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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
お見舞いと、余計な一言③
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人はある程度の年齢になったら、知らず知らずのうちに予測して行動する生き物だ。同じ過ちを繰り返さないように。自分が傷つかないように。
けれど、逆を言うと年を取るごとに、不測の事態に陥ると、どうしていいのかわからなくなってしまうもの。かくいう私もその一人だった。
ルークはそんな私に、手を伸ばして私の頭をそっと撫でた。
「体調が悪いなら無理しないで、最初から僕を呼びつければ良かったんだ」
「…………そんなこと」
考えもしなかった。
後半の言葉は声に出したつもりはなかったけれど、しっかりルークに伝わってしまったようだ。私の頭に置かれた大きな手のひらが、ぴくりと跳ねた。
「そういうところが、きっとバルドゥールを苛立たせるんだ。あのね、男は頼られたい生き物なのっ。それに、何も求められないのは、とても寂しいよ。バルドゥールだってきっとそう思っている」
「……………………」
くしゃくしゃと大きな手が私の頭を撫でる。良い子良い子というよりは、言い聞かせるように。視界は揺らいでいるけれど、私はルークの言葉はちゃんと聞き取れている。でも、その意味を私は理解できない。
今までとは違う苛立ちを抱えて、顔をしかめた私に、ルークは柔らかい笑みを浮かべた。
「君はもっとバルドゥールに甘えれば良い。僕は僕なりにアカリを見てきたから言い切れる。君はあまりに無欲すぎる。なんでも自分で解決しようとしすぎる。我慢が標準装備になっている」
「そんなこと────」
「ある!絶対に、ある。……………なっ、そうだろ?」
フィーネとリリーは即座に頷いた。ルークが同意を求めようと視線を向ける前に。それはそれは深く、噛み締めるように。息のぴったり合ったそれに、事前に打ち合わせでもしていたのかと、内心疑いすら持ってしまう。でも、この二人に限ってそんなことは絶対にしないだろう。
ということは、これはずっとリリーとフィーネが抱えていた気持ちでもある。
でも、甘えるのが苦手なのは、自分でも認めざるを得ないことだけれど、そうしなければいけなかった理由が私にはある。それに私に甘え方を教えてくれるような奇特な人なんて元の世界にはどこにもいなかった。
そんな口に出せない不満を胸に抱えて俯けば、ルークの気の抜けた声が降ってきた。
「なんかさぁー」
「はい」
「君とバルドゥールは、二人とも似た者同士だよねぇー」
「……………………嘘」
「この状況で嘘を言えるほど、僕は図太い神経の持ち主じゃないよ」
「……………………」
驚きすぎて言葉を失ってしまう。私はルークと自分が似た者同士だと思っていた。でもルークからしたら、私とバルドゥールが似た者同士…………らしい。
なんというか人の目って、とても不思議だ。ちなみに、今回もリリーとフィーネは同時に頷いている。本当に、本当に、不思議なものだ。
でもこういう考えは主観からくるものだから、第三者が良いも悪いも口にすべきことではない。でも、不満げな表情はどうしても隠すことができない。
ジト目で睨む私を、水色の瞳が受け止める。そして、その瞳が急に憂えた色に変わった。
「あと、さっきはわざとアカリを傷つけるような言い方をしてごめんね。────…………って、そこのお嬢さん、熱湯を僕にかけようとしないでっ。もう一人のお嬢さんも、ナイフを僕に向けないでっ。本当にごめんっ。謝るからっ」
ガタンと音を立てて椅子が動いたと思ったら、ルークは大きく仰け反りながら大声をあげた。
驚いてルークの視線を手繰れば、彼の言葉通り、注ぎ口から湯気が溢れるポットを振り上げたリリーと、果実ナイフを手にしたフィーネが今にも襲い掛かろうとする勢いで、こちらに一歩踏み出していた。
ついさっきの結束はどこへやら。
でも、そうは言ってもきっとルークは華麗にそれらを避けることができるだろう。それより、侍女たちに万が一があっては困る。
「あの…………危ないのでおろしてください。お二人が怪我をしてしまうかもしれません」
両手を前にして、宥めるように上下に振れば、彼女たちは慌てた様子で、それらを背に隠した。次いで、えへへっと取り繕うような笑みを私に向けた。その笑みはとても可愛らしいものだったので、咎めるつもりはないし、私もつられて笑みを浮かべてしまう。
そんなやり取りを微妙な顔で見つめていたルークは、身体ごと向き直り、私の手を取った。
「あのね、バルドゥールは一生涯君の側にいるよ。だから、そのことは不安に思わなくて良い」
「そんなの、わかりません」
「あー………本当に、僕の失言だったごめん。忘れて。ってそう簡単に忘れるとはできないよね。なら、この言葉も一緒に覚えていて。バルドゥールは絶対に君の手を離さない。それはそれは誰にも壊すことができない強い意志を持って、ね。ただ、その理由は内緒。これはアカリが考えないといけないことだから」
肝心なところははぐらかすルークだけれど、触れた指先から飾り気のない暖かさがしみじみ伝わってくる。でも、一度目の当たりにしてしまったことは、しこりとなって残っている。そしてそれを取り去ることは容易なことではない。
「アカリ…………頷かなくても良いよ。でも、今の言葉、忘れないと約束してくれる?」
妥協なのか譲歩なのかわからないけれど、ルークのその言葉には何とか頷くことができた。
ルークはそんな私をみてほっと胸を撫で下ろす。そして、口調を明るいものに変えた。
「ま、今日は大人しく寝といたほうが良いよ。リンの時もそうだったけれど、こういう顔色、かつ季節の変わり目の時は油断しないほうが良い。間違いなく、熱が上がるから」
「じゃあリンさんも体調を崩しているんですか?あの………大丈夫ですか?」
今度こそこの場を締めくくろうとルークは言ったのかもしれないけれど、思わず問いかけてしまった。時間は予定より過ぎているはず。でも引き留められたルークは気を悪くすることはなく、ちょっと眉を上げて答えてくれた。
「ああ、大丈夫。気にかけてくれてありがとう。でも、今は自分のことだけ考えて」
くしゃくしゃになった私の髪を軽く撫でてから、ルークはそう言って静かに席を立った。
「まったく、お兄さんの僕としては、妹のことが心配で仕事になりそうにないなぁー」
軽く伸びをしながら出口に向かうルークの言葉に唖然とする。
先日の提案は、どうやら彼にとって決定事項だったらしい。
勝手に人の家族構成を弄るのはやめて欲しい。ただ、こういう余計な一言がなければ、私はルークのことを本当にお兄さんのように思える日が来るのかもしれないと、ふと思った。
でも、私の我慢が標準装備というなら、ルークのこの余計な一言を吐いてしまうのも標準装備。だから、私達は一生兄弟の絆は生まれないだろう。
けれど、逆を言うと年を取るごとに、不測の事態に陥ると、どうしていいのかわからなくなってしまうもの。かくいう私もその一人だった。
ルークはそんな私に、手を伸ばして私の頭をそっと撫でた。
「体調が悪いなら無理しないで、最初から僕を呼びつければ良かったんだ」
「…………そんなこと」
考えもしなかった。
後半の言葉は声に出したつもりはなかったけれど、しっかりルークに伝わってしまったようだ。私の頭に置かれた大きな手のひらが、ぴくりと跳ねた。
「そういうところが、きっとバルドゥールを苛立たせるんだ。あのね、男は頼られたい生き物なのっ。それに、何も求められないのは、とても寂しいよ。バルドゥールだってきっとそう思っている」
「……………………」
くしゃくしゃと大きな手が私の頭を撫でる。良い子良い子というよりは、言い聞かせるように。視界は揺らいでいるけれど、私はルークの言葉はちゃんと聞き取れている。でも、その意味を私は理解できない。
今までとは違う苛立ちを抱えて、顔をしかめた私に、ルークは柔らかい笑みを浮かべた。
「君はもっとバルドゥールに甘えれば良い。僕は僕なりにアカリを見てきたから言い切れる。君はあまりに無欲すぎる。なんでも自分で解決しようとしすぎる。我慢が標準装備になっている」
「そんなこと────」
「ある!絶対に、ある。……………なっ、そうだろ?」
フィーネとリリーは即座に頷いた。ルークが同意を求めようと視線を向ける前に。それはそれは深く、噛み締めるように。息のぴったり合ったそれに、事前に打ち合わせでもしていたのかと、内心疑いすら持ってしまう。でも、この二人に限ってそんなことは絶対にしないだろう。
ということは、これはずっとリリーとフィーネが抱えていた気持ちでもある。
でも、甘えるのが苦手なのは、自分でも認めざるを得ないことだけれど、そうしなければいけなかった理由が私にはある。それに私に甘え方を教えてくれるような奇特な人なんて元の世界にはどこにもいなかった。
そんな口に出せない不満を胸に抱えて俯けば、ルークの気の抜けた声が降ってきた。
「なんかさぁー」
「はい」
「君とバルドゥールは、二人とも似た者同士だよねぇー」
「……………………嘘」
「この状況で嘘を言えるほど、僕は図太い神経の持ち主じゃないよ」
「……………………」
驚きすぎて言葉を失ってしまう。私はルークと自分が似た者同士だと思っていた。でもルークからしたら、私とバルドゥールが似た者同士…………らしい。
なんというか人の目って、とても不思議だ。ちなみに、今回もリリーとフィーネは同時に頷いている。本当に、本当に、不思議なものだ。
でもこういう考えは主観からくるものだから、第三者が良いも悪いも口にすべきことではない。でも、不満げな表情はどうしても隠すことができない。
ジト目で睨む私を、水色の瞳が受け止める。そして、その瞳が急に憂えた色に変わった。
「あと、さっきはわざとアカリを傷つけるような言い方をしてごめんね。────…………って、そこのお嬢さん、熱湯を僕にかけようとしないでっ。もう一人のお嬢さんも、ナイフを僕に向けないでっ。本当にごめんっ。謝るからっ」
ガタンと音を立てて椅子が動いたと思ったら、ルークは大きく仰け反りながら大声をあげた。
驚いてルークの視線を手繰れば、彼の言葉通り、注ぎ口から湯気が溢れるポットを振り上げたリリーと、果実ナイフを手にしたフィーネが今にも襲い掛かろうとする勢いで、こちらに一歩踏み出していた。
ついさっきの結束はどこへやら。
でも、そうは言ってもきっとルークは華麗にそれらを避けることができるだろう。それより、侍女たちに万が一があっては困る。
「あの…………危ないのでおろしてください。お二人が怪我をしてしまうかもしれません」
両手を前にして、宥めるように上下に振れば、彼女たちは慌てた様子で、それらを背に隠した。次いで、えへへっと取り繕うような笑みを私に向けた。その笑みはとても可愛らしいものだったので、咎めるつもりはないし、私もつられて笑みを浮かべてしまう。
そんなやり取りを微妙な顔で見つめていたルークは、身体ごと向き直り、私の手を取った。
「あのね、バルドゥールは一生涯君の側にいるよ。だから、そのことは不安に思わなくて良い」
「そんなの、わかりません」
「あー………本当に、僕の失言だったごめん。忘れて。ってそう簡単に忘れるとはできないよね。なら、この言葉も一緒に覚えていて。バルドゥールは絶対に君の手を離さない。それはそれは誰にも壊すことができない強い意志を持って、ね。ただ、その理由は内緒。これはアカリが考えないといけないことだから」
肝心なところははぐらかすルークだけれど、触れた指先から飾り気のない暖かさがしみじみ伝わってくる。でも、一度目の当たりにしてしまったことは、しこりとなって残っている。そしてそれを取り去ることは容易なことではない。
「アカリ…………頷かなくても良いよ。でも、今の言葉、忘れないと約束してくれる?」
妥協なのか譲歩なのかわからないけれど、ルークのその言葉には何とか頷くことができた。
ルークはそんな私をみてほっと胸を撫で下ろす。そして、口調を明るいものに変えた。
「ま、今日は大人しく寝といたほうが良いよ。リンの時もそうだったけれど、こういう顔色、かつ季節の変わり目の時は油断しないほうが良い。間違いなく、熱が上がるから」
「じゃあリンさんも体調を崩しているんですか?あの………大丈夫ですか?」
今度こそこの場を締めくくろうとルークは言ったのかもしれないけれど、思わず問いかけてしまった。時間は予定より過ぎているはず。でも引き留められたルークは気を悪くすることはなく、ちょっと眉を上げて答えてくれた。
「ああ、大丈夫。気にかけてくれてありがとう。でも、今は自分のことだけ考えて」
くしゃくしゃになった私の髪を軽く撫でてから、ルークはそう言って静かに席を立った。
「まったく、お兄さんの僕としては、妹のことが心配で仕事になりそうにないなぁー」
軽く伸びをしながら出口に向かうルークの言葉に唖然とする。
先日の提案は、どうやら彼にとって決定事項だったらしい。
勝手に人の家族構成を弄るのはやめて欲しい。ただ、こういう余計な一言がなければ、私はルークのことを本当にお兄さんのように思える日が来るのかもしれないと、ふと思った。
でも、私の我慢が標準装備というなら、ルークのこの余計な一言を吐いてしまうのも標準装備。だから、私達は一生兄弟の絆は生まれないだろう。
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