監禁された私には、時空の監視者の愛情は伝わらない

茂栖 もす

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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない 

侍女達と過ごす午後③

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 リリーとフィーネにじっと見つめられれば、あの時────故郷から戻って来た二人と再会した記憶が鮮明に蘇った。

 今日のような穏やかな昼下がり。私はまだバルドゥールとやり直しを始めたばかりで、この世界にまだぎこちなさを残していた。
 
 そんな中カイナに連れられて、リリーとフィーネはこの部屋に来た。きっと屋敷に戻ってすぐだったのだろう。彼女達はいつもの水色のお仕着せではなく、普段着だと思われるワンピースのまま。そして緊張のせいか硬い表情をしていた。

 向き合った私達は、最初の言葉が見つからず互いに視線すら合わすことができなかった。そして、カイナに2度溜息を付かれて、私から口を開いたのを覚えている。

 まずは自己紹介をした。それからバルドゥールと行き違いがあったことを伝え、自殺未遂をして二人に迷惑をかけてしまったことを心から謝った。二人は私にきちんと自己紹介を返してくれた。けれど、私の謝罪は受け取ってくれなかった。

 二人は凛と背筋を伸ばして、その時受けた痛みや苦しさをなかったことにしたくないときっぱりと言い切った。今、私を見つめている同じ表情をして。

 てっきり謝罪を受け入れてくれると思った私は、二人の態度にすごく戸惑ったのを覚えている。咄嗟にカイナに助けを求めたのも。

 あの時カイナは、私を擁護することはなかった。それは、リリーとフィーネがどうあっても譲らないのは、確固たる何かがあるから。きっと私が立ち入ってはいけないことなのだろう。

 その真っ直ぐな気持ちは心から尊敬する。そして私が寂しくないことが嬉しいと言ってくれたその笑顔を素直に受け止めたい。

 けれど、私は再び湧いてしまった疑問で頭がいっぱいになり、彼女たちと同じ表情を浮かべることができない。そしてそれは、すぐそばにいる二人にも伝わってしまい、リリーは私の手を握ったまま、悲しそうな表情を浮かべてしまった。

「……………………アカリ様は、私達がお嫌いですか?」
「まさかっ」

 何がどう転んでも、こんな心優しい二人を嫌うことなどあるわけないし、あり得ない。

 ああ、なんていう表情をさせてしまっているのだろう。でもそうさせているのは他ならぬ自分自身だ。

「リリーさんも、フィーネさんも…………そんな顔しないでください。あの…………どうして、そんなに私に親切にしてくれるんですか?」

 そう質問した途端、リリーとフィーネはきょとんとした表情を浮かべた。

「どうしたって言われても…………」

 言葉尻を濁しながらもじもじと俯いた二人を見て、しまったと内心舌打ちをする。

 馬鹿なことを聞いてしまった。二人がこうして私に良くしてくれるのは、仕事だからだ。

 でも、当の本人を目の前にして、そんなことは口に出せないだろう。さて、この質問、彼女達が答える前にどう打ち切ろうか。

 一瞬の間にそんなことを考えていたけれど、フィーネがおずおずと口を開いてしまった。

「…………お、お言葉ですが、アカリ様。アカリ様は─────」
「あのぉー、誰かを好きになるって、理由が必要なんですか?」

 フィーネの発言を遮ったリリーに真顔で問いかけられ、思わず声を失ってしまった。

 ちなみにフィーネは突然割り込んできたリリーに驚いて、目を丸くしている。リリーは、私の質問に意味が分からないという感じで目を丸くしている。そして私は、リリーの唐突な質問に驚いて目を丸くしている。

 今ここでカイナがこの部屋に入ってきたら、私達は彼女の眼にどんな風に映るだろう。

 持っている感情はそれぞれ違うけれど、はたから見たらほぼ同じ顔をしているはず。そしてきっとカイナもそんな私達を見て、目を丸くするだろう。部屋の中で全員が目を丸くする様を想像したら何だか可笑しくなった。

 そしてふっと口元を緩めた途端、フィーネが沈黙を破った。

「………………リリー、あんたねぇ、アカリ様にリリ語をしゃべっても伝わらないわよ」

 急に呆れ混じりの砕けた口調に、瞬きを繰り返してしまうのと同時に、リリ語とは?という新たな疑問が追加されてしまう。でも、すぐにフィーネが説明してくれた。

「アカリ様、リリーの意味不明な発言、お許しください。彼女は、好きになった理由はたくさんあるけれど、好きになるきっかけに理由は必要ないと言いたかったんです」
「理由はいらないのですか?」

 これもまた想像すらしたことがない言葉で、思わずフィーネに食い気味に問うてしまう。そうすれば、二人はちょっと困った顔をしてしまった。

 そしてフィーネは言葉を探すようにしばらく視線を彷徨わす。言葉が見つからないもどかしさは私もとても良くわかるので、そっと彼女から視線をずらした。

 重苦しいとまではいわないけれど、沈黙が落ちた部屋に窓から日が差し込み、光の筋を追えば自然に床の鉄格子の影が視界に映る。

 それを何とはなしに見つめていたら、不意に私の手を握るリリーの手に力が籠った。ちょっと驚いて視線を二人に戻したと同時に、フィーネが再び口を開いた。

「もし、どうしても理由を知りたいというなら、私たちは、アカリ様と会った時……………と言っても、お館様がアカリ様をこのお部屋にお連れしてすぐのことでした。ですので、アカリ様はお休みになられておられましたので、ご記憶はないと思います。その時、私達はこの部屋でお休みになられているアカリ様を見て、ただ純粋にこのお方にお仕えできて嬉しいと思いました。それが全てです」
「……………」

 それは丁寧な説明なのに、とても単純なものだった。思わずそんな理由で良いの?と聞きたくなるぐらいに。

 納得できない気持ちが伝わってしまったのだろう、フィーネは慌てて付け加えた。

「もちろん、アカリ様が目覚めて、一緒にお時間を過ごして、お慕いする理由は沢山出来ました。そしてこれからも、時間を重ねていくうちにどんどん増えていくと思います。でも、始まりは、嬉しいと思った気持ちだけなんです」

 とても有難い言葉を貰っている。でも、ここまで慕ってもらえる理由がわからない。ただ、それを口にするのは何となく憚られた。

 だって二人の表情を見ていればわかる。フィーネは嘘を付いていない。自分の中にあるありったけの言葉で伝えてようとしてくれたのだ。隣にいるリリーも、まるで自分が説明しているかのように真剣な眼差しだ。

 そんなことを考えながら、私はふと五十鈴朱里から、アカリになってから私は沢山名前を呼ばれていることに気付く。

 元の世界では、名を呼ばれることより、『あの娘』と『あの人』という代名詞の方が多かった。

 名前など個人を判別する手段の一つにしか過ぎないから、どう呼ばれてもあまり気にすることは無かった。けれど、名を呼ばれるだけで、胸が暖かくなることを知った。いろんな感情が込められていることを知った。
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