監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

言葉は言霊④

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 大輪の花のように艶やかな大人の女性の表情に変わったたアシュレイさんは、魅惑的な笑みを浮かべ視線を私に向けた。

「バルドゥールもルーク程じゃないが、相当、愛情深い奴だ。しかもアカリは、こんなにも可愛い。ふふっ、きっとアカリの前じゃ格好付けて大人ぶってるかも知れないが、今頃、きっと心配で心配でヤキモキしてると思うぞ。───.........ん?何だ、アカリ。そんなことないって顔をしているな?ははっ。ま、次に抱かれる時に、わかるさ。アイツは口で言うより、身体で訴えるタイプだからな」 

 アシュレイさんの形の良い唇が紡いだ男女の色恋を匂わす言葉に、急に彼女の膝の上に居るのが辛くなる。そして私の髪を弄びながらくすくすと笑うアシュレイさんとは反対に、私は否が応でも卑屈なことを考えてしまう。

 アシュレイさんは同性として、バルドゥールに抱かれて生きている私をどう思っているのだろうかと。身持ちの悪い女だと思っているだろうか。

 こんな表現はしたくないけれど、私とバルドゥールは、身体から始まった関係なのだ。自ら望んだ事ではないとはいえ、傍から見たら私は娼婦のように見えてしまうのかもしれない。そしてもしそうだとしたら、不潔だと思われても仕方がない。

 .........こんなふうに思ってしまうのは被害妄想だというのはわかっている。わかっているけれど、やっぱり直接聞く勇気はない。

 それにこんな、聞くに聞けない胸にもやもやとしたものを抱えているから、私は未だにリリーやフィーネと一線を引いてしまっている。

「…………アシュレイさんは、私をこと気持ち悪いって思わないんですね」

 この言葉に、深い意味はなかった。

 ただ本当にポロリと胸の内から零れてしまっただけ。けれど、私を膝に載せていたその人の身体はびっくりするほど硬くなった。

「アカリ、二度とそんなことを言うな」

 今まで聞いたことのないアシュレイさんの厳しい口調に、息を吞む。間違いなく、今の私の発言で気を悪くしてしまったようだ。

 狼狽して言葉を失った私を抱えたまま立ち上がったアシュレイさんは、一旦、私を床に降ろした。そして、きつい表情で私を見つめた。
 
 その射抜くような眼差しに身を強張らせた私の手を強引に取ったアシュレイさんは、そのまま膝を付いた。

「私はね、同じ女性として君たちの選択を心から尊敬している」

 引っ込めようとした手に更に力が加わるけれど、その口調は、一変して柔らかいものになった。そして私を見つめる眼差しには、強い意志が込められていた。

「辛い選択だっただろう。沢山の選択肢があったわけじゃなく、それしか選ぶことができなかったんだ。選んでも選ばなくても、どちらも身を削るような痛みを伴うものだったのだろう。なのにアカリ、君はこの世界から背を向けず、この地に留まることを選んでくれた。誰もが真似できるものじゃない。とても勇気ある行動だ」

 まるで賞状渡す時のように抑揚に注意しながら、一節ずつ区切りながら話す口調に私は言葉を挟むことができない。

「何も恥じることは無い。私は、そんな勇気ある選択をした人に対しての侮辱はどんな人間であっても、許さない。もし仮に世界中の人間に非難されることがあっても、私はアカリの見方だ。アカリが望めば強靭な剣にもなるし盾にもなる。いや、望まなくても、私が勝手に剣にも盾にもなる。ははっ」

 最後は笑い飛ばして締めくくったアシュレイさんは、とても綺麗だった。その姿も、紡ぐ言葉も。

 以前、同じ言葉をバルドゥールからもらったことがある。あれは、やり直しを初めた晩だった。その時は、とても驚いた。でも彼の決意を受け止めただけだけで、私の心はそれほど動かなかった。

 でも今は、違う。この言葉の意味は、同じ女性がこの世界で生きる私を肯定してくれたということ。その事実がじわじわと胸に広がり熱くなる。

 気付いたら私もアシュレイさんと同じように、膝を付いていた。そして、空いている反対の手で彼女の手を握り、そのままこつんと額に当てた。

 アシュレイさんに何か言葉をかけたい。でも、鼻の奥がツーンと痛み、目の縁から涙が染み出てきて、心の中はぐちゃぐちゃでいっぱいいっぱいで嗚咽を堪えるのが精一杯だった。

「.........アカリ、許されるなら、どうか私も君にとって大切だと思う人の一人に加えて欲しい」 

 望むことすらおこがましいと思っていた幸甚な言葉が耳朶に響く。

 頑なだった心がすっと溶けるような優しい声音。一つ一つの言葉を選んで、綺麗にラッピングするように紡がれた言葉。美しい人が紡ぐ、美しい言葉。

 それが私に向かって注がれていることに、胸の奥がじんと暖かくなる。そしてこの美しいものの名を元の世界ではこう呼んでいた。

「アシュレイさんの言葉は、まるで言霊のようですね」
「ことだま?」

 初めて耳にする言葉なのだろう。アシュレイさんは小首を傾げて問うてきた。

「言葉に宿る魂………というか、力のようなものです。私の元の世界では、言語の力によって、幸福がもたらされている国でした」

 アシュレイさんは初めて耳にしたようで、目を丸くして、ほぅと言ったまま固まってしまった。

 そして、しばらくの間の後、吐息混じりにこう言った。

「そうか。それは…………素晴らしい国だな」

 いつの間にか雲は流れ、晴天に変わっていた。窓から差し込んだ陽の光が反射して、アシュレイさんの藍色の瞳はまるでキラキラと輝く宝石のようだった。 

「アシュレイさん、私、あなたに会えてとても嬉しいです」

 私の為に私のことを叱ってくれた彼女に出会えて本当に嬉しい。

 そう言って込み上げてくるものを押さえる為に、目を瞑ろうとすれば、その前に私の視界は優しい闇に包まれた。 

 全然怖くない暗闇の中、トクン、トクンと規則正しい鼓動が聞こえる。そんな音に混ざって、さっきから控えめなノックが聞こえている。多分、ルークがお茶を用意して扉の前に立っているのだろう。

 一枚のドアを隔てて、お茶一式用意したトレーを手に直立不動で佇むルークを想像したら、ちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。けれど───。

 ごめんなさい、ルーク。

 泣き顔を見られたくない私は、もう少しだけと言い訳をして、アシュレイさんと同じようにノックの音に気付かないふりをした。
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