監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

お見舞いと、余計な一言①

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 ─────それから数時間後、バルドゥールはきちんと約束を守ってくれた。


「いやっほー、お見舞いに来た………ってうわぁっ、凄い顔色だねー」

 人の顔を見た途端、こちらが驚くぐらい大声を上げたルークに、思わず眉間に皺が寄ってしまう。まったく失礼な人だ。

 そして露骨に顔をしかめたのは、私だけではなかった。彼をこの部屋へと案内したリリーとフィーネも、むっとした表情を浮かべている。

 そしてルークが慣れた様子で、テーブルとセットにしてある椅子をベッドの横に置いて腰かけた途端、リリーからこんな言葉が飛んできた。

「ルーク様、お茶は要りませんよね」
「………え?ああ、う、うん。もちろん要らないよ」

 来客に対してこの言い方は失礼ではと思ったけれど、リリーにしてみたら厄介事ばかり運んでくるルークはきっとお客様というカテゴリに含まれていないのかもしれない。

 ついでにいうなら、ルークはちょっと困った笑みを浮かべるだけで、気を悪くした様子は微塵もない。

 普段ならそんなやりとりを遠巻きに見つめる私だけれども、今日は私がここに来て欲しいと言った手前、それはさすがに失礼だ。慌てて、リリー………ではなく、フィーネにお茶をお願いする。

 フィーネは私のお願いににこりと笑って頷いてくれたけれど、一瞬ルークに視線を移せばその表情は別のものだった。どういう表情だったかは、敢えて口にはしたくない。

 というやり取りの後、ルークの膝の上には柑橘系の香りのするお茶が注がれたティーカップがある。テーブルで飲まないのは少々、行儀が悪い。けれど、それは多分時間を惜しんでいるからなのだろう。

「ルークさんこんな時に呼び付けてしまってごめんなさい。あのこれ............受け取って下さい」

 謝罪と共に本題を切り出す。そして枕元に置いてあった折り紙が入った箱を差し出せば、ルークは破顔してそれを受け取ってくれた。次いで、まるで玩具を手にした子供のように、いそいそと蓋を開ける。

「へぇーこれ、全部アカリが作ったの!?凄いねっ」

 箱の中身はほとんどが折り鶴だけれど、もしかしてリンさんが他のものでも興味を持ってくれるかという期待から一部は別の作品が入っている。勝手なことをしたかなという不安があったけれど、気に入って貰えて嬉しい。リンさんにも気に入ってもらえたら、もっと嬉しい。

 そして、一つ一つ手に取っては丁寧に戻しているルークに、遠回しなお願いをすれば、彼はすぐに気付いてくれた。

「でも頂いた紙、全部使い切っちゃいました」
「まだいる?」
「できれば………お願いします」

 素直に頭を下げれば、オッケーオッケーと、ルークは快く返事をしてくれた。でも、目が合った途端、にこにことこと弧を描いていた目許が憂えたものに変わった。

「あの.....................ルークさん、私そんなに酷い顔をしてますか?」

 一応この部屋には鏡はある。もちろん枠は白色。そして、今朝私はルークの屋敷に向かう為に身支度をしていたので、何度も鏡に映る自分を目にしていた。

 でも、自分の顔色が良いか悪いかなんていまいち良くわからない。それは私が元の世界では自分の体調に無頓着だったせいなのかもしれないけれど。

 そんなことを頭の隅で考えながらルークに問い掛ければ、彼は的外れなことを口にした。

「ん?アカリはいつも可愛いよ」
「……………そういうことは、リンさんに言ってあげてください」

 こほんと小さく咳ばらいをして、もう一度、端折らずに質問をすることにする。

「私、ルークさんがびっくりするぐらい顔色が悪いですか?」
「うん!」

 そこは、元気に返事をしなくてもいいところだ。それに、顔色の悪さを全力で肯定され期待を裏切られる結果となってしまった私は、とても悔しい。だから、そんなことはないと、ついむきになって言い返してしまった。

「ただの風邪なのに、大袈裟なんです」
「大袈裟なんかじゃないよ」

 ぴしゃりと言い切られ、思わず息を呑む。その表情は今朝のバルドゥールにとても良く似ていた。

「バルドゥールはアカリに甘いから、手荒なことはしないけれど、僕だったら問答無用で抱いていた────」
「ルークさんっ」

 慌てて遮った私に、ルークは不満げな視線を向ける。ああ、彼もバルドゥールと一緒だ。こういう部分の配慮がまったく無い。

「……………他の人がいるのに、そんなこと言わないで下さい」

 声を落としてそう訴えれば、やっと気付いてくれたようで、ルークはなるほどと苦笑した。でも、表情を厳しくして再び口を開いた。

「リンもそうだったけど、君たちは本当にちょっとしたことで、生死を彷徨う身体なんだ。ただの風邪だなんて、甘く見ない方が良いよ」
「……………はぁ」

 もう、何度目だろう。この手の忠告を耳にするのは。そんな気持ちでおざなりな返事をしてしまう。

 そんなふて腐れていると取られても仕方がない私の態度に、ルークは苦笑を浮かべるたまま、この会話を終わらせようとするかのように、こんなことを口にした。

「ま、バルドゥールに限って、無茶をさせるようなことはないだろうけどね」

 その言葉は、まるで全てお見通しだと言われたような気がして妙に腹が立つ。

「そうですね………あの人…………バルドゥールさんは、お仕事熱心な方ですから」

 今朝のやり取りを思い出して、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。けれど、ルークからはお得意の『だよねー』も聞けなかったし、苦笑すら浮かべてくれなかった。

 ルークが浮かべたのは、厳しい表情をした一人の時空の監視者のそれだった。

「随分分かったようなことを言うね」
「違うんですか?」

 食い気味に問うた私に、ルークも食い気味に違うよと言葉を被せた。
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