
最後にどうしようと切羽詰まった声を上げた私とは対照的に、アシュレイさんは恐ろしいまでに落ち着いていた。
「ああ、そういうことか。なら、帰る必要はないぞ、アカリ」
「え?」
アシュレイさんの言葉の意味がわからず瞬きを繰り返す私に、彼女はさらっとこう言った。
「どうやら、お迎えが来たようだ」
アシュレイさんがそう言った途端、ガチャりと扉が開く音がした。次いでカツンと部屋に響いた靴音だけで、それが誰なのかわかってしまう。
───ヤバイ。
そのたった一言を胸の中で呟きながら、恐る恐るそこに視線を向ければ、予想通り、朱色の髪の軍人が立っていた。
「………はい」
差し出されたカップを条件反射で受け取ってしまったけれど、私はここでお茶を飲まないといけないのだろうか。ちなみにここというのは、アシュレイさんの膝の上。
アシュレイさんは私の涙が止まるまで抱きしめてくれていた。けれど、泣き止んだ途端、我に返った私は恥ずかしさのあまり身じろぎして逃げようとしてしまった。
でも、美麗な軍人さんは、そんな私を小動物のようにあっさりと捕獲して、結局、元のように私を抱えたまま椅子に腰掛けてしまったのだ。
余談だけれど、さんざん待たされたルークといえば、不機嫌になるどころか、お茶が温くなったと頭を下げて新しく煎れ直し、私のこの状態を目にしても、そういうものだという感じで何のコメントもしない。.........それがちょっと不気味だ。
「アシュレイさん、お話も終わったので、そろそろ降ろしてください」
「だーめー」
まるでルークのように語尾を伸ばしながら拒絶され、ほとほと困ってしまう。それに私は、呑気にお茶を飲んでいる場合じゃない。
まずは、このお茶を淹れてくれた人に私は伝えなければいけないことがあるのだ。
とはいえ、カップを持ったままでは失礼に当たるから、できればテーブルに置いてから口を開きたい。けれど、目測で届かないと判断して諦める。
一瞬、アシュレイさんに持っててもらおうかとも思ったけれど、これもまた失礼のような気がして、結局、両手でカップを持ったまま口を開くことにした。
「ルークさん、さっきは酷いことを言ってしまってごめんなさい」
謝ったのは私の方なのに、ルークはトレーを小脇に抱えたまま、くしゃりと顔を歪めて叱られた子供のような顔をした。
そんな泣きそうな顔をされては、ついさっき彼に向けた言葉がどれほど酷いものだったかを思い知らされる。そして、申し訳なさで俯けば、カップに注がれたお茶の水面にルークと同じ表情を浮かべる自分が写る。
「.........どうしてアカリが謝るの?謝るのは、僕の方なのに......」
揺らめく自分の顔を見つめていた私だったけれど、すぐに顔をあげる。そして、しゅんと肩を落としたルークに向かって、私は小さく首を横に振った。
そうすれば、彼はすぐに何か言おうと口を開く。けれど、言葉が見つからないのだろう。唇を震わせて、途方に暮れた表情になっている。トレーを持つ指先は白く、唇と同じように震えていた。
そんな彼に向かって、私はつとめて明るい口調で言葉をかけた。
「ルークさん、私、明日も、明後日もリンさんに会いに来ます。駄目って言っても、リンさんが目を覚ますまでずっと通いますからね」
ルークの過去を聞いて、幸せだったであろうかつての二人のことを聞いて、私の知識は増えたはずなのに、ぱっとこの状況を打破できる名案は当然ながら浮かんではこない。
でも、八方塞がりで、手立てがないと諦めるつもりはない。思いつくまま、私ができることを探してそれを実践していく。
それは傍から見たら意味の無いことを繰り返すだけかもしれない。けれど、続けた先の結果が無意味に終わることはないと信じている。
「一緒におかえりって言いましょう、ルークさん」
だからお願い。独りでそんなに抱え込まないで。アシュレイさんが私の見方だと言ってくれたように、私もルークの見方だ。もちろんリンさんに対してもそう思っている。
二人の見方でいようと思う私は、矛盾しているかもしれないけれど、それはリンさんが目を覚ました時に考えよう。
ただ.........こうやれば絶対に大丈夫という方法なんて、今のところ見つからない。
でも、バルドゥールが自分の意志で私の部屋の鍵を開けてくれたように、今度は私が自分の意志でルークの前を進んでいく。並んで歩けるときもあるだろう。そして、ルークが躓いてしまうこともきっとある。そんな時でも、私は立ち止まったりはしない。きっとルークは私の足跡を追って、追い付いてくれると信じて歩き続ける。
その結果、誰かが笑顔になれれば嬉しい。そうやって、繋いでいければもっともっと嬉しい。
「.........アカリ、ありがとう」
私の拙い言葉で、ほっと心の底から安堵の表情を浮かべてくれたこの人を見て、私も心から嬉しいと思う。
縁とは不思議なものだ。
最低最悪の出会いかたをしたというのに、今は同じ目標を持ち共に日々を過ごそうとしているなんて。心から憎いと思った人が、いつしか大切だと思う人になり、そしてその人の役に立ちたい。力になりたいと思うなんて。
枕を投げ付けて、出ていけ、二度と顔を見せるなと思った相手が、不完全な私の心にそんな人間くさいことを思える部分が確かにあることをはっきりとわからせてくれるなんて。
そのことを気付かせてくれたルークに心から感謝の念を抱く。
でも、やっぱりその全てを言葉にするのは照れ臭くて、私はついつい憎まれ口のようなものを叩いてしまった。
「でも、覚悟しておいたほうが良いですよ。きっとリンさんは意識を取り戻したら、ルークさんに殴りかかると思いますから」
軽く睨んでそう言えば、ルークは怒りの表情を見せるどころか、とろけるような笑みを浮かべた。
「ああ、それは待ち遠しいね」
あ........そこは【だよねー】じゃないんだ。
ちょっとだけ期待を裏切られたような、肩透かしを喰らったような気持ちになってしまう。
ちらっとアシュレイさんを伺い見れば、彼女は呆れ果てた苦笑を浮かべていた。つられるように私も声に出して笑ってしまった。
そして自然な流れでアシュレイさんと顔を見合わせば、まぁ茶でも飲めと目で促されてしまった。異論はないので素直にそれに従う。
けれど、カップに唇を付けた瞬間、私は大事なことに気付いてしまった。
「あの………今って何時ですか?」
恐る恐る問いかけた私に、ルークはすぐに察してくれてあっと声を上げた。でもアシュレイさんは、はて?と軽く首を捻りながら口を開いた。
「時計がないからわからないが、多分昼前だろうな。ああ、アカリお腹が空いたのか?」
「ちっ違います」
何とか手を伸ばしてテーブルにカップを置くと、私はアシュレイさんの膝の上でもがきながら声を張り上げた。
「私、帰りますっ」
「藪から棒にどうした?ルークの淹れた茶が気に入らなかったのか?」
「違います。私、バルドゥールさんからここに居るのは1時間だけっていう約束で外出の許可を貰っていたんです」
最後にどうしようと切羽詰まった声を上げた私とは対照的に、アシュレイさんは恐ろしいまでに落ち着いていた。
「ああ、そういうことか。なら、帰る必要はないぞ、アカリ」
「え?」
アシュレイさんの言葉の意味がわからず瞬きを繰り返す私に、彼女はさらっとこう言った。
「どうやら、お迎えが来たようだ」
アシュレイさんがそう言った途端、ガチャりと扉が開く音がした。次いでカツンと部屋に響いた靴音だけで、それが誰なのかわかってしまう。
───ヤバイ。
そのたった一言を胸の中で呟きながら、恐る恐るそこに視線を向ければ、予想通り、朱色の髪の軍人が立っていた。
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