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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

裏口から帰るのには理由がある①

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「ル、ルークさん何でそんなことを聞くんですか!?」

 そう叫びながらもみるみるうちに頬が熱くなる。ああ、もう絶対に今、私は首まで真っ赤になっているはず。なのにルークは、私の顔を見つめて不思議そうに首を捻るだけ。

「え?アカリ、何で赤くなるの?バルドゥールのこと父さんみたいに思ってるなら、そんな顔をする必要ある?」
「そ、それは……………わかりませんっ」

 問いかけられて、素直に考えようかと思った。でも、秒で無理だと判断した。だって触れ合うのは、ずっとバルドゥールからだと思っていた。それ以外考えたことなんてなかったし、そういうものだと思い込んでいた。だから自発的にどうこうしたいだなんて、正直、私の中にはなかったもの。

 そしてはっきり言葉として認識した途端、私を抱くバルドゥールのたくましい腕とか、しっとりと汗ばんだ褐色の肌とか。私の名を呼ぶ掠れた声音とかを鮮明に思い出してしまう。………まだ日も高いというのに。

 そんなことを考えながら、ルークの水色の瞳から逃れようとじりじり後退していたら、とんっと背中に何かが当たった。驚いて振り返れば、そこは真っ白い壁。そう、気づけば私はルークから大分離れた距離に居た。

 けれど、水色の瞳はどこまでも追ってくる。

「アカリは一度だって、自分からバルドゥールに触れたいって思ったことないの?例えば、アイツの手とか胸板とか、首筋とか。まぁもっとはっきり言うなら…………」
「ルークさんっ、リンさんの前でそんな質問やめてくださいっ」

 真っ赤になって叫べば、ルークは嬉しそうに指をパチンと鳴らしてそのまま人差し指を私に向けた。

「そのリアクション良いねぇ。…………ははっ、そういうことか。ならちょっと残念だけど、アカリらしいっていえばアカリらしいよね。バルドゥールがお父さんでいいんじゃない?今のところは」
「………………」

 別にルークに許可をもらわないといけないことじゃないから、ここは無視しておく。

 あと向けられた人差し指がピコピコ動くのが癪に障るので、へし折りたい気持になるのは、八つ当たりという感情なのだろうか。と、胸の内で悪態を付く私に、ルークは表情を引き締めてこう言った。

「ずっと気になっていたんだ。アカリがこうして僕に協力してくれているのは、君がこの世界を受け入れてくれたから。でも、それとバルドゥールのことを好きになるのは別の話だよね。体があいつを受け入れても、心も同じとは限らないと思うんだ」

 淡々と語るルークのそれは、まさに私が悩み続けていること。思わず何度も頷いてしまう。少し離れた場所からそれを見たルークはくすりと笑って、こっちにおいでと手招きする。もう、破廉恥な質問はしないかと目で問えば、彼は再び笑って頷いてくれた。

 そしておずおずと近づけば、ルークはそっと私の手を握った。

「でも、アシュレイも他の時空の監視者も皆んなそれに気付いていない。幸せそうなバルドゥールだけを見て、君も同じ気持ちだと思い込んでいるんだ」

 そっか。だからルークは今日、私にあんな質問をしたんだ。アシュレイさんが居たら、きっと聞けなかっただろう。そして私も、ルークにちゃんと説明できたかどうか怪しいものだ。

 あとカイナもそうだし、今だってそう。自分の知らない所で誰かが気にかけてくれているという事実は、何だかくすぐったくて、嬉しくて口元が綻んでしまう。どう考えても今の話の流れでは、こんな表情をするのは可笑しいというのに。

 でもルークはそんな私を見ても、訝しげな表情を見せることはせず同じように柔らかい表情を浮かべる。でもすぐに、きゅっと口元を引き締めてこう問いかけた。

「あのね、ここで君に色んな説明をした後、君の選択に口出しも妨害もしないっていう約束したの覚えてる?」
「はい、覚えています」

 素直に頷けば、ルークは握っている手を軽く揺らして、私の顔を覗き込んだ。

「アカリは多分、人よりゆっくり物事を考える子なんだと思う。それは悪いことじゃないし、それだけちゃんと向き合おうとしている証拠だと思う。だから焦って答えを出さなくていい。それはきっと君の本当の答えじゃないと思うから。いっぱい悩めばいいと思うよ。もし悩んでいる君に、余計なことを吹き込むヤツがいたら、僕はそれらを徹底的に排除してあげるし、邪魔なんてさせやしない。でね、君に一つ提案があるんだ」
「な、なんでしょう」

 ルークの提案なんて絶対にロクなものではない。過去のあれこれを思い出して眉間に皺を刻む私とは反対に、目の前の彼は、なぜかドヤ顔を決めてこう言った。

「僕の事、何でも相談できる頼れるお兄さんって思って、いっぱい甘えれば良いよ」
「………強姦幇助をする人を兄とは呼べません」

 ああ、もう…………とても残念だ。せっかくの胸が熱くなる言葉がこの一言で台無しになってしまった。

 そして、どの口が言うのかと、不機嫌な顔をして吐き捨てた私に、ルークは乾いた笑みを漏らした。でも、どうやら私の態度に対してではなかったようだ。

「君、難しい言葉知ってるんだね。すごいねぇー。お利口さんだねぇー」
「子ども扱いするのはやめてください。私、一応、これでも働いていました」

 いい子いい子と頭を撫でるルークの手を振り払って、ぎろりと睨みながらきっぱりと言い切る。それに私は利口ではない。ただ単に、働いていれば、否が応でも覚える言葉があるだけのこと。

 けれど、ルークは私の発言にぎょっと目を向剝いた。でも、どうやら別の意味で驚いていたようだった。

「え!?こんな幼いのに、もう労働を強いられていたの!?」

 なんだかルークのその言い方に引っ掛かりを覚え、感情のままに問いかけた。

「私、幾つに見えますか?」
「んー14、15歳かな?」

 ルークは少し悩んで答えてくれたけど、私としてはもっとちゃんと考えてと言いたくなるような期待値を遥かに下回るものだった。

 そしてルークは疑問形で答えてくれたけれど、自身満々のご様子だ。どうしよう、ぶっちゃけ実年齢を言うのが少々躊躇ってしまう。でも、これ以上、子ども扱いされるのは嫌なのできちんと伝えることにする。

「私…………19歳です」
「嘘だろ!?」
「……………………」

 この驚き様、私が処女だと知った時より激しいリアクションだ。というか、14歳で処女を捨てるお国柄なのだろうか。私はそっちのほうが驚きだった。なんと言い返していいのか言葉に迷い、結局、無言のまま渋面を作ってしまう。

 そして今頃だけれど、私は目の前のこの人の年齢を知らないことに気付いた。もちろん、バルドゥールの年齢も。

「ちなみに、ルークさんは、幾つなんですか?」
「俺、22歳。ちなみにバルドゥールは24歳」
「………………嘘」

 少しの間の後、瞬きを繰り返しながらポツリと呟けば、ルークはからからと笑いながら、ホントホントと言った。多分、大事なことだから2回言ったのだろう。

 声に出して絶対に言えないけれど、ぶっちゃけバルドゥールは絶対三十路近いと思っていた。…………いや、本当は三十路を過ぎていると思っていた。
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