監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

時空の監視者達を惑わすもの①

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 元の世界の、しかもかなり得意とする大富豪というゲームを選んだ私だったけれど、やっぱり惨敗してしまった。

 時空の監視者達は当然ながら、このゲームをするのは初めて。でも、私の拙いルールを一度聞いただけなのに、ずっと前からやりこんでいるかのように、手札捌きは目を瞠るものだった。

 あと、どうでも良いかもしれないけれど、3回勝負した。でも1回戦だけは、私は最下位ではなかった。カザロフと熾烈な最下位争いをしていた私は、禁じ手の【革命】の手札を切って最下位を逃れたから。

 ちなみに革命の札のことは、時空の監視者達に伝え忘れていた。意図的かとは聞かないで欲しい。そして、そうまでして勝ちたいかとも聞かないで欲しい。………………勝ちたかったのだ。ものすごく。

 けれど、2回目、3回目は残念ながら、私は最下位だった。革命という技をあっという間に習得した彼らに完膚なきまでに叩き潰されてしまったのだ。

 最後に余談だけれど、信じられないことに一番強かったのはルークだった。3回とも大富豪の名を欲しいままにした彼の不敵な笑みは、多分、私は一生忘れることはないだろう。

 世間話をしながらカードを切る彼は、いつもどおりのお調子者だけれど、一切カードに目を向けない。そして、あっという間に手札を空にする。

「やっぱ、ルークには敵わないかぁ」

 悔しそうに呟く他の時空の監視者を見て、これがまぐれではないことを知った。

 正直言って、驚きが隠せない。だって私の知っているルークは、お調子者で、年下の私にムキになって喧嘩をしかける人だから。でも年の近い同姓とゲームを楽しむ姿は、また別の顔を持っていた。

 そんなことをぼんやりと考えていたら、ついつい胸の内の思いが言葉として漏れてしまった。

「ルークさん、なんでこの腕を他のことに使わないんだろう…………」

 ぽつりと呟いたつもりだったけれど、私の声は予想以上に部屋に響いてしまった。そしてここで初めてルークの表情が動いた。

「アカリ、何で僕を動揺させるようなことを言うの?」

 渋面を作りながらルークが呟いた瞬間、他の時空の監視者達が全員、弾かれた様に爆笑した。 




 そんな彼らは今度はこの世界のカードゲームを教えてあげるといって、カードを切り出してしまった。でも、ルールを聞くだけで複雑怪奇なそれは、私には到底できないと瞬時に理解した。

 ということで、私は呑み終えたカップをワゴンに戻すという名目で、彼らから距離を取り、再び部屋を見渡している。

 テラスに続く大きな扉はガラスでできているので、この部屋は陽の光がたくさん入ってとても明るい。テラスにはテーブルセットもあるので、時々ここで休憩をしたりしているのだろうか。

 カードゲームは白熱していて、少し離れた場所から当直を掛けてもう一戦やろうなどという不謹慎極まりない言葉が聞こえてくる。これは聞かなかったことにするのが互いの為にも良いことだと判断して、私はこっそり苦笑を浮かべるだけにした。

 そして、これ以上彼らの会話を耳に入れないように、私は意識的に応接セットから視線を外す。そうすれば、無意識のうちに、ここには居ない上官の姿を探してしまう。

 本棚から書物を取り出す彼、テラスで佇む彼、このどれかの机で執務をする彼。

 きっと大きな歩幅でこの部屋を歩き回っているのだろう。いや、彼は上官だから自ら動くとはしないのか。でも、やっぱり自分で動くような気がする。

 時にはここに居る時空の監視者と雑談をしたり、つい先ほどのように彼らを叱ったりと忙しい日々を送っているのだろう。

 そこでふと気づく。バルドゥールも場所は違えど、私と同じ白い部屋で過ごしているのだ。それがどうしたと言われたら、返す言葉は見つからない。見つからないけれど、くすぐったいような嬉しいような、ちょっと不思議な気持ちになってしまう。

 そしてそんな気持ちを抱えた私に、まだ見付けることができない感情が、ここに居るよと騒ぎ立てているような気がしてならない。

 そんなふうに持て余してしまう感情を抱えながら、あの人の残像を重ねながらこの部屋を見渡していたら、ふと、壁にかけられている一枚の絵画が視界に映った。

 吸い寄せられるように、そこに足を向ける。ついさっきも、くまなく見渡していたつもりだったけれど、気付かなかったなんて不思議だな。と、そこまで考えて気付く。そっか、私がこの絵の下にいたからだ。あと、私の視線よりかなり高い位置にあったから気付かなかったのだと。言い換えるならば、この絵画は時空の監視者達の目線に合わせて掛けられているものだったのだ。

 そんな取り留めもないことを考えながら、少し背伸びをして、その絵を見つめる。

 片翼を失って地上に降り立つ天使を支えようと手を伸ばす一人の騎士。

 不安そうな表情を浮かべる天使とは反対に、騎士は幸せという言葉しか思い当たらないほど、柔らかい笑みを浮かべていた。

 …………とてもとても美しい絵だった。まるで、実在した人物を描いたものなのだと思うほどに。でも羽の生えた女性なんてきっと存在しないはず。だからこれは、理想とか空想とか願望をごちゃ混ぜにして描かれたものなのだろう。

 そんなことを考えながら、絵画を見つめていたら不意に、バルドゥールの言葉が脳裏に蘇った。

『翼を奪われても、空を求めるのか』

 あの時の無機質な声音を思い出すと共に、きっと彼はこの絵を見て、そう口にしたのだろうと確信を持つ。

 あの時は、謎かけのような言葉にまったく理解ができなくて、この世界の諺のようなものだとすんなりと流していた。けれど、そうじゃなかった。

 この絵はきっと時空の監視者達の願望を形にしたものなのだ。いつ現れるかわからない異世界の人間を待ち望む彼らの望む姿なのだ。

 でも、これはあくまで理想。現実はこんな美しいものじゃなかった。互いにすれ違い、心を通わせることがなかったあれが、まごうことなき現実だったのだ。

 ただ、あの苦痛とした思えなかった現実にも、忘れてはいけないことがある。あの金色の瞳を覗き込んでも、何一つ感情が読めなかったあの頃にだって、彼にも感情があったことを。

 きっとバルドゥールは辛かっただろう。苦しかっただろう。あまりに理想とかけ離れた現実を恐ろしいと感じていたはずだ。

 今思い返しても、あの頃された全ては身のよだつこと。二度とあんな屈辱を味わいたくはない。でも、こうして私の知らなかったバルドゥールのことを知ることは、やはり嬉しい。虫食いだらけのパズルのピースがまた一つ埋まっていくような感じだ。そしてこれも、屋敷に戻ったら彼に伝えようか。

 と、そんなことを考えていたら────。


「君に似ているね…………いや、君のほうが可愛い」
「…………疲れ目ですか?」

 いつの間にかエルガーが私の隣に居て、そんなことを口にした。さっきもそうだけれど、彼は気配を消すのが上手すぎる。驚きのあまり跳ね上がった心臓をなだめてから、私は素直な気持ちを伝える。そうすれば、エルガーはさも可笑しそうに笑い声をあげた。

「ははっ、謙虚は美徳かもしれないけれど、その返しは手厳しいね。できれば、ありがとうと微笑んで欲しいものです」
「………………はぁ」

 多分今、私が浮かべているのは微笑みではなく、苦笑に近いものだろう。リクエストに応えることができなくて申し訳ないと思うけれど、これ以外のリアクションは思い浮かばない。

 そんな私に、エルガーは肩を竦める。けれど、すぐに絵画に視線を移した。眩しそうに目を細めて。

 そっと覗き込んだ彼の表情は、まるでこの世で最も美しいものを目にしたような、息を呑む程に美麗なものだった。
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