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◆◇第一幕◇◆ 時空の監視者の愛情は伝わらない
頑張れの代わりになるもの①
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バルドゥールと過ごした夜の事はさておき、私は体調を崩してから、リリーとフィーネと共に過ごす時間がぐっと増えた。
といっても、特別、会話が増えたとか、一緒に何かをしたとかはない。リリーとフィーネは私の部屋にいる間はずっと手芸に専念していたし、私もほとんどの時間をベッドで過ごしていたから。
けれど、居心地の悪さが消えれば、ふと目が合えば微笑むこともできるし、二人がそこに居てくれるというだけで、私はとても嬉しかった。
ただ、たまたまリリーに肩を抱かれながら、フィーネの造花作りを覗き込んでいる私を見たバルドゥールはちょっと不満そうだったけれど。
だから私は今でも思っている。
先日の10日目を迎えた晩、病み上がりの私にバルドゥールは手加減をしてくれなかったのは、そのせいじゃないのかと。
だから、少しだけ勇気を出してその理由を訪ねてみた。けれど、バルドゥールは困った笑みを浮かべるだけ。結局、理由は教えてもらえなかった。
真相を明らかにしたい私には、それは少し…………というか、かなり残念だった。
けれど、リリーとフィーネが気にしないで良いと言ってくれたし、バルドゥールからも侍女との距離感について咎めている訳でもないという言葉をもらったので、これ以上追及することはできなかった。
そんな日常を過ごしていたけれど───。
「アカリ、明日は出かけるぞ」
「え?………………お、お気を付けて」
就寝間近に部屋を訪れたバルドゥールは、ベッドから抜け出して窓の外を見つめていた私を視界に納めるなりそう言った。
私はと言えば突然のバルドゥールの言葉に、首を傾げたあと、形式通りの言葉を口にしてしまった。途端、バルドゥールは訝しげに眉を顰め、再び口を開いた。
「お前も一緒に、だ」
「あっ、はい。あの………ありがとうございます」
今度は、すぐに頷いた。だって私が外出できるところは、一つしかないからだ。それはルークの屋敷。つまり私はリンさんに明日、会えるということ。
思ったよりも早くリンさんに会えることが嬉しくて、口元が自然に綻んでしまう。そんなこんなで、思わず感謝の言葉まで口にてしまったけれど、バルドゥールはこちらに向かいながら困ったように眉を下げ、首を横に振った。
「どうやらルークの屋敷と勘違いしているようだが、違うぞ」
「………………そうですか」
行く先を確認せず、喜んでしまったのは私の早とちりだけど、落胆する気持ちは隠せない。しゅんと肩を落とした私に、バルドゥールは申し訳なさそうな表情を浮かべてしまった。
「アカリ、ぬか喜びをさせてしまったようだな。…………すまない」
「あ、あの、いいえっ。私の方こそ、その…………申し訳ないです」
慌てて首を振って彼を見つめれば、自然と視線が絡み合い、私はきゅっと胸を掴まれたような疼きが走る。
なんというか、最近、私はバルドゥールと目が合うと言葉を交わすより、直接心に言葉が届く感じがしてしまう。それはフィーネが言っていた通り、彼が吹っ切れてしまったせいなのだろうか。
バルドゥールは寡黙な人だけれど、その金色の瞳はいつも雄弁に語っている。でも、今までは色で例えるなら中間色。映し出す感情は、全体的に淡い色だった。けれど、今は原色のような明確な色合いをその瞳に映し出している。
3日前抱かれていた時も、そうだった。バルドゥールの瞳は、こっちを見ろ。目を逸らすな。…………そして、気付いてくれ、と。その瞳は私に強く訴えていた。
私は何に気付けば良いのだろか。
バルドゥールが一番強く訴えているものは何なのだろうか。
彼の熱い肌と吐息を全身に受けながら、私はその答えが何なのか気付いていた。けれど、気付かないふりをした。
気付いてしまえば、今まで築き上げてきたバルドゥールとの関係を壊してしまう。それが怖くて、また再び暗闇の中、手探りで進む心細い思いをしたくなくて、私は大切な何かを誤魔化してしまった。間違っているかもしれないという狡い言い訳をして。
そんな経緯があるせいで、私はバルドゥールから視線をずらして、窓に映る夜の帳が落ちた庭に目を向ける。自分の狡さと弱さを隠すために。けれど、バルドゥールは別の意味にしか受け取れなかったようだ。
「ただ、ルークの屋敷には近いうちに行けるよう手配をしておく。…………だから明日は、俺に付き合ってくれ」
バルドゥールの大きな手が私の頬を包み込む。ごつごつとしたその手は、今日も温かい。ちらりと窓に映った彼は、私の為にわざわざ膝を折っていた。
我慢せず自分のやりたいようにすると態度に表したバルドゥールなら、こんなふうに私に気を遣うようなことを言わずとも、一方的に断行すればいいのに。
なのにこんな些細なやり取りでさえ、彼は私に対してとても丁寧に接してくれる。そんなバルドゥールの優しさは十分に伝わっている。そして彼はもう私を傷付ける人間ではないことはちゃんと知っている。
だからここは、にこりと笑って、はいと元気よく頷けば良い。たったそれだけのこと。けれど、私が口にしたのは別の言葉だった。
「どこにと…………聞いても良いですか?」
「行けばわかる」
私の問いに間髪入れずに答えたバルドゥールは、以前一緒に海を見に行った時と同じ台詞を吐いているはずなのに、浮かれた口調からは遠く離れた硬い声音だった。
なんというか、連れて行きたくはない。けれど、行かなければならない。そんな気持ちが伝わってきた。
そして外出先がルークの屋敷ではなく、どこかというのを考えると明確な場所はわからない。でも、ここずっとバルドゥールが激務に追われるはめになっているクズ野郎に関わる場所なのだろう。
となると、明日の行き先はそれに関わる何処か。.........ということをぐるぐる考えた結果、結局わからないということだけしかわからなかった。
といっても、特別、会話が増えたとか、一緒に何かをしたとかはない。リリーとフィーネは私の部屋にいる間はずっと手芸に専念していたし、私もほとんどの時間をベッドで過ごしていたから。
けれど、居心地の悪さが消えれば、ふと目が合えば微笑むこともできるし、二人がそこに居てくれるというだけで、私はとても嬉しかった。
ただ、たまたまリリーに肩を抱かれながら、フィーネの造花作りを覗き込んでいる私を見たバルドゥールはちょっと不満そうだったけれど。
だから私は今でも思っている。
先日の10日目を迎えた晩、病み上がりの私にバルドゥールは手加減をしてくれなかったのは、そのせいじゃないのかと。
だから、少しだけ勇気を出してその理由を訪ねてみた。けれど、バルドゥールは困った笑みを浮かべるだけ。結局、理由は教えてもらえなかった。
真相を明らかにしたい私には、それは少し…………というか、かなり残念だった。
けれど、リリーとフィーネが気にしないで良いと言ってくれたし、バルドゥールからも侍女との距離感について咎めている訳でもないという言葉をもらったので、これ以上追及することはできなかった。
そんな日常を過ごしていたけれど───。
「アカリ、明日は出かけるぞ」
「え?………………お、お気を付けて」
就寝間近に部屋を訪れたバルドゥールは、ベッドから抜け出して窓の外を見つめていた私を視界に納めるなりそう言った。
私はと言えば突然のバルドゥールの言葉に、首を傾げたあと、形式通りの言葉を口にしてしまった。途端、バルドゥールは訝しげに眉を顰め、再び口を開いた。
「お前も一緒に、だ」
「あっ、はい。あの………ありがとうございます」
今度は、すぐに頷いた。だって私が外出できるところは、一つしかないからだ。それはルークの屋敷。つまり私はリンさんに明日、会えるということ。
思ったよりも早くリンさんに会えることが嬉しくて、口元が自然に綻んでしまう。そんなこんなで、思わず感謝の言葉まで口にてしまったけれど、バルドゥールはこちらに向かいながら困ったように眉を下げ、首を横に振った。
「どうやらルークの屋敷と勘違いしているようだが、違うぞ」
「………………そうですか」
行く先を確認せず、喜んでしまったのは私の早とちりだけど、落胆する気持ちは隠せない。しゅんと肩を落とした私に、バルドゥールは申し訳なさそうな表情を浮かべてしまった。
「アカリ、ぬか喜びをさせてしまったようだな。…………すまない」
「あ、あの、いいえっ。私の方こそ、その…………申し訳ないです」
慌てて首を振って彼を見つめれば、自然と視線が絡み合い、私はきゅっと胸を掴まれたような疼きが走る。
なんというか、最近、私はバルドゥールと目が合うと言葉を交わすより、直接心に言葉が届く感じがしてしまう。それはフィーネが言っていた通り、彼が吹っ切れてしまったせいなのだろうか。
バルドゥールは寡黙な人だけれど、その金色の瞳はいつも雄弁に語っている。でも、今までは色で例えるなら中間色。映し出す感情は、全体的に淡い色だった。けれど、今は原色のような明確な色合いをその瞳に映し出している。
3日前抱かれていた時も、そうだった。バルドゥールの瞳は、こっちを見ろ。目を逸らすな。…………そして、気付いてくれ、と。その瞳は私に強く訴えていた。
私は何に気付けば良いのだろか。
バルドゥールが一番強く訴えているものは何なのだろうか。
彼の熱い肌と吐息を全身に受けながら、私はその答えが何なのか気付いていた。けれど、気付かないふりをした。
気付いてしまえば、今まで築き上げてきたバルドゥールとの関係を壊してしまう。それが怖くて、また再び暗闇の中、手探りで進む心細い思いをしたくなくて、私は大切な何かを誤魔化してしまった。間違っているかもしれないという狡い言い訳をして。
そんな経緯があるせいで、私はバルドゥールから視線をずらして、窓に映る夜の帳が落ちた庭に目を向ける。自分の狡さと弱さを隠すために。けれど、バルドゥールは別の意味にしか受け取れなかったようだ。
「ただ、ルークの屋敷には近いうちに行けるよう手配をしておく。…………だから明日は、俺に付き合ってくれ」
バルドゥールの大きな手が私の頬を包み込む。ごつごつとしたその手は、今日も温かい。ちらりと窓に映った彼は、私の為にわざわざ膝を折っていた。
我慢せず自分のやりたいようにすると態度に表したバルドゥールなら、こんなふうに私に気を遣うようなことを言わずとも、一方的に断行すればいいのに。
なのにこんな些細なやり取りでさえ、彼は私に対してとても丁寧に接してくれる。そんなバルドゥールの優しさは十分に伝わっている。そして彼はもう私を傷付ける人間ではないことはちゃんと知っている。
だからここは、にこりと笑って、はいと元気よく頷けば良い。たったそれだけのこと。けれど、私が口にしたのは別の言葉だった。
「どこにと…………聞いても良いですか?」
「行けばわかる」
私の問いに間髪入れずに答えたバルドゥールは、以前一緒に海を見に行った時と同じ台詞を吐いているはずなのに、浮かれた口調からは遠く離れた硬い声音だった。
なんというか、連れて行きたくはない。けれど、行かなければならない。そんな気持ちが伝わってきた。
そして外出先がルークの屋敷ではなく、どこかというのを考えると明確な場所はわからない。でも、ここずっとバルドゥールが激務に追われるはめになっているクズ野郎に関わる場所なのだろう。
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