サングレアル ―王の血脈―

フジーニー

文字の大きさ
13 / 20
第一章

第十二話 バロンドームの名

しおりを挟む
___ワイン工場

アグネロが去ってから、五分ほど。

誰も口を開かなかった。

割れた瓶の匂いと、アルコールと血の混じった空気だけが漂っている。

皆、生きる力を奪われたように立ち尽くしていた。

――その時。

外から慌ただしい足音と声が響く。

「大変だー! 大変だー!」

工場の扉から飛び込んできたのは、宿の女将だった。

息を切らし、顔色を変えている。

「みんな……さっき、ここから出ていった男はな……ロイヤルブラッドじゃ!」

空気が止まる。

「本当か、女将さん」

工場長が震える声で問う。

「あぁ、本当だ。ワシはな、あの男が怪しいと思っておった。だから“あいよ”以外、余計なことは言わんようにしてたんじゃ」

手に握ったレシートを掲げる。

「だがな……カードの持ち主の名前が、はっきり印字されておった。アグネロ・バロンドームと」

……!」

ざわめきが広がる。

ヒマレは口元を押さえる。

「アグネロが……バロンドーム家の一族……?」

現実が追いつかない。

工場長が歯を食いしばる。

「上納日を守れば、それ以外に危害はなかった……今までは。だが今回は違う。期限前にワインを飲み、割り、数を足りなくさせる……」

拳を握る。

「僕たちは、嵌められたのか……?」

沈黙。

その中で、ヒマレが顔を上げる。

「工場長、まだ時間はあります」

声は震えているが、目は強い。

「ギリギリまで抗いましょう。諦めるのはまだ早い!」

空気がわずかに動く。

工場長が深く息を吸う。

「……そうだな。ありがとう、ヒマレちゃん。みんな、あと少し力を貸してくれるか!」

「当たり前っすよ!」
「絶対死なねぇ!」
「材料まだある!」
「動ける奴はライン戻れ!」

疲労に沈んでいた体が、再び立ち上がる。

これが、ミサト町の意地だった。

その一方で――

ヒマレはエプロンを外す。

「工場長」

「どうした、ヒマレちゃん」

「アグネロをここに連れてきたのは私です。こうなった責任は私にあります」

一歩前に出る。

「もう誰かの言いなりなんて嫌です。私は……真実を確かめたい!」

工場長はしばらく黙り、そして頷いた。

「分かった。ただし無茶はするな。命は大切にしろ」

「はい。ワインは頼みます」

ヒマレは振り返らず、工場を飛び出した。

(やっぱり何かがおかしい……)

走りながら考える。

(こんなことして、バロンドームに何のメリットがあるの……?)

疑問が、確信へ変わり始めていた。



___ウェルシア大聖堂

ファイの拠点。

大人百人は入れる石造りの建物。

内部では黒スーツの男たちがくつろいでいた。

「今日は上納日だぜ! 早くワイン持ってこねーかな」

「たまには遅れてきて、一人か二人殺すのも悪くねぇだろ?」

「がっはっは!」

下卑た笑い。

その時――

爆音。

扉が内側へ吹き飛ぶ。

黒スーツAがそのまま弾き飛ばされ、床を転がる。

煙の中から現れたのは、ボロボロの服の男。

アグネロ。

「誰だお前! 俺たちに楯突くってことは命はいらねぇってことでいいんだな!? あぁん?」

黒スーツBが怒鳴る。

アグネロはゆっくり顔を上げる。

「命ねぇ……」

鼻で笑う。

「いらねぇ命なんて、この世にあんのかよ。このアホ」

空気が変わる。

黒スーツBが一瞬たじろぐ。



一方その頃。

ヒマレは大聖堂の手前まで辿り着いていた。

全力疾走。

呼吸が荒い。

爆音が響いた方向を見る。

そこに――

扉を蹴破ったアグネロの姿。

「アグ……ネロ……」

声にならない。

彼は中へ消えていく。

ヒマレは遅れて到着し、重い足を引きずりながら大聖堂の窓へ近づく。

震える手で縁に触れ、中を覗き込んだ。

これから何が起こるのか。

まだ誰も知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

短編)どうぞ、勝手に滅んでください。

黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。 あらすじ) 大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。 政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。 けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。 やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。 ーーー ※カクヨム、なろうにも掲載しています

使い捨て聖女の反乱

あんど もあ
ファンタジー
聖女のアネットは、王子の婚約者となり、瘴気の浄化に忙しい日々だ。 やっと浄化を終えると、案の定アネットは聖女の地位をはく奪されて王都から出ていくよう命じられるが…。 ※タイトルが大げさですがコメディです。

【完結】無能と婚約破棄された令嬢、辺境で最強魔導士として覚醒しました

東野あさひ
ファンタジー
無能の烙印、婚約破棄、そして辺境追放――。でもそれ、全部“勘違い”でした。 王国随一の名門貴族令嬢ノクティア・エルヴァーンは、魔力がないと断定され、婚約を破棄されて辺境へと追放された。 だが、誰も知らなかった――彼女が「古代魔術」の適性を持つ唯一の魔導士であることを。 行き着いた先は魔物の脅威に晒されるグランツ砦。 冷徹な司令官カイラスとの出会いをきっかけに、彼女の眠っていた力が次第に目を覚まし始める。 無能令嬢と嘲笑された少女が、辺境で覚醒し、最強へと駆け上がる――! 王都の者たちよ、見ていなさい。今度は私が、あなたたちを見下ろす番です。 これは、“追放令嬢”が辺境から世界を変える、痛快ざまぁ×覚醒ファンタジー。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

平手打ちされたので、婚約破棄宣言に拳でお答えしました

Megumi
恋愛
婚約破棄を告げられ、婚約者に平手打ちされた——その瞬間。 伯爵令嬢イヴの拳が炸裂した。 理不尽に耐える淑女の時代は、もう終わり。 これは“我慢しない令嬢”が、これまでの常識を覆す話。

悪役令嬢は断罪の舞台で笑う

由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。 しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。 聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。 だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。 追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。 冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。 そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。 暴かれる真実。崩壊する虚構。 “悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...