監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

文字の大きさ
81 / 133
◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

あなたからの贈り物①

しおりを挟む
 バルドゥールの胸の中で意識を手放した私が再び目を開けたのは、それから少し経ってからだった。

 馴染みのある物音のどれか一つを拾って、ぼんやりと目を開ければ、先ほどより灯りが落ちた部屋で、テーブルに着いているバルドゥールがいた。

 彼は私が目を覚ましたことに気付いていないのだろう。テーブルの上に置かれた小さな箱を開け、じっと中を見つめていた。その姿も箱も見覚えがあるものだった。

 私が彼の元から逃げ出して、粗末な小屋で無理矢理抱かれた翌朝の状況と、とてもよく似ていた。瓜二つと言って良いほどに。

 でも、あの時は私はバルドゥールの気持ちが見えなくて、でもそのことがとても重要な気がして、私は彼の姿を一心に見つめることしかできなかった。

 振り返ってみても、これはまだ昔話にするには早すぎる過去のこと。でも、遥か昔のことのように感じてしまう。それはきっと、私とバルドゥールの関係が大幅に変わったせいなのだろう。もちろん、良い意味で。

 今、状況は同じなのに浮かべるバルドゥールの表情はとても穏やかなものだった。箱の中身はわからない。でも、同じものを見て、こんなにも違う表情を浮かべることができているのなら、ルークの言う通り、バルドゥールを取り巻く環境はとても優しいものに変わったのだろう。

 誰が彼をそんなふうに変えたのだろう。そんなことを一瞬考えたけれど、それは違うと即座に否定する。きっとバルドゥールを変えることができたのは、他の誰でもない彼自身の意志によってのものだ。

 と、そんなとりとめもないことをつらつらと考えていたら───。

「起こしてしまったか?」

 物音を立てたつもりはないけれど、バルドゥールは私の視線に気づいて静かに立ち上がった。

 私はというと、申し訳なさそうにこちらに足を向けるバルドゥールにベッドに横たわったまま、小さく首を振る。

「すまない。さっきは…………俺としたことが…………」
 
 そこまで言って言葉を濁すバルドゥールは、本当に本当に申し訳なさそうに肩を落としていた。

 ついさっき、あんなに激しく私を抱いたというのに。その変わりように、色んな感情が溢れてくるけれど、最終的になんだか可笑しくなって私は口を綻ばせてしまう。でも、良いも悪いも言わない。だってそれを口にするのは恥ずかしすぎるから。

 そんな気持ちでもぞもぞと掛布を鼻まで引っ張り上げれば、バルドゥールもつられるように笑みを浮かべてくれた。でも、次に吐いた言葉は私を身悶えさせるものだった。

「身体を拭いておいた。それに、今日はシーツもその………だいぶ汚してしまったから替えておいた。だから安心して休んでくれ」

 休めるわけがないし、どこをどう安心していいのかもわからない。

 そして、そんな経緯があったのに、まったく気付かなかった自分に、悲鳴を上げたくなる。あと、シーツを替えたと言っていたけれど、どうやって!?と問い詰めたくなる。いや、そんなこと聞くべきじゃないし、想像だってしてはいけないこと。

 そんなことを考える私は今、どんな顔をしているのだろう。青ざめているのか、赤面しているのか、まったくわからない。そんなオタオタとする私を残してバルドゥールは一旦、テーブルに戻ると銅製のカップを手にして戻ってきた。

「飲めるか?」

 そう言いながらバルドゥールは片腕で器用に私を起き上がらせる。次いで、私の口元にカップを運んでくれる。その中身は馴染みのある果実の香りがした。

「これ、バルドゥールさんが?」

 両手でコップを受け取って、口をつける前にそう問いかければ、彼はちょっと決まり悪そうな笑みを浮かべた。

「ああ。果実を絞るなど初めてだったから、上手くできたかはわからない。アカリの口に合えば良いが………」

 慣れない手つきで果実を絞るバルドゥールを想像したら、とても可笑しかった。でも、バルドゥールはこの屋敷の旦那様だ。私の為にこんなことをする必要などない立場の人なのに。

「お手を煩わせてしまって、ごめんなさ───」
「そんなことは良い。さ、飲んでくれ」

 私の謝罪をあっさりと遮って、バルドゥールは手を伸ばしてコップを少し傾けた。

「…………とても美味しいです」

 果実の名前は憶えていないけれど、これを飲むときは普段は果実の破片など入っていない。でも、果肉入りの飲み物は元の世界でも飲んだことがあるので、これはこれでとても美味しい。というか、個人的にはこちらのほうが好きだ。

「そうか。良かった」

 思いの外私は喉が渇いていたようで、バルドゥールの握力に感謝をしながら、それを一気に飲み干せば、彼はほっとした様子で笑みをうかべた。それから自然の流れで私の手からコップを取り上げ、テーブルに置く。次いで、化粧箱を手にして戻ってきた。

「さっきの折り紙のお礼だ」

 その言葉で、テーブルに視線を向ける。そこに散乱していた折り紙は、一つだけ消えていた。それは彼が手に取った百合の折り紙だった。受け取って貰えたのは、素直にうれしい。けれど───。

「お礼なんて要らないです」

 日頃の感謝の気持ちで、どうぞと言ったのだ。なのにお礼を貰ってしまってはキリがないし、何より私はもうお礼の品が思い浮かばない。

 だから、とんでもないと首を横に振る私に、バルドゥールは頷くことはせず、表情を引き締めた。

「それは困る。どうしてもお前に受け取って欲しい」

 きつい言い方ではなかったけれど、きっぱりと言い切ったバルドゥールは手にしていた化粧箱の蓋を開けた。

 そこには中央に水色の宝石が埋め込まれている、とても綺麗なチョーカーが納められていた。
しおりを挟む
感想 114

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

放蕩な血

イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。 だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。 冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。 その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。 「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」 過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。 光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。 ⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...