サングレアル ―王の血脈―

フジーニー

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第一章

第三話 アグネロ×ヒマレ

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二人は後部座席に並んで座った。
進行方向に向かって、右に女、左に男。

タクシーは静かに夜の街へ滑り出す。

「なあ」

男が腕を組んで横を見る。

「金いらないって言ったのにタクシー代は俺持ちって、ちょっと矛盾してないか?」

「“無駄なお金”が嫌いって言ったの」

女は前を向いたまま答える。

「これは必要経費。歩き疲れたし」

「なるほど。正直だな」

「うるさい」

その時、男の腹が小さく鳴った。

「……やばい、腹減った」

「さっきブドウ食べたでしょ」

「ひと房だぞ?あれは前菜だ」

運転手がミラー越しに笑う。

「兄ちゃん腹減ってんのか?この辺、夜でも屋台やってるぞ。寄るか?」

男の目が輝いた。

「寄る!」

タクシーは少し先の屋台通りへとハンドルを切る。

赤提灯の灯りが並ぶ中、ひときわ目立つ暖簾。

【名物 ケチャカツ丼】

「それだ!」

数分後、湯気を立てる丼が後部座席へ渡された。

白飯の上に分厚いカツ。
そして鮮やかな赤いケチャップソースが大胆にかかっている。

「うっわ、最高……」

男は箸を割る。

女は横目で見る。

「……それ、本当に美味しいの?」

「疑うな。ケチャカツ丼は正義だ」

一口。

「うまっ!」

女の喉が小さく鳴った。

「食う?」

「いらない」

「ほんとか?」

沈黙。

「……少しなら」

「おっちゃん、もう一つ!」

二つ目の丼が渡される。

しばらく無言。

ヒマレの箸は止まらない。

「どうだ?」

「……悔しいけど、美味しい」

男は満足そうに頷いた。

「だろ?」

少し空気が柔らぐ。

やがて男がぽつりと言う。

「なあ」

声色が少し変わる。

「サングレアルのこと、なんでそんなに嫌いなんだ?」

女の手が止まった。

「……どうしてあなたは、サングレアルを探してるの?」

「会わなきゃいけない奴がいる」

一瞬だけ、目が真っ直ぐになる。

だがすぐに笑う。

「ま、今はケチャカツ丼優先だけどな!」

女は呆れながらも、小さく笑った。

その時、窓に小さな音が当たる。

雨がぽつりと降り始めていた。

窓を叩く小さな水滴。

ヒマレが言う。

「私の町にいるわよ」

「バロンドーム」

空気がわずかに変わる。

「……近づくなら覚悟した方がいい」

ヒマレは窓の外を見たまま続ける。

「簡単に会える相手じゃない」

「それでも行く」

即答だった。

ヒマレは男を見る。

「……本当に変な人」

「よく言われる」

少し間。

男が言う。

「そういや、まだ名乗ってなかったな」

女は一瞬ためらう。

「……ヒマレ。十八」

「いい名前だな!」

「あなたは?」

「アグネロ。十七」

名前が交わる。

外の雨は少し強くなっている。

ヒマレは窓の外を見る。

「私の町は、ミサト町っていうの。美しい里って意味」

「いいとこそうじゃん」

「“だった”のよ」

アグネロの笑顔が少し消える。

「今は?」

「人の心はボロボロ。それでもワインだけは作り続けてる」

「なんで?」

ヒマレは拳を握った。

「生きるため」

「ワインで?」

「上納するためよ」

静かに言う。

「バロンドームに」

沈黙。

タクシーは雨の中を走る。

アグネロは真面目な顔でヒマレを見る。

「話してくれ」

ヒマレは彼の目を覗き込む。

「……目」

「目?」

「人の目は嘘をつけないって、お婆ちゃんが言ってた」

少し微笑む。

「あなたの目、綺麗だから」

アグネロは照れくさそうに笑った。

「ありがとう」

ヒマレは深く息を吸う。

「だから話す」

窓の外の雨を見つめながら言った。

「バロンドームが来る前の、ミサト町のこと」

タクシーは闇を裂きながら走り続ける。

物語は、次の段階へ進む。
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