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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
あなたからの贈り物①
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バルドゥールの胸の中で意識を手放した私が再び目を開けたのは、それから少し経ってからだった。
馴染みのある物音のどれか一つを拾って、ぼんやりと目を開ければ、先ほどより灯りが落ちた部屋で、テーブルに着いているバルドゥールがいた。
彼は私が目を覚ましたことに気付いていないのだろう。テーブルの上に置かれた小さな箱を開け、じっと中を見つめていた。その姿も箱も見覚えがあるものだった。
私が彼の元から逃げ出して、粗末な小屋で無理矢理抱かれた翌朝の状況と、とてもよく似ていた。瓜二つと言って良いほどに。
でも、あの時は私はバルドゥールの気持ちが見えなくて、でもそのことがとても重要な気がして、私は彼の姿を一心に見つめることしかできなかった。
振り返ってみても、これはまだ昔話にするには早すぎる過去のこと。でも、遥か昔のことのように感じてしまう。それはきっと、私とバルドゥールの関係が大幅に変わったせいなのだろう。もちろん、良い意味で。
今、状況は同じなのに浮かべるバルドゥールの表情はとても穏やかなものだった。箱の中身はわからない。でも、同じものを見て、こんなにも違う表情を浮かべることができているのなら、ルークの言う通り、バルドゥールを取り巻く環境はとても優しいものに変わったのだろう。
誰が彼をそんなふうに変えたのだろう。そんなことを一瞬考えたけれど、それは違うと即座に否定する。きっとバルドゥールを変えることができたのは、他の誰でもない彼自身の意志によってのものだ。
と、そんなとりとめもないことをつらつらと考えていたら───。
「起こしてしまったか?」
物音を立てたつもりはないけれど、バルドゥールは私の視線に気づいて静かに立ち上がった。
私はというと、申し訳なさそうにこちらに足を向けるバルドゥールにベッドに横たわったまま、小さく首を振る。
「すまない。さっきは…………俺としたことが…………」
そこまで言って言葉を濁すバルドゥールは、本当に本当に申し訳なさそうに肩を落としていた。
ついさっき、あんなに激しく私を抱いたというのに。その変わりように、色んな感情が溢れてくるけれど、最終的になんだか可笑しくなって私は口を綻ばせてしまう。でも、良いも悪いも言わない。だってそれを口にするのは恥ずかしすぎるから。
そんな気持ちでもぞもぞと掛布を鼻まで引っ張り上げれば、バルドゥールもつられるように笑みを浮かべてくれた。でも、次に吐いた言葉は私を身悶えさせるものだった。
「身体を拭いておいた。それに、今日はシーツもその………だいぶ汚してしまったから替えておいた。だから安心して休んでくれ」
休めるわけがないし、どこをどう安心していいのかもわからない。
そして、そんな経緯があったのに、まったく気付かなかった自分に、悲鳴を上げたくなる。あと、シーツを替えたと言っていたけれど、どうやって!?と問い詰めたくなる。いや、そんなこと聞くべきじゃないし、想像だってしてはいけないこと。
そんなことを考える私は今、どんな顔をしているのだろう。青ざめているのか、赤面しているのか、まったくわからない。そんなオタオタとする私を残してバルドゥールは一旦、テーブルに戻ると銅製のカップを手にして戻ってきた。
「飲めるか?」
そう言いながらバルドゥールは片腕で器用に私を起き上がらせる。次いで、私の口元にカップを運んでくれる。その中身は馴染みのある果実の香りがした。
「これ、バルドゥールさんが?」
両手でコップを受け取って、口をつける前にそう問いかければ、彼はちょっと決まり悪そうな笑みを浮かべた。
「ああ。果実を絞るなど初めてだったから、上手くできたかはわからない。アカリの口に合えば良いが………」
慣れない手つきで果実を絞るバルドゥールを想像したら、とても可笑しかった。でも、バルドゥールはこの屋敷の旦那様だ。私の為にこんなことをする必要などない立場の人なのに。
「お手を煩わせてしまって、ごめんなさ───」
「そんなことは良い。さ、飲んでくれ」
私の謝罪をあっさりと遮って、バルドゥールは手を伸ばしてコップを少し傾けた。
「…………とても美味しいです」
果実の名前は憶えていないけれど、これを飲むときは普段は果実の破片など入っていない。でも、果肉入りの飲み物は元の世界でも飲んだことがあるので、これはこれでとても美味しい。というか、個人的にはこちらのほうが好きだ。
「そうか。良かった」
思いの外私は喉が渇いていたようで、バルドゥールの握力に感謝をしながら、それを一気に飲み干せば、彼はほっとした様子で笑みをうかべた。それから自然の流れで私の手からコップを取り上げ、テーブルに置く。次いで、化粧箱を手にして戻ってきた。
「さっきの折り紙のお礼だ」
その言葉で、テーブルに視線を向ける。そこに散乱していた折り紙は、一つだけ消えていた。それは彼が手に取った百合の折り紙だった。受け取って貰えたのは、素直にうれしい。けれど───。
「お礼なんて要らないです」
日頃の感謝の気持ちで、どうぞと言ったのだ。なのにお礼を貰ってしまってはキリがないし、何より私はもうお礼の品が思い浮かばない。
だから、とんでもないと首を横に振る私に、バルドゥールは頷くことはせず、表情を引き締めた。
「それは困る。どうしてもお前に受け取って欲しい」
きつい言い方ではなかったけれど、きっぱりと言い切ったバルドゥールは手にしていた化粧箱の蓋を開けた。
そこには中央に水色の宝石が埋め込まれている、とても綺麗なチョーカーが納められていた。
馴染みのある物音のどれか一つを拾って、ぼんやりと目を開ければ、先ほどより灯りが落ちた部屋で、テーブルに着いているバルドゥールがいた。
彼は私が目を覚ましたことに気付いていないのだろう。テーブルの上に置かれた小さな箱を開け、じっと中を見つめていた。その姿も箱も見覚えがあるものだった。
私が彼の元から逃げ出して、粗末な小屋で無理矢理抱かれた翌朝の状況と、とてもよく似ていた。瓜二つと言って良いほどに。
でも、あの時は私はバルドゥールの気持ちが見えなくて、でもそのことがとても重要な気がして、私は彼の姿を一心に見つめることしかできなかった。
振り返ってみても、これはまだ昔話にするには早すぎる過去のこと。でも、遥か昔のことのように感じてしまう。それはきっと、私とバルドゥールの関係が大幅に変わったせいなのだろう。もちろん、良い意味で。
今、状況は同じなのに浮かべるバルドゥールの表情はとても穏やかなものだった。箱の中身はわからない。でも、同じものを見て、こんなにも違う表情を浮かべることができているのなら、ルークの言う通り、バルドゥールを取り巻く環境はとても優しいものに変わったのだろう。
誰が彼をそんなふうに変えたのだろう。そんなことを一瞬考えたけれど、それは違うと即座に否定する。きっとバルドゥールを変えることができたのは、他の誰でもない彼自身の意志によってのものだ。
と、そんなとりとめもないことをつらつらと考えていたら───。
「起こしてしまったか?」
物音を立てたつもりはないけれど、バルドゥールは私の視線に気づいて静かに立ち上がった。
私はというと、申し訳なさそうにこちらに足を向けるバルドゥールにベッドに横たわったまま、小さく首を振る。
「すまない。さっきは…………俺としたことが…………」
そこまで言って言葉を濁すバルドゥールは、本当に本当に申し訳なさそうに肩を落としていた。
ついさっき、あんなに激しく私を抱いたというのに。その変わりように、色んな感情が溢れてくるけれど、最終的になんだか可笑しくなって私は口を綻ばせてしまう。でも、良いも悪いも言わない。だってそれを口にするのは恥ずかしすぎるから。
そんな気持ちでもぞもぞと掛布を鼻まで引っ張り上げれば、バルドゥールもつられるように笑みを浮かべてくれた。でも、次に吐いた言葉は私を身悶えさせるものだった。
「身体を拭いておいた。それに、今日はシーツもその………だいぶ汚してしまったから替えておいた。だから安心して休んでくれ」
休めるわけがないし、どこをどう安心していいのかもわからない。
そして、そんな経緯があったのに、まったく気付かなかった自分に、悲鳴を上げたくなる。あと、シーツを替えたと言っていたけれど、どうやって!?と問い詰めたくなる。いや、そんなこと聞くべきじゃないし、想像だってしてはいけないこと。
そんなことを考える私は今、どんな顔をしているのだろう。青ざめているのか、赤面しているのか、まったくわからない。そんなオタオタとする私を残してバルドゥールは一旦、テーブルに戻ると銅製のカップを手にして戻ってきた。
「飲めるか?」
そう言いながらバルドゥールは片腕で器用に私を起き上がらせる。次いで、私の口元にカップを運んでくれる。その中身は馴染みのある果実の香りがした。
「これ、バルドゥールさんが?」
両手でコップを受け取って、口をつける前にそう問いかければ、彼はちょっと決まり悪そうな笑みを浮かべた。
「ああ。果実を絞るなど初めてだったから、上手くできたかはわからない。アカリの口に合えば良いが………」
慣れない手つきで果実を絞るバルドゥールを想像したら、とても可笑しかった。でも、バルドゥールはこの屋敷の旦那様だ。私の為にこんなことをする必要などない立場の人なのに。
「お手を煩わせてしまって、ごめんなさ───」
「そんなことは良い。さ、飲んでくれ」
私の謝罪をあっさりと遮って、バルドゥールは手を伸ばしてコップを少し傾けた。
「…………とても美味しいです」
果実の名前は憶えていないけれど、これを飲むときは普段は果実の破片など入っていない。でも、果肉入りの飲み物は元の世界でも飲んだことがあるので、これはこれでとても美味しい。というか、個人的にはこちらのほうが好きだ。
「そうか。良かった」
思いの外私は喉が渇いていたようで、バルドゥールの握力に感謝をしながら、それを一気に飲み干せば、彼はほっとした様子で笑みをうかべた。それから自然の流れで私の手からコップを取り上げ、テーブルに置く。次いで、化粧箱を手にして戻ってきた。
「さっきの折り紙のお礼だ」
その言葉で、テーブルに視線を向ける。そこに散乱していた折り紙は、一つだけ消えていた。それは彼が手に取った百合の折り紙だった。受け取って貰えたのは、素直にうれしい。けれど───。
「お礼なんて要らないです」
日頃の感謝の気持ちで、どうぞと言ったのだ。なのにお礼を貰ってしまってはキリがないし、何より私はもうお礼の品が思い浮かばない。
だから、とんでもないと首を横に振る私に、バルドゥールは頷くことはせず、表情を引き締めた。
「それは困る。どうしてもお前に受け取って欲しい」
きつい言い方ではなかったけれど、きっぱりと言い切ったバルドゥールは手にしていた化粧箱の蓋を開けた。
そこには中央に水色の宝石が埋め込まれている、とても綺麗なチョーカーが納められていた。
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