不思議なショートストーリーたち

フジーニー

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命の天秤

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2025年11月11日 23:11

俺のスマホが突然、真っ白に染まった。  
画面に浮かぶ文字は、まるで骨の髄まで冷やすような無機質なフォントだった。

```
命の天秤 参加確定
残り時間:11時間49分

ルールはシンプルだ。
あなたは今日、11人の命を量る。
天秤の左に1人 右に多数
どちらかを選ぶ。
選ばれた側は即座に死ぬ。
選ばれなかった側は生き延びる。
辞退・拒否は認められない。

開始まであと10秒。
```

カウントダウンが始まる。  
9…8…7…

俺は高橋翔、28歳。普通の会社員。恋人の美咲と同棲し、平凡な日常をただ生きていた。  
こんな悪夢が自分に降りかかる理由など、考えられるはずもなかった。

0

最初の天秤が現れた。

【左】  
・佐藤美咲(23歳・あなたの恋人・現在隣で眠っている・心臓に軽度の不整脈あり・余命予測20年以上)

【右】  
・新幹線500系「のぞみ217号」乗客500人  
(現在名古屋→東京間を時速285kmで走行中・うち子供87人・妊婦2人)

残り時間:30秒

俺は美咲を揺り起こした。  
「美咲……これ、見てくれ……」

彼女は眠そうに目をこすり、画面を見て瞬時に覚醒した。  
顔から血の気が引く。  
でも、美咲はすぐに俺の手を握りしめた。

「翔……私でいい。500人だよ。数字で考えたら、答えは決まってる。」

彼女の声は震えていなかった。  
美咲は昔からそうだった。誰かを傷つけるくらいなら、自分が傷つくことを選ぶ。  
それが、俺が彼女を愛した理由の一つだった。

残り12秒。

俺の指は左の名前をタップした。

画面が血のように赤く染まる。

```
選択完了
佐藤美咲 死亡確認
残り10回
次の天秤まで 00:59:11
```

美咲の体が、俺の腕の中で力を失った。  
まだ温かい。  
でも、鼓動はもうない。

俺は声を上げようとした。  
喉が裂けるほど叫ぼうとした。  
でも、何も出なかった。  
ただ、涙だけが頰を伝い、美咲の冷たくなっていく髪を濡らした。


次の天秤。

【左】  
・高橋恵子(54歳・あなたの母親・肺がんステージ3・余命半年と診断済み・今夜は自宅で眠っている)

【右】  
・東京都立青葉小学校 全校児童312人+引率教員18人  
(修学旅行中のバス3台・中央自動車道を走行中・平均年齢9.8歳)

残り時間:15秒

母親に電話をかけた。  
繋がらない。  
もう、選択は強制される。

俺は思い出した。  
母親が癌を告白された日、俺は何もできなかった。  
「大丈夫」としか言えなかった。  
本当は、寄り添ってあげられたはずだ。
もっと、母親の苦しみを分かち合いたかった。

残り5秒。

俺は右をタップした。

即座にニュース速報がスマホに飛び込んできた。  
中央道でバス3台が玉突き衝突。  
330人全員死亡。  
生存者ゼロ。

母親は助かった。  
でも、俺の胸の奥に、330人の小さな命の重さがのしかかった。

その後も、天秤は容赦なく降ってきた。

・地下鉄サリン事件を模したテロ(被害予測8000人)  
・老朽化したダムの決壊(下流住民3万2000人)  
・成田発ロサンゼルス行きの旅客機墜落(乗客379人)  
・原発冷却システムの暴走(半径50km圏内住民15万人)

俺は毎回、「知らない多数」を選んだ。  
いや、選ばされた。

だが、回を重ねるごとに気づいた。  
これらの災害は、すべて俺の人生と奇妙に重なっていた。

美咲は高校時代、ストーカー被害に遭い、俺がもっと強く守れていたら。
母親の癌は、俺がもっと早く気づいていれば進行を遅らせられたかもしれない。  

地下鉄サリン事件の日、近くに居た俺は偶然遅刻して電車に乗らなかった。  
ダムは、幼い頃に家族でピクニックに行った場所。  
旅客機は、俺が一度キャンセルした海外旅行の便と同じ機種、同じ路線。

すべては、過去の俺が「助かった」瞬間。  
俺が「選ばれなかった」側にいた瞬間。

この天秤は、俺の人生が無意識に「多数の犠牲の上に成り立っていた」ことを、強制的に認識させる儀式だった。



残り時間:00:11:11

最後の画面。

【左】  
・高橋翔(28歳・現在のあなた・心拍数112・血圧上昇中・精神的負荷限界値)

【右】  
・これまでにあなたが選択により死亡させた人数と同じ数の誰か   合計12,847人  
(年齢分布:0歳~92歳・国籍32カ国)

下に小さな注釈。

```
今回に限り特例を認める。
両方を同時に選択可能。
その場合、あなたは自らの命と12,847人の命を差し出し、
「命の天秤」の管理者となる。
次の参加者が現れるまで、永遠にここに留まる。
あなたはもう選択を強要されない。
代わりに、あなたがすべての選択を肩代わりする。
ループは続く。
辞退はできない。
```

俺は、初めて笑った。

これが答えだった。

俺の人生は、知らず知らずのうちに無数の「選ばれなかった命」の上に成り立っていた。  
それを清算するには、俺自身が天秤の秤になるしかない。

両方のボタンを、強く同時に押した。

画面が粉々に割れ、  
世界が純白に溶けた。

俺は今、真っ白な空間にいる。  
時間も重力も存在しない場所。

目の前に、次の参加者が現れた。  
20歳くらいの女の子。  
震えながら、スマホを握りしめている。

俺は穏やかに声をかけた。

「怖くないよ。大丈夫。」

天秤が現れる。

【左】 彼女の大切な人  
【右】 見知らぬ多数

女の子が泣き崩れそうになる。

俺は静かに、自分の胸を叩いた。

「俺が代わりに選ぶ。  
 全部、俺が引き受けるから。  
 君は、もう泣かなくていい。」

だから、  
次のあなたも、  
苦しまなくていいように。

俺は永遠にここにいる。

#### エピローグ 2025年11月12日 00:00

世界中のニュースが、奇妙な現象を報じていた。

・新幹線大規模脱線事故 奇跡的に死亡者0
・修学旅行バス玉突き衝突 運転手の急病なく無事通過  
・テロ計画 実行直前に首謀者全員が同時心停止  
・ダム決壊危機 原因不明の構造強化現象で回避  
・旅客機エンジントラブル 奇跡的な緊急着陸成功

この一夜で、予測された大惨事がすべて「未然に防がれた」。

誰も知らない。  
12,847人と、  
一人の男の命が、  
その代償だったことを。

ただ、どこかの誰かが、  
今夜初めて、  
本当に安心して眠りについた。

それだけで、  
十分だった。

俺は今も、  
静かに天秤の前に立っている。

次の誰かが来るまで。  
永遠に。

誰も、もう  
選ばなくていいように。
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