22 / 53
バスジャック・リバース
しおりを挟む朝のラッシュアワー。東京郊外から渋谷方面へ向かう路線バス「渋谷行 急行」は、いつものようにぎゅうぎゅうに混み合っていた。
座席はすべて埋まり、通路にも立つ乗客がびっしり。スマホをいじるサラリーマン、イヤホンで音楽を聴く学生、うとうと居眠りするお年寄り──一見、どこにでもある平凡な通勤風景。
しかし、このバスには、誰も知らない秘密があった。
後部のドアが開き、黒いマスクをした三人の男が乗り込んできた。
一人は鋭く光るナイフを握り、もう一人は拳銃を腰に差し、最後の一人はコートの下にショットガンを隠している。リーダー格の男が、運転手のすぐ後ろに立ち、突然怒鳴り散らした。
「全員、動くな! これはバスジャックだ! 金目のものは全部出せ! 携帯、財布、時計──全部だ! 抵抗する奴は容赦なくぶっ殺す!」
車内が一瞬で凍りついた。
乗客たちは息を呑み、ゆっくりと顔を上げる。犯人たちは満足げに笑った。監視カメラは事前に破壊済み。運転手には銃口を突きつけ、逃げ場はない。完璧な計画のはずだった。
だが、その笑顔はすぐに引き攣った。
最前列に座っていたスーツ姿のサラリーマンが、静かにスマホをポケットにしまい、ため息をついた。
「……朝っぱらから、ほんと面倒くさいなあ」
その男──佐藤健太、35歳。表向きは普通の営業マンだが、かつては「幻影の強盗」と恐れられた連続銀行強盗犯だった。超高速移動の能力で、どんな警備網も突破し、数億円を奪い取っていた。
三年前、警察の罠にかかり逮捕。死刑を免れる代わりに、国家機密の「超人贖罪プログラム」に強制参加させられた。今は能力使用を厳しく制限されたブレスレットを装着し、一般社会に溶け込みながら、罪を償うために人知れず人助けを続けている。
佐藤の体が、ぼやけた。
次の瞬間、ナイフを持った犯人が、まるでトラックにでも轢かれたように横の壁に激突し、気を失った。
「なっ……!?」
残る二人が振り返るより早く、二列目で寝ていた女子大生が、ゆっくりと目をこすりながら立ち上がった。
「うるさいよ……まだ眠いのに」
彼女の名前は春菜、20歳。大学では文学部に通う普通の学生に見えるが、かつては「鉄の魔女」と呼ばれる詐欺師兼窃盗犯だった。触れた物質の硬度を自由に変える能力で、金庫を紙のように破り、大企業の機密データを盗み出していた。
逮捕後、贖罪プログラムに参加。今はアルバイトをしながら、街の小さな犯罪を密かに阻止している。
春菜は、拳銃を構えた犯人の銃口を、人差し指で軽く弾いた。
ぽきん。
金属の銃身が、まるでゴムのようにねじ曲がり、完全に使い物にならなくなった。
「え……?」
最後の犯人──ショットガンを隠し持っていた男が、慌てて引き金を引こうとした瞬間、後部座席に座っていたおばあちゃんが、編み物をしていた手を止め、ゆったりと立ち上がった。
「若いもんは、朝から騒々しいのう……昔も今も変わらんなあ」
おばあちゃん──通称「ばあちゃん」、本名は不明。70歳を過ぎているが、かつては「時の盗賊」と呼ばれた伝説の犯罪者だった。時間操作の能力で、数々の完全犯罪を繰り返し、美術館から国宝級の絵画を盗み出していた。
老いて動きが鈍くなったところを捕まり、贖罪プログラムに参加。今は孫のように可愛がる近所の子供たちを守りながら、静かに暮らしている。
おばあちゃんが一歩踏み出すと、ショットガンの男の周囲だけ時間が極端に遅くなった。男は必死に動こうとするが、まるで琥珀の中の虫のように、指一本動かせない。
他の乗客たちも、次々と動き始めた。
- 窓際の高校生──元連続窃盗犯。影を操る能力で、夜の街を荒らしていた。今は影で落ちていた財布をこっそり持ち主に戻している。
- 通路側の中年男──元テロリスト。生体操作の能力で、かつては要人を暗殺。今は倒れたお年寄りを密かに治療している。
- 最後尾のスーツ姿の女性──元詐欺師集団のリーダー。精神干渉の能力で、数千人を騙した。今は詐欺の被害者を守っている。
このバスに乗る乗客の大半は、偶然ではない。贖罪プログラムの参加者たちは、互いに顔見知りで、毎朝このバスを選んで乗っている。表向きは普通の通勤・通学だが、実際は「移動する正義の場」として機能していた。
犯人三人は、わずか四十秒で完全に制圧された。縛られ、座席の下に転がされている。
リーダーが、血まみれの口で震える声を出した。
「お、お前らは……一体何者なんだよ……!」
佐藤がネクタイを直しながら、静かに答えた。
「昔は、お前らと同じようなことをしてた。いや、それ以上だ」
春菜が、冷たい目で犯人を見下ろしながら続けた。
「人を傷つけて、金を奪って、笑ってた。でも、ある日捕まって、全部失った」
おばあちゃんが、優しく、しかし重い声で言った。
「罪は消えんよ、死ぬまでな。でも、償い続けることで、少しずつ自分を許せる日が来るかもしれん。お前たちにも、いつかその日が来ることを祈るよ」
犯人たちは言葉を失い、ただ震えるだけだった。
バスは静かに再び発進し、最寄りの警察署に向かった。
運転手はまだ震えていたが、佐藤が肩を叩いて「もう大丈夫です」と囁くと、ようやくハンドルを握り直した。
──数ヶ月後。
同じ路線バス「渋谷行 急行」。
朝の同じ時間帯。
後部の席に、三人の若い男が静かに座っていた。
以前のバスジャック犯たちだ。
刑務所での服役中、謎の「超人覚醒現象」が発生し、三人とも突然能力を獲得していた。
一人は、触れたものを極限まで強化する能力。
一人は、空気を刃のように操る能力。
最後の一人は、微弱ながら数秒先の未来を予知する能力。
彼らは無言で顔を見合わせ、小さく頷き合った。
バスが停留所に停まる。
乗り込んできたのは、酔っ払った風体の男。手にナイフを持ち、近くに立っていた女子高生のバッグを狙っている。
三人とも、ゆっくりと立ち上がった。
周囲の乗客──佐藤、春菜、おばあちゃん、そして他の贖罪者たちが、静かに微笑みながらそれを見守る。
佐藤が、小声で呟いた。
「次は、お前たちの番だ。ちゃんと償えよ」
春菜が笑った。
「私たちみたいに、毎日少しずつね」
おばあちゃんが、編み物を再開しながら言った。
「輪は広がるよ。このバスは、いつまでも走り続ける」
ひったくり犯は気づいていない。
自分が今、贖罪の輪の新たな一員になろうとしていることに。
このバスは、ただの路線バスではない。
罪を犯した者たちが、罪を償う者となり、新たな罪人を迎え入れる──
終わらない贖罪の循環の場だった。
12
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる