お遣い中の私は、桜の君に囚われる

茂栖 もす

文字の大きさ
19 / 45
寄り道の章

イケメンにハッタリかましてみました②

しおりを挟む
 一発勝負のはったりをかましてみたけれど、ナギは何も言わない。

 向かい合ったまま息苦しい沈黙が落ちる。それに耐え切れなくなったのは私の方で、思わずごくりと息を呑んでしまったのをきっかけに、ナギは静かに口を開いた。


「───…………瑠璃殿、ちょっと待って下さい」
「なっ、何でしょう」

 さっきまであんなに仰天していたナギだったが、今はそれが嘘だったかのように落ち着き払っている。

「瑠璃殿が、追われている身ということが本当なら、どうしてすぐに逃げなかったのです?」

 痛いところをつかれしまった。慌てる私をよそに、ナギは畳み掛けるように口を開いた。

「それにもし仮に私とシュウトさまが、あなたを追って来たものだとしましょう。私達は、あなたを見つけ次第、連行しますよ?わざわざ、屋敷に匿う理由がありません」

 ごもっともだ。何も言い返せない。言葉に詰まる私を見つめながら、ナギはきゅっと眉間に皺を寄せた。

「瑠璃殿、話をすり替えないで下さい。あなたのことと、シュウトさまの件は全く別です」

 ああ、駄目だったか。どうやら私は、玉砕してしまったようだ。でももう、次の打開策は見つからない。

 だからもう誤解を解くのも、ハッタリをかますのも……この場から逃げることも諦めた。でも諦める代わりに、ナギに聞いてみたいことがある。

「ねぇナギさん、もし違う出会いをしたら、私のこと嫌わずにいてくれた?」

 意外なことに今度はナギが取り乱した。

「瑠璃殿……何を……」

 ナギの瞳が揺れる。わたしに向かっている剣先も僅かに揺れた。なんだろう、その僅かなことがすごく嬉しい。

 そして、ナギは泣きそうな顔でこう答えてくれた。

「当たり前じゃないですか」

 ありがとう。その言葉だけで心が満たされてゆく。
 
 そっか、そうなんだ。こんな風にこじれてしまったのは、ただ出会い方を間違えてしまっただけだからなのだ。やり直すことはできないけれど、私を嫌わずにいてくれただけでもう十分だ。

 だからこう質問した。

「ねえナギさん、私が崖から飛び降りるのと斬られるの……どっちがナギさんが苦しまなくてすむかな?」


 私の問いにナギは、答えてくれてない。

 でも、私の首に突き立てた太刀が、ゆっくりと降りる。これがナギの答えなのだろうか。もしそうだとしたら、すごく嬉しい

 ───でも、ナギは私を斬らなきゃいけない、シュウトを護るために。詳しくはわからないけれど、そうせざるを得ない理由があるのだろう。そして、そうさせてしまったのは、他でもない私だ。

 例えば、ナギに言われるまま私がずっとシュウト屋敷に居続ける。それでは解決にはならない。きっともうすぐお迎えが来る。そうなった時、どうなるのだろう。お迎えの人は、諦めてくれるのだろうか。それともナギは私を見逃してくれるのだろうか。

 もし、双方の意見が合わなかったら……最悪の場合、私がこの世界に関わってしまった事で、争いが起きて誰かが血を流すかもしれない。それは嫌だ、絶対に。


『深入りしないでね、ろくなことにならないだろうから』


 風神さんは、これを案じていたのだろう。

 異世界人がむやみに関われば、歪が産まれ関係ない人まで傷付いてしまうということを。

 だから、しつこいくらいに深入りするなと釘を刺されたのだ。でも私は、その忠告を無視してしまった。そしてその結果がコレである。自業自得、その言葉以外みつからない。


 本当は私だって、死にたくなんかない。自由になるために、風神さんと契約して、ここに来たんだから。まして誰かに殺されるなんて論外だ。だから、思いつく限り死なない方法を考えてみた。

 残る方法は殺さないでと、泣きながら懇願するくらいだろう。でも、そんなことで済むならナギは最初からシュウトの目を盗んで、私をこんなところに連れてきたりなんかしない。全部、一人で背負う覚悟でここに来たんだ。

 私だって、つい最近まで一人じゃ抱えきれない罪とか責任を負ってきた。

 だから私より遥かに死地に赴くような顔つきのナギに敢えて伝えたい。これ以上苦しまないでいいよ、と。


 私は、ナギが好きだ。それは恋慕とか情愛とかじゃなくて、敬愛とか親愛に近いもの。だって、彼は私の恩人であり私が欲しいと思っていたものをくれた人なのだから。


 ナギが、私にくれたものは、温かく美味しいご飯。早く寝なさいとか、好き嫌いはダメとか相手を想う小言。熱はないかと、痛いところはないかという心配してくれる優しさ。

 それは、ありきたりなことかもしれないけれど、私にとったらずっとずっと、憧れていた事。だけど、一族の中で孤立し生贄になる為に生まれてきた私には絶対に手に入れられないものだと思っていた。

 なのにナギは私に大切な事まで教えてくれた。

 心を込めて『ごちそうさま』と言うことを、小言を言われ『はーい』と、言いつつ口を尖らすことを、心配されるとくすぐったい気持ちになることを。

 そんなかけがえのなのないものを、今、私を殺そうとしているその手から、貰ったことは消せない事実なのだ。

 この世界で、何をもらっても私には返すことができないと思っていた。でも、一つだけあげれるものがあった。

 これで、ナギの憂いが一つでも減るなら、どうか受け取ってほしい。


「斬って良いですよ。ナギさん」


 何も答えずただ私を見つめるナギに向かって、私は両手を広げて誰かにプレゼントを渡す直前のような気持ちで、えへへと笑ってみた。

 ナギは信じられないといったように、目を見張る。そんな彼を見つめながらふと思う、斬られるのって痛いのかなと。でも、きっと大丈夫。彼は痛みを感じる前に、私を殺してくれるだろう。

 しかし、どれだけ待っても、太刀は私に届くことはなかった。

 選択肢は、二つしかない。残る一つは、私からすることだ。


「ナギさん、バイバイ」

 軽く手を振り、ナギに背を向け走り出した。

「瑠璃殿!?」

 ナギが声を張り上げるのと同時に、太刀を放り出す音が聞こえた。でも私は、振り返らない。

 そしてそのまま───自分から崖へ身を投げた。




 風神さん、ごめんなさい。お遣いは志半ばで、力尽きそうです。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

猫なので、もう働きません。

具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。 やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!? しかもここは女性が極端に少ない世界。 イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。 「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。 これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。 ※表紙はAI画像です

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

転生令嬢と王子の恋人

ねーさん
恋愛
 ある朝、目覚めたら、侯爵令嬢になっていた件  って、どこのラノベのタイトルなの!?  第二王子の婚約者であるリザは、ある日突然自分の前世が17歳で亡くなった日本人「リサコ」である事を思い出す。  麗しい王太子に端整な第二王子。ここはラノベ?乙女ゲーム?  もしかして、第二王子の婚約者である私は「悪役令嬢」なんでしょうか!?

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

答えられません、国家機密ですから

ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

処理中です...