監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

文字の大きさ
65 / 133
◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

心配性のあなたが選ぶこと

しおりを挟む
 唇を離した後の一呼吸が永遠に思えるほど長かった。

 そして呆然としたままの私は頭の片隅で、アシュレイさんの言葉を不意に思い出す。バルドゥールは、口で言うより身体で訴えるタイプだと。

 …………つまり、今の口付けは『頑張れ』と言ってくれたということなのだろうか。それとも何か別の意味があったのだろうか。それはどんな意味なのだろうか。

 初めて受けたこの口づけをどこのカテゴリに分類していいのかわからず、瞬きを繰り返すことしかできない私に、バルドゥールは柔らかく目を細めて口を開いた。

「アカリ、風が冷たくなって来た。そろそろ帰ろう」

 低く柔らかい声は、動揺など感じさせない落ち着いたものだった。

 そして数拍遅れて気付く。もし仮にアシュレイさんの言葉が本当で、バルドゥールは言葉にせずに頑張れと伝えてくれたのなら、今、私はそわそわと落ち着かない気持ちでいるのはおかしいと。だから、首まで赤くなった顔は、恥かしすぎて彼に見られたくはない。

「そ、そうですね。帰りましょう。カイナさんもきっと心配していると思います────…………あれ?」

 声が上ずらないように気を付けつつ、バルドゥールより先に馬車に乗り込もうと身体を反転させた途端、私の視界は急に下降した。

「アカリ!?」 

 転びそうになった私はバルドゥールの片腕に抱えられ、胸に収められた。

 転倒を免れてほっとしたのも束の間、かくんと膝から抜け落ちた感覚が、自分の身体じゃないような気がしてとても気持ち悪かった。縋るように手を伸ばせば、バルドゥールは空いてる手で私の手を握ってくれた。

「息はできるのか?どこか痛むところはあるか?」
 
 切羽詰まった声に、無言で首を横に振ることしかできない。

 息苦しくもないし、どこも痛くない。けれど、指先とつま先がまるで氷水に浸したかのように冷たくなっていた。そんな私の手を更に強く握りしめて、バルドゥールは低い声で言った。

「とにかく馬車に戻ろう」

 私を横抱きにして、そう言い終えぬ間に、バタンと馬車の扉が閉まる音が聞こえた。どれだけの歩幅で馬車に向かったのだろう。規格外の歩幅に、ちょっと驚いた。けれど、ぎゅっと私の手を掴んでいるバルドゥールの手が小刻みに震えていることのほうが、もっと驚いた。

 足に力が入らないことと、異常に身体が冷たいこと以外は、別段不調はない。だから、バルドゥールが馬車の窓から御者に指示を出す声も聞こえるし、さっきより馬車の速度が上がったこともわかる。

 つまり、ちょっと不測の事態に驚いただけで、よくよく考えたら私の体調はそんなには悪くない…………と思っていたけれど、バルドゥールの口から放たれた言葉でそうではないことを知った。
 
「アカリ、お前を不安にさせたくないから言わなかったが、お前は自分が思っているより弱い生き物だんだ。まして、走り回るなんて言語道断だ。侍女たちがずっとお前のそばから離れないのは、監視じゃなく、いつ倒れてもおかしくないから側に居るんだ。…………なのに、アイツは…………まったくあれほど気を付けろと言ったはずなのに。ったく」
「…………そ、そうだったんですか」

 最後は舌打ちで締めくくったバルドゥールに、自分の背中から冷たいものが流れるのがわかった。

 今日はルークの代わりにバルドゥールの怒りを全部受け止めようと思ったけれど、それどころか、私はどうやら今の一件で彼の怒りを助長させてしまった事を知る。

 やることなすこと全てが裏目に出てしまったことに、本当にごめんなさいとルークに謝りつつも、バルドゥールの言葉にひっかかりを覚えてしまう。

 なぜならカイナは、侍女を伴って行動するのは、この世界でのそこそこ身分のある女性の常識だということを私に言っていた。でも、真相は違っていたわけで、ひねくれた感情でいうなら、お屋敷ぐるみで隠ぺいしていたということになる。

 でも、そんなふうに思いたくはないので、できればちゃんと伝えて欲しかったし、何より自分の身体の事を自分が知らずにいたことは、ちょっと納得できないので、隠さないでいてほしかった。

 という不満を口にするかどうか迷っていたら、バルドゥールは鬼気迫る表情で私に顔を近づけた。

「だから、これからは激しい運動は控えて欲しい」
「…………ぜ、善処します」

 確約はできない。

 なにせ過去の経験から似た者同士の私とルークがつるんだら、ロクなことにならないということは間違いない。そして、また絶対に何かをやらかしてしまう未来が容易に想像ができてしまう。

 そんなふうにあやふやな返事をして目を泳がす私に、バルドゥールはぎゅっと私を抱く腕に力を籠めて囁いた。

「あの時…………お前が俺の前から消えてしまうと思い、本当に恐ろしかった」

 あの時がどの時だったのかは聞かなくてもわかる。粗末な小屋で私の頬に落ちた暖かいものは、間違いなく彼の涙だったのだろう。その時と同じ切なげなバルドゥールの声に、胸が痛くなると同時に、身体が熱くなる。こんな時にどうしてなのだろう。

「アカリ、頼む。約束をしてくれ」

 そんなふうによそのことで戸惑う私に、バルドゥールは握りしめていた手を持ち上げると、指先に唇を当てた。

「約束をもらえないなら、心配でたまらない俺は、今すぐお前を、抱くことにするぞ」
「はい!?」

 目を剥いて叫んだ私とは対照的に、バルドゥールの表情は真剣だった。思わずちょっと待ってと、彼の胸に手を当てる。

「え…………今、ここで…………ですか?」
「いや、さすがに馬車の中では無理だ」

 ですよね。

 どうやら、バルドゥールは大袈裟に言っただけのようで、途端に肩の力が抜ける。でも、それは一瞬で、次の彼の言葉で再び私はピキッと固まってしまった。

「こんなところで雑に抱きたくない」
「............!?」

 今のは聞かなかったことにする。

 それにしてもバルドゥールは、こう何ていうか、さらりと身体が火照るようなことを言うのだろう。自覚が無いのにも程がある。思わずジト目で睨めば、バルドゥールは子供を言い聞かせる大人の表情になった。

「アカリ、明日もリンに会いたいのだろう?」
「はい」

 淡々と問われて思わず即答すれば、バルドゥールは表情を変え、私の顎を優しく掴んだ。見つめるその金色の瞳は熱を孕んでいた。

「なら、これは大人しく受け入れろ」
「…………はい────………んんっ、はぁ」

 頷いた瞬間、バルドゥールの唇が重なり、熱い舌が口内へと割って入って来た。
しおりを挟む
感想 114

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

放蕩な血

イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。 だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。 冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。 その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。 「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」 過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。 光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。 ⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...