監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

時空の監視者達を惑わすもの②

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 エルガーは金色の髪に紺碧色の瞳。すらりとした長身で整った顔。つまり大変、美丈夫だ。そしてそんな彼が恍惚とした表情を浮かべれば、その美しさは更に増す。
 
 けれど、私の眼には、違うものに映ってしまう。なぜなら、彼の眼差しは、すれ違っていた頃のバルドゥールに似ていたから。きっと彼も異世界の女性を抱いたら、自分の半身だと思い込んでしまうのだろう。そんな予感がする。

 こんな絵、捨てちゃえば良いのに。

 美しいエルガーのすぐ横でそんなことを思ってしまう私は相当、醜い顔をしているだろう。

 でも、こんなものがあるから、変に期待を持ってしまうのだ。期待値が低いほうが傷付かないで済むことだってある。だから、この絵は時空の監視者達を惑わす悪しきものでしかない。

 なんていう言葉が喉からせり上がったけれど、それを私は必死で飲み込んだ。

 私にとってこれは忌まわしいものでしかない。けれど、時空の監視者達にとってこの絵はとても大切なものなのだ。どれほど大切なものなのかは、エルガーの表情を見ていればわかる。

 そんな大切なものを、私が勝手に壊して良いわけがない。

 それに、私とバルドゥールの関係はあくまで一つの形なのだ。出会い方も、向き合い方も人それぞれ。他人が干渉して良いものではない。何より、次に異世界の女性がこの地に降り立つのがいつかもわからないのに。

 そんな状態で相手の心情を考えずに、自分の感情をぶつけるなんてできるわけがない。やってしまえば偽善の押し付けになる。

 と、頭ではそう理解をしようとしているけれど、感情はなかなか追いつけない。何かのはずみに心にもないことを言ってしまいそうな不安から私は、そっとエルガーから視線を外す。そうすれば、すぐ下にあるチェストに置きっぱなしになっている化粧箱が目に映った。それは、王様から貰ったブローチが収められていたもの。

 そこで、はたと気付く。ずっとコレ、身に付けていたままだったけれど、こんな高価なものはすぐに仕舞っておくべきだ。まぁ………それに何か別の事をした方が、気持ちも落ち着くだろう。という二つの理由で、私はドレスに付いたままのブローチを外すことにした。

 ドレスの生地を傷めないように、そして自分の指に針を刺さないように、慎重に慎重にブローチを外す。ぶっちゃけ、自分の指に針を刺したところで、そんなに痛まないし、もし仮に出血したところで微々たるものだろう。

 けれど、目ざといあの人は絶対に気付くはず。そうなってしまえば、過保護も程々にして欲しいという私のお願いは、間違いなく聞き入れてもらえないだろう。それは困る。とても困る。

 そう考えれば考えるほど、変に指先に力が入り、上手くブローチを外すことができない。とはいえ、かなりの時間を要した結果、生地も指も無傷でそれを外すことができた。けれど────。

「あれ?それ外しちゃうの?」

 ブローチを外した途端、ソファにいるルークからそんなことを問われた。いつの間にカードゲームが終わったのだろう。今回もルークの一人勝ちだったのだろうか。という疑問が浮かんだけれど、一先ずこくりと頷いて質問の返答をする。そうすれば、ルークは満足そうに、そうかそうかと言って目を細めて笑った。

「アカリも、やっと男心がわかるようになったんだね。お兄さんの僕は、妹の成長を目にすることができて嬉しいよ」
「は?」

 ルークの言葉の意味が分からず、首を傾げてしまう。言わなくても良いことかもしれないが、今の『は?』は限りなく『あ゛?』に近い発音だった。そうすればルークは、私と同じように首を横に倒してしまった。

「え?バルドゥールから貰った宝石以外、身に着けたくないってことじゃないの?」
「いいえ、違います」

 即答した私に、ルークはとても変な顔…………というか、残念そうな顔をした。

 なぜそんな顔をするのかわからない。あと、しっかり、ちゃっかりバルドゥールから贈られたアクセサリーに気付いていたルークの洞察力にびっくりしてしまう。

 ついでに言うと、時空の監視者達の視線は、現在、私の手首に集中していている。悪いことなどしていないはずなのに、何だか見つめられると居心地が悪くて、ぱっと手首を自分の背に隠してしまう。

 そして、よくよく見れば、時空の監視者達はニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべている。どうやら彼らは、全員、下世話なネタがお好きのようだ。個人の趣味嗜好に口出しするつもりはないけれど、私で満足感を得るのはやめて欲しい。

 そんな気持ちから、私はこの生ぬるい空気を打ち消すように、小さく咳ばらいをして口を開いた。

「えっとですね、こんな高価なもの、万が一落としたりして傷をつけたりしたらいけないと思っただけです。それに失くしてしまうなんて、もっての外だと思ったから、仕舞うことにしました」

 つとめてわかりやすく説明したつもりだったけれど、ルークはますます変な顔をしてしまった。…………彼は、一体何を私に求めているのだろう。全くもって、さっぱりわからない。

「捨てちゃえば良いんだよ。そんなものっ」

 ルークと鏡合わせのように首を倒していたら、突然、ソファに居るカザロフからそんな罰当たりな言葉が飛んできた。思わず倒していた首を元に戻して、ふるふると横に振ってしまう。

「いや、捨てるのはちょっと………」  

 途中で言葉を区切ったのは、カザロフがとても不機嫌な顔をしてしまったから。というのもあるけれど、ソファの背もたれ側から軽々と飛び越えて、こちらに迫ってきてせいでもある。

 まるで小動物のような身のこなしに軽く息を呑んでしまったけれど、今はそこに意識を向けるべきではないと判断する。

 そして、手を伸ばせば届く距離まできたカザロフは、むっとした表情のまま口を開いた。

「アカリ様、あなたを客人扱いされた私たちの気持ちがわかりますか?」
「わかりません」

 ふるふると小さく首を振りながら、何とか質問に答えた私に、カザロフは深い溜息を落として項垂れてしまった。意気消沈した彼に何と言葉をかければ良いのだろう。

 オロオロとする私だったけれど、今度はエルガーから問いかけられてしまう。

「私達にとってあなたはとても尊い存在なんです。この地で生きていてくださることが、私達にとって何よりの幸福なのです。それなのに、アカリ様の存在をあんな公の場で否定されて、どれだけ憤りを感じているかわかりますか?」

 ぐいっとエルガーに詰め寄られて、思わず後退りをしようとした。けれど、すぐに背中に壁を感じて、私はなぜだか追い詰められたような気持ちになってしまう。

「だって、これはクズ………や、いえ、諸々の事情があってそうしたんですよね?」

 確認を取るように私が問えば、エルガーまでもが項垂れてしまう。至近距離で項垂れてしまった二人から視線を外し、応接セットにいる残りの時空の監視者達に目を向ければ、ここにいる彼らは揃いも揃って渋面を作りながら頷いた。不本意という言葉が、ぴったりの表情だった。

 …………私はそんな彼らに向けて、今、一体どんな顔をすれば良いのだろうか。
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