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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
お見舞いと、余計な一言②
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突如として部屋中が一触即発の空気になる。そんな中、更に緊張を促すようなルークの硬い声が部屋に響いた。
「前にも言ったよね。僕たちは時空の監視者で異世界の人間を保護するのが役目。でも、一生涯、保護する任務はないよ。なのに、バルドゥールは君を必要以上に大切にしている。自他共に過保護だと認めるぐらいにね。それって何でかわかる?」
前半のルークの言葉に、ずしんと来た。お腹に……………いや、胸に突き刺さった。
それはまさに、ずっと考えないようにして、目を背けていたことを無理矢理、髪を掴んで見せつけられたような気分だった。
でもルークに言われなくても、この生活がずっと続かないことは、私が一番良くわかっている。だって抱かれないと生きていけないのだ。でも、寿命が続く限り…………はっきり言って、私がしわくちゃのお婆さんになっても誰かが抱いてくれるなんて思っていない。
最低限抱かれる容姿でいなければ、私は即、死んでしまうのだろう。そして、いつかバルドゥールだって、歳をとった私を抱かなくなる。それは10年後?20年後?それより、もっと前?
そんな不安が身体中を駆け巡る。朝方、空を覆っていた雲は流れて、晴れ間が広がっているというのに、指先がひどく冷たい。今なら鏡を見なくてもわかる。私は真っ青な顔をしているだろう。でも、その不安をルークの前で晒したくはない。だから、わざと筋違いなことを口にした。
「きっと、お仕事の評価とか査定に響くからだと思います」
「…………君、時々ものすごくリアルなこと言うね」
ルークは途端に呆れた表情を浮かべて、ひょいっと肩をすくめてみせる。でも、その眼は笑っていなかった。
「あのね、バルドゥールは評価を気にするような奴じゃない。っていうか、前にも言ったけど、あいつは査定をする側の人間だよ。アカリ忘れちゃった?」
忘れるわけはない。そしてルークだって、それを知っている。でも、わざと小馬鹿にするような言い方をするのは、何かしらの意図があるのだろう。でも、今は考えたくはない。だから、私は渾身の嫌味をルークに送ることにした。
「じゃあ、ルークさん、評価が心配ですね」
「………本当に、君、時々すんごく痛いところを突いて来るよね。でも、今日は、アカリの挑発に乗ったりしないよ」
本気で痛みを覚える顔をしたので、私の嫌味は良い感じにルークを刺激することができたのだろう。でも、してやったりとは思わない。ルークの私に向ける心配そうな眼差しを受けて、とても空しいし、胸が痛い。
視界の隅にオロオロとしたリリーとフィーネが映る。彼女たちをこんな不安な顔にしてしまって、更に申し訳なさが募る。
でも、今すぐこの空気を変えたいのに、その術が私にはわからなくて、俯くことしかできない。
そんな重苦しい空気の中、ルークは息を吐いた。こちらが心配になるぐらい長々と。そして、ぽつりとこう言った。
「っていうか、僕、めちゃくちゃ損な役回りじゃね?」
くるりと視線を私に向けるルークの表情は、いつものお調子者のそれ。そして空気はぐっと柔らかいものになる。結局、他力本願になった自分を責めつつも、そうしてくれたルークに心から感謝する。
ありがとう、そう心の中で呟いて、ほっとした表情を浮かべる私に、ルークは再び口を開いた。
「こういう事ってさぁー、本来バルドゥールがぁー、ちゃんとアカリに伝えないとぉー、いけないハズなのにさぁー」
わざと語尾を伸ばしてそう言うルークに、思わずうなずいてしまう。けれどルークは、指先を私に向けると、くるくると円を描きながら、こう言った。
「っていうか、アカリもアカリだよ」
「は?」
まさかここで自分に矛先が向けられるなど思っていなかった私は、立った一文字を絞り出したあと、ルークの顔を食い入るように見つめてしまう。
そんな私にルークはちょっとむっとした様子で、腕を組み表情を険しいものに変えた。
「はっきり言うけどさ、アカリが持っている不満とか不安は、僕じゃなくって、バルドゥールにちゃんと伝えるべきだ」
「……………………」
ルークの言葉はまさにその通りだった。そして気づいてしまう。私はルークと一緒にいると、とても楽だという事に。
だってルークは私の過去をほとんど知らない。私の心をかき乱したりしないし、そわそわと落ち着かない気持ちにもならない。何より彼は、リンさんに選ばれた時空の監視者だ。一緒にいても、異性として意識しなくて良い。
そして私が知りたいことを的確に教えてくれて、焦りから自分を見失いそうになれば、そっと引き止めてくれる。
そんな彼に、私は知らず知らずのうちに甘えてしまっていた。
「………ルークさん、ごめんなさい」
きゅっと掛布を握りしめて、謝罪の言葉を紡いでも、ルークからは『いいよ』とか『僕こそ』という言葉が返ってこない。それは、ルークが本気で気を悪くしたせいなのだろう。掛布を握る手が強くなる。
「アカリはさぁ……………」
「…………はい」
不満を抱えたルークの口調が途中で止まって、続く言葉を聞くのが、とても怖い。おずおずと視線を向ければ、こちらを見つめるルークと目が合った。その瞳の色は予想に反して、深い慈しみの色を湛えていた。
そして、その瞳の持ち主は、声音を変えてこう言った。
「もっと甘えれば良かったんだよ」
「は?」
再び、一文字を絞り出して首を捻ってしっまう。この流れでルークがそんなことを口にする意味がわからない。
「前にも言ったよね。僕たちは時空の監視者で異世界の人間を保護するのが役目。でも、一生涯、保護する任務はないよ。なのに、バルドゥールは君を必要以上に大切にしている。自他共に過保護だと認めるぐらいにね。それって何でかわかる?」
前半のルークの言葉に、ずしんと来た。お腹に……………いや、胸に突き刺さった。
それはまさに、ずっと考えないようにして、目を背けていたことを無理矢理、髪を掴んで見せつけられたような気分だった。
でもルークに言われなくても、この生活がずっと続かないことは、私が一番良くわかっている。だって抱かれないと生きていけないのだ。でも、寿命が続く限り…………はっきり言って、私がしわくちゃのお婆さんになっても誰かが抱いてくれるなんて思っていない。
最低限抱かれる容姿でいなければ、私は即、死んでしまうのだろう。そして、いつかバルドゥールだって、歳をとった私を抱かなくなる。それは10年後?20年後?それより、もっと前?
そんな不安が身体中を駆け巡る。朝方、空を覆っていた雲は流れて、晴れ間が広がっているというのに、指先がひどく冷たい。今なら鏡を見なくてもわかる。私は真っ青な顔をしているだろう。でも、その不安をルークの前で晒したくはない。だから、わざと筋違いなことを口にした。
「きっと、お仕事の評価とか査定に響くからだと思います」
「…………君、時々ものすごくリアルなこと言うね」
ルークは途端に呆れた表情を浮かべて、ひょいっと肩をすくめてみせる。でも、その眼は笑っていなかった。
「あのね、バルドゥールは評価を気にするような奴じゃない。っていうか、前にも言ったけど、あいつは査定をする側の人間だよ。アカリ忘れちゃった?」
忘れるわけはない。そしてルークだって、それを知っている。でも、わざと小馬鹿にするような言い方をするのは、何かしらの意図があるのだろう。でも、今は考えたくはない。だから、私は渾身の嫌味をルークに送ることにした。
「じゃあ、ルークさん、評価が心配ですね」
「………本当に、君、時々すんごく痛いところを突いて来るよね。でも、今日は、アカリの挑発に乗ったりしないよ」
本気で痛みを覚える顔をしたので、私の嫌味は良い感じにルークを刺激することができたのだろう。でも、してやったりとは思わない。ルークの私に向ける心配そうな眼差しを受けて、とても空しいし、胸が痛い。
視界の隅にオロオロとしたリリーとフィーネが映る。彼女たちをこんな不安な顔にしてしまって、更に申し訳なさが募る。
でも、今すぐこの空気を変えたいのに、その術が私にはわからなくて、俯くことしかできない。
そんな重苦しい空気の中、ルークは息を吐いた。こちらが心配になるぐらい長々と。そして、ぽつりとこう言った。
「っていうか、僕、めちゃくちゃ損な役回りじゃね?」
くるりと視線を私に向けるルークの表情は、いつものお調子者のそれ。そして空気はぐっと柔らかいものになる。結局、他力本願になった自分を責めつつも、そうしてくれたルークに心から感謝する。
ありがとう、そう心の中で呟いて、ほっとした表情を浮かべる私に、ルークは再び口を開いた。
「こういう事ってさぁー、本来バルドゥールがぁー、ちゃんとアカリに伝えないとぉー、いけないハズなのにさぁー」
わざと語尾を伸ばしてそう言うルークに、思わずうなずいてしまう。けれどルークは、指先を私に向けると、くるくると円を描きながら、こう言った。
「っていうか、アカリもアカリだよ」
「は?」
まさかここで自分に矛先が向けられるなど思っていなかった私は、立った一文字を絞り出したあと、ルークの顔を食い入るように見つめてしまう。
そんな私にルークはちょっとむっとした様子で、腕を組み表情を険しいものに変えた。
「はっきり言うけどさ、アカリが持っている不満とか不安は、僕じゃなくって、バルドゥールにちゃんと伝えるべきだ」
「……………………」
ルークの言葉はまさにその通りだった。そして気づいてしまう。私はルークと一緒にいると、とても楽だという事に。
だってルークは私の過去をほとんど知らない。私の心をかき乱したりしないし、そわそわと落ち着かない気持ちにもならない。何より彼は、リンさんに選ばれた時空の監視者だ。一緒にいても、異性として意識しなくて良い。
そして私が知りたいことを的確に教えてくれて、焦りから自分を見失いそうになれば、そっと引き止めてくれる。
そんな彼に、私は知らず知らずのうちに甘えてしまっていた。
「………ルークさん、ごめんなさい」
きゅっと掛布を握りしめて、謝罪の言葉を紡いでも、ルークからは『いいよ』とか『僕こそ』という言葉が返ってこない。それは、ルークが本気で気を悪くしたせいなのだろう。掛布を握る手が強くなる。
「アカリはさぁ……………」
「…………はい」
不満を抱えたルークの口調が途中で止まって、続く言葉を聞くのが、とても怖い。おずおずと視線を向ければ、こちらを見つめるルークと目が合った。その瞳の色は予想に反して、深い慈しみの色を湛えていた。
そして、その瞳の持ち主は、声音を変えてこう言った。
「もっと甘えれば良かったんだよ」
「は?」
再び、一文字を絞り出して首を捻ってしっまう。この流れでルークがそんなことを口にする意味がわからない。
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