監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

侍女達と過ごす午後②

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 さて、中途半端に身を起こしていた私だったけれど、説明を受ける側なのにこのまま聞くのは少々失礼ということに気付き、ベッドの上に正座をする。次いで、フィーネに続きを促そうとした。

 ただその前に、この床は絨毯をひいていないのに、二人は膝を付いたまま。このままでは膝が痛なってしまうので、説明を聞く前に、隣に座るようベッドに座るよう手で示す。でも、即座に首を横に振られてしまった。

「このまま説明をさせてください」

 フィーネにぴしゃりと言い切られてしまえば、それ以上強く勧めることはできない。でも、リリーは残念そうな顔をしている。

 リリーだけでも、座ってほしい。そう思ったけれど、それを口にする前に、フィーネが説明を始めてしまった。ただ、その口調は、ちょっと怒ったものだった。

「それでは、お館様が吹っ切れてしまった心情をご説明させていただきます。と言っても、そんな大した理由ではございません。ただ単に、お館様はこのままですと、ご自身が抱える心配や不満が爆発して、以前のようにアカリ様に対して不本意なことをしてしまうと判断したのでしょう。昨日のお館様の厳しい口調は、その予兆でもあります。ここだけの話、お館様はあの後、それはそれは気落ちしておりました。だから、お館様は、アカリ様との関係を維持することに専念するよりも、我慢しないで自分がしたいようにすると決めたのだと思います」

 一気に言い切ったフィーネは呼吸を整えるように大きく深呼吸をした。

「ご、ご説明、ありがとうございます」

 一先ず、丁寧な説明をしてくれたフィーネに感謝の念を伝えると、すぐに息を整えたばかりの彼女から再び質問が飛んで来た。

「ところでアカリ様、お館様をそうさせてしまったご自覚はおありですか?」
「ごめんなさい。まったくありません」

 ぐいっと顔を近づけられて詰問されれば、下手な言い訳などできるわけがない。怒られる覚悟で、素直に答えた瞬間二人からは盛大な溜息を頂戴することになった。

 そして今度はリリーまでもが、こちらに顔を近づけて口を開いた。

「ルーク様に先に言われてしまったのはとても不愉快ですが、アカリ様はもう少しわがままを言って良いと思います。『こんなデザインの服が着たぁーい』とか、『こんなお菓子を食べてみたぁーい』とか、『暇ぁー、つまんなぁーい』とか。アカリ様はとても身体が弱く、この世界ではできることより、できないことのほうが多いかもしれません。だからと言って、やりたいこと、望むことを口にしてはいけないわけではないんです」

 一度も噛むことなく一気に言い切ったリリーは、いつの間にか私の手を握りしめていた。とても温かくて、柔らかい。同世代の女の子の手だった。 

 そして『』の台詞もまさしく同世代の口調で、怒られているはずなのに、リリーがとても可愛らしいと思ってしまう。

「そう言ってもらえてとても嬉しいです。でも、私、バルドゥールさんには、それなりに求めていま…………いえ、そのつもりでした。ごめんなさい」

 私はバルドゥールにかなり我儘を言っている自覚はある。それを伝えようとしただけだったのに、フィーネから物凄い形相で睨まれてしまった。そして発言を撤回せざるを得なかった私に、フィーネはむっとしたまま、こう言った。

「全然っ足りませんっ」
「………………そんなぁ」

 弱りきった声を出した私に、フィーネも困り果てた表情を浮かべてしまった。そんな中、リリーがぽつりと呟いた。

「…………お館様はこうと決めたら、誰にも止めることはできないので、もう諦める他ありません………………」

 ちょっと眉を下げながらこちらを見つめるリリーの瞳は、妙に説得力のあるものだった。

 どうしよう。自分の置かれている状況と、現状が一致していないことに困惑してしまう。そんな途方に暮れた私に向かってフィーネは何故かわからないけれど、表情を一変させ、にこりと笑みを浮かべて口を開いた。

「きっとアカリ様にとったら、お館様の行動は戸惑うことばかりでしょう。でも、私達は、それがとても嬉しいのです」
「え?」

 フィーネの言葉の意味がわからず、何度も瞬きを切り替えしてしまう。想像すらできなかった言葉に、驚き以外の感情がなにも浮かんではこない。そんな中、フィーネはもう一度同じ言葉を吐く。より丁寧に。

「だって、お館様が沢山困らせたりすれば、アカリ様が寂しいと思う暇がないからです」

 そう言ったフィーネは笑っていた。そして私の手を握り続けているリリーも笑っていた。冷笑でもなく嘲笑でもなく、作り笑いでもなく、ふわりとお日様のように。

 けれど、きっと二人を見つめる私はいたずらが見つかってしまった子供のようにバツが悪い顔をしているだろう。

「……………私、寂しそうに見えましたか?」

 認めたくない気持ちからそう問うた私に、二人はあっさりと、しかも同時に頷いた。

「はい。とても」
「はいっ」
「……………………そうですか」

 昨日のルークといい、否定して欲しい時に限って、こんなに強く肯定されてしまうと、私は自分を客観的に見れない人種なのかと疑ってしまう。

 この世界に来て自分が持った感情は、辛いとか苦しいとか嬉しいとか、もどかしいとか遣る瀬無いとか。元の世界で過ごした年月より遥かに短いのに、自分でも驚く程に心が動いた。自分の中にこんなに沢山の感情を持っているのかと目を見張るくらいに。

 けれど、私の心の中で生まれた感情の中で、寂しいというものはなるべく隠していたつもりだった。

 寂しい感情は、何だか自分の弱さをひけらかしているような気がするから。誰かに構って欲しい、慰めて欲しいという甘えに取れてしまうもので、自分の中で最も気付かれたくはない感情だった。

 だから、そんな弱い自分を見せたくなかったし、気付いて欲しくもなかった。それにリリーとフィーネの前で涙を見せたことは一度もなかったはずだし、寂しいと口にしたことすらなかった。

 けれど、彼女たちは、私が抱え込んでいた感情に気付いていた。そして、今、私が寂しくないという理由で笑みを浮かべてくれている。嬉しいと言ってくれている。

 向き合う私たちの距離はかつてない程、近いというのに、互いに抱えている感情は全く別のもの。それは当たり前のことなにに、改めて人と向き合うという難しさを痛感させられる。

 と、そんなつらつらと、頭の中で浮かんでは消える考えを追っていたら、フィーネが再び口を開いた。

「アカリ様は、まるで迷子になった子供のようでした。でも必死に泣くのを堪えていて……………私たちが、少しでも寂しいという感情を指摘してしまったら、そのまま壊れてしまうかのように危うい状態に見えました。でも、そんな思いをさせてしまったのは、わたくしたちの不徳の致すところで………」
「あっいえ、それは………あの、私がバルドゥールさんと────」
「いいえ、お館様も含めて、責任は全て、わたくし達にございます」
「……………………………」

 再び、ぴしゃりと言い切られてしまい、思わず息を呑む。そして、私を見つめる二人の表情に見覚えがあった。

 少しの間のこと、この屋敷を離れていた二人と再会した時と同じ表情だった。
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