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寄り道の章

イケメンにハッタリかましてみました②

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 一発勝負のはったりをかましてみたけれど、ナギは何も言わない。

 向かい合ったまま息苦しい沈黙が落ちる。それに耐え切れなくなったのは私の方で、思わずごくりと息を呑んでしまったのをきっかけに、ナギは静かに口を開いた。


「───…………瑠璃殿、ちょっと待って下さい」
「なっ、何でしょう」

 さっきまであんなに仰天していたナギだったが、今はそれが嘘だったかのように落ち着き払っている。

「瑠璃殿が、追われている身ということが本当なら、どうしてすぐに逃げなかったのです?」

 痛いところをつかれしまった。慌てる私をよそに、ナギは畳み掛けるように口を開いた。

「それにもし仮に私とシュウトさまが、あなたを追って来たものだとしましょう。私達は、あなたを見つけ次第、連行しますよ?わざわざ、屋敷に匿う理由がありません」

 ごもっともだ。何も言い返せない。言葉に詰まる私を見つめながら、ナギはきゅっと眉間に皺を寄せた。

「瑠璃殿、話をすり替えないで下さい。あなたのことと、シュウトさまの件は全く別です」

 ああ、駄目だったか。どうやら私は、玉砕してしまったようだ。でももう、次の打開策は見つからない。

 だからもう誤解を解くのも、ハッタリをかますのも……この場から逃げることも諦めた。でも諦める代わりに、ナギに聞いてみたいことがある。

「ねぇナギさん、もし違う出会いをしたら、私のこと嫌わずにいてくれた?」

 意外なことに今度はナギが取り乱した。

「瑠璃殿……何を……」

 ナギの瞳が揺れる。わたしに向かっている剣先も僅かに揺れた。なんだろう、その僅かなことがすごく嬉しい。

 そして、ナギは泣きそうな顔でこう答えてくれた。

「当たり前じゃないですか」

 ありがとう。その言葉だけで心が満たされてゆく。
 
 そっか、そうなんだ。こんな風にこじれてしまったのは、ただ出会い方を間違えてしまっただけだからなのだ。やり直すことはできないけれど、私を嫌わずにいてくれただけでもう十分だ。

 だからこう質問した。

「ねえナギさん、私が崖から飛び降りるのと斬られるの……どっちがナギさんが苦しまなくてすむかな?」


 私の問いにナギは、答えてくれてない。

 でも、私の首に突き立てた太刀が、ゆっくりと降りる。これがナギの答えなのだろうか。もしそうだとしたら、すごく嬉しい

 ───でも、ナギは私を斬らなきゃいけない、シュウトを護るために。詳しくはわからないけれど、そうせざるを得ない理由があるのだろう。そして、そうさせてしまったのは、他でもない私だ。

 例えば、ナギに言われるまま私がずっとシュウト屋敷に居続ける。それでは解決にはならない。きっともうすぐお迎えが来る。そうなった時、どうなるのだろう。お迎えの人は、諦めてくれるのだろうか。それともナギは私を見逃してくれるのだろうか。

 もし、双方の意見が合わなかったら……最悪の場合、私がこの世界に関わってしまった事で、争いが起きて誰かが血を流すかもしれない。それは嫌だ、絶対に。


『深入りしないでね、ろくなことにならないだろうから』


 風神さんは、これを案じていたのだろう。

 異世界人がむやみに関われば、歪が産まれ関係ない人まで傷付いてしまうということを。

 だから、しつこいくらいに深入りするなと釘を刺されたのだ。でも私は、その忠告を無視してしまった。そしてその結果がコレである。自業自得、その言葉以外みつからない。


 本当は私だって、死にたくなんかない。自由になるために、風神さんと契約して、ここに来たんだから。まして誰かに殺されるなんて論外だ。だから、思いつく限り死なない方法を考えてみた。

 残る方法は殺さないでと、泣きながら懇願するくらいだろう。でも、そんなことで済むならナギは最初からシュウトの目を盗んで、私をこんなところに連れてきたりなんかしない。全部、一人で背負う覚悟でここに来たんだ。

 私だって、つい最近まで一人じゃ抱えきれない罪とか責任を負ってきた。

 だから私より遥かに死地に赴くような顔つきのナギに敢えて伝えたい。これ以上苦しまないでいいよ、と。


 私は、ナギが好きだ。それは恋慕とか情愛とかじゃなくて、敬愛とか親愛に近いもの。だって、彼は私の恩人であり私が欲しいと思っていたものをくれた人なのだから。


 ナギが、私にくれたものは、温かく美味しいご飯。早く寝なさいとか、好き嫌いはダメとか相手を想う小言。熱はないかと、痛いところはないかという心配してくれる優しさ。

 それは、ありきたりなことかもしれないけれど、私にとったらずっとずっと、憧れていた事。だけど、一族の中で孤立し生贄になる為に生まれてきた私には絶対に手に入れられないものだと思っていた。

 なのにナギは私に大切な事まで教えてくれた。

 心を込めて『ごちそうさま』と言うことを、小言を言われ『はーい』と、言いつつ口を尖らすことを、心配されるとくすぐったい気持ちになることを。

 そんなかけがえのなのないものを、今、私を殺そうとしているその手から、貰ったことは消せない事実なのだ。

 この世界で、何をもらっても私には返すことができないと思っていた。でも、一つだけあげれるものがあった。

 これで、ナギの憂いが一つでも減るなら、どうか受け取ってほしい。


「斬って良いですよ。ナギさん」


 何も答えずただ私を見つめるナギに向かって、私は両手を広げて誰かにプレゼントを渡す直前のような気持ちで、えへへと笑ってみた。

 ナギは信じられないといったように、目を見張る。そんな彼を見つめながらふと思う、斬られるのって痛いのかなと。でも、きっと大丈夫。彼は痛みを感じる前に、私を殺してくれるだろう。

 しかし、どれだけ待っても、太刀は私に届くことはなかった。

 選択肢は、二つしかない。残る一つは、私からすることだ。


「ナギさん、バイバイ」

 軽く手を振り、ナギに背を向け走り出した。

「瑠璃殿!?」

 ナギが声を張り上げるのと同時に、太刀を放り出す音が聞こえた。でも私は、振り返らない。

 そしてそのまま───自分から崖へ身を投げた。




 風神さん、ごめんなさい。お遣いは志半ばで、力尽きそうです。
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