監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

あなたからの贈り物③

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 驚いた顔をした私に、バルドゥールは心外だと言わんばかりに、むっとした表情を浮かべた。

「そんなことも、俺が気づかないとでも思っていたのか?アカリがここに触れてほしくないのは、もうずっと前から知っていた」
「………っ……嘘っ!?」

 ここといわれた瞬間、首筋を触れられ身体が無意識に強張る。でも、バルドゥールの指が離れた途端、私は思いっきり叫んでしまっていた。

 反対に、うそつき呼ばわりされた本人は、むっとした表情から、やれやれといった表情に変わった。

「嘘なものか。本当だ」

 次いで今日何度目かになる、ものすごい事をさらりと口にした。

「今日だって、お前の身体を拭いていた時、首筋に触れた途端、お前は無意識に身体を強張らせていた」

 驚くべきとこは、どこなのだろう。あまりに羞恥心を刺激する言葉に、頭が真っ白になる。そんな私をバルドゥールは、憂えた表情に変え覗き込んだ。

「過去に、何かあったのか?」
「……………………」

 バルドゥールの質問に答える言葉が見つからない。だからこくりと頷いた後、私は俯くことしかできない。そんな私にバルドゥールそれ以上追及することなく、そうかといって静かにうなずいてくれた。

 そんな彼に、私はまた新しい発見をしてしまう。

 バルドゥールは、口にしない優しさを持っていることを。聞いてはいけないこと、聞かなければいけないこと、聞かないほうが良いこと、それを見極めるのがとても上手なことも。

 気づけば私は、きゅっと目を瞑り胸を押さえていた。私のことなんて何も見てくれていないと拗ねていた自分が恥ずかしくて、申し訳なくて、自分で自分をとことん詰りたくなってしまう。

 そしてその感情の奥に、もう一つ別の思いがあることに気づく。それはちょっとでも触れたら壊れてしまうほどに柔らかくて繊細で、とらえどころのない形をしているもの。

 ふわふわとしているのに、なぜか急に暴れまわりそうな、自分の中の感情なのに持て余してしまう、そんな厄介なもの。

 暗闇の中でそれに意識を向けていたら、どうしてと聞きたくなるぐらい優しい声音が鮮明に響いた。

「…………まぁ、そういうことなら、無理強いすべきではないな。これは諦めることにしよう」

 瞬間、私は弾かれたように顔を上げた。

「怒らないんですか?」
「何故?」

 バルドゥールは目を丸くして、私の質問に質問で返した。それは答えたくないからというよりは、本当に驚いてつい口にしてしまったような感じだった。

 そしてバルドゥールは私の質問に答えようとしたけれど、当然のこと過ぎて答えられないのだろう。困った視線を私に向けた。ずるい。そんな顔をされたら私のほうが困ってしまう。

「だって…………いらないって言ったのに…………」

 言葉尻を濁す私に、バルドゥールは、なんだそんなことかと呆れた笑みを浮かべた。

「アカリの希望も聞かずに勝手に俺が用意したものだ。お前が気に病むことではない」

 なら気に病まない方法を教えて欲しい。という喉までせり上がった言葉は、無理矢理飲み込んで、別の言葉を吐こうとした。けれど、『でも………』と呟いた後、私は次の言葉を見つけられなかった。

「首に触れるもの以外なら大丈夫なのか?」
「え?…………はい。大丈夫です」

 唐突に問われ、深く考えずに頷けば、バルドゥールはちょっと眉を上げて表情を明るくしてこう言った。

「なら、一つ頼まれて欲しいことがある」
「な、な、なんでしょうか?」

 できることなら何でもしたい。ただし、恥ずかしいことでなければ。

 そんな気持ちから、まごつく私に、バルドゥールはさらりと願いを口にした。

「腕輪か…………そうだな、髪飾りかを選んでくれ」
「はい!?」

 素っ頓狂な私の声を無視して、バルドゥールは私の腕を取った。

「銀の髪飾りは、お前の髪に映えるだろう。だが、贈る側の俺としては、毎日いつでも、ずっと身に付けて欲しいと思っている」

 淡々と語るバルドゥールの口調は弾んだものだった。

「他にあるとすれば、アンクレットか指輪か。まぁそれはそれで良いが、この石は少し大きいから歩きにくいかもしれないし、指輪となるとお前の指が隠れて見えなくなってしまう」
「え?ちょっとまって────」
「と、なるとやはり腕輪になるか。………アカリ、それにしてもお前の腕は細すぎる」

 私の言葉も意志も遮ってバルドゥールは、ぐいぐい来る。そして、そう言われたら、選択肢は一つに絞られてしまう。…………人はコレを誘導尋問と呼ぶ。

 ああもう、ちゃんと考えないといけないことがたくさんあるというのに。この人はそんなことお構いなしに、どんどん私にたくさんのものを与えてくる。そして私の思考を奪ってしまう。

 感情を色でたとえるなら、今の私の頭の中はまるで万華鏡のようだった。感情という色彩が瞬く間に形を変えて頭の中をぐるぐると回る。

 切なさとか、悔しさとか。くすぐったさとか…………嬉しさ、とか。

 そして何気なく彼を見上げれば、自然に視線が絡み合う。ちなみに彼が浮かべている表情は迷いの無い一色だけだった。

「で、アカリ、どちらが良い?」

 答えなどとうに決まっているはずなのに、バルドゥールは改まった口調で私に問いかけた。どうやら彼は、なんとしても私の口から言わせたいらしい。

 そして私は、彼からのお願いを断ることができなかった。

「……………腕輪でお願いします」

 弱々しい声でそう言えば、バルドゥールは満面の笑みを浮かべて頷いた。
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