不思議なショートストーリーたち

フジーニー

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バスジャック・リバース

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朝のラッシュアワー。東京郊外から渋谷方面へ向かう路線バス「渋谷行 急行」は、いつものようにぎゅうぎゅうに混み合っていた。

座席はすべて埋まり、通路にも立つ乗客がびっしり。スマホをいじるサラリーマン、イヤホンで音楽を聴く学生、うとうと居眠りするお年寄り──一見、どこにでもある平凡な通勤風景。

しかし、このバスには、誰も知らない秘密があった。

後部のドアが開き、黒いマスクをした三人の男が乗り込んできた。

一人は鋭く光るナイフを握り、もう一人は拳銃を腰に差し、最後の一人はコートの下にショットガンを隠している。リーダー格の男が、運転手のすぐ後ろに立ち、突然怒鳴り散らした。

「全員、動くな! これはバスジャックだ! 金目のものは全部出せ! 携帯、財布、時計──全部だ! 抵抗する奴は容赦なくぶっ殺す!」

車内が一瞬で凍りついた。

乗客たちは息を呑み、ゆっくりと顔を上げる。犯人たちは満足げに笑った。監視カメラは事前に破壊済み。運転手には銃口を突きつけ、逃げ場はない。完璧な計画のはずだった。

だが、その笑顔はすぐに引き攣った。

最前列に座っていたスーツ姿のサラリーマンが、静かにスマホをポケットにしまい、ため息をついた。

「……朝っぱらから、ほんと面倒くさいなあ」

その男──佐藤健太、35歳。表向きは普通の営業マンだが、かつては「幻影の強盗」と恐れられた連続銀行強盗犯だった。超高速移動の能力で、どんな警備網も突破し、数億円を奪い取っていた。

三年前、警察の罠にかかり逮捕。死刑を免れる代わりに、国家機密の「超人贖罪プログラム」に強制参加させられた。今は能力使用を厳しく制限されたブレスレットを装着し、一般社会に溶け込みながら、罪を償うために人知れず人助けを続けている。

佐藤の体が、ぼやけた。

次の瞬間、ナイフを持った犯人が、まるでトラックにでも轢かれたように横の壁に激突し、気を失った。

「なっ……!?」

残る二人が振り返るより早く、二列目で寝ていた女子大生が、ゆっくりと目をこすりながら立ち上がった。

「うるさいよ……まだ眠いのに」

彼女の名前は春菜、20歳。大学では文学部に通う普通の学生に見えるが、かつては「鉄の魔女」と呼ばれる詐欺師兼窃盗犯だった。触れた物質の硬度を自由に変える能力で、金庫を紙のように破り、大企業の機密データを盗み出していた。

逮捕後、贖罪プログラムに参加。今はアルバイトをしながら、街の小さな犯罪を密かに阻止している。

春菜は、拳銃を構えた犯人の銃口を、人差し指で軽く弾いた。

ぽきん。

金属の銃身が、まるでゴムのようにねじ曲がり、完全に使い物にならなくなった。

「え……?」

最後の犯人──ショットガンを隠し持っていた男が、慌てて引き金を引こうとした瞬間、後部座席に座っていたおばあちゃんが、編み物をしていた手を止め、ゆったりと立ち上がった。

「若いもんは、朝から騒々しいのう……昔も今も変わらんなあ」

おばあちゃん──通称「ばあちゃん」、本名は不明。70歳を過ぎているが、かつては「時の盗賊」と呼ばれた伝説の犯罪者だった。時間操作の能力で、数々の完全犯罪を繰り返し、美術館から国宝級の絵画を盗み出していた。

老いて動きが鈍くなったところを捕まり、贖罪プログラムに参加。今は孫のように可愛がる近所の子供たちを守りながら、静かに暮らしている。

おばあちゃんが一歩踏み出すと、ショットガンの男の周囲だけ時間が極端に遅くなった。男は必死に動こうとするが、まるで琥珀の中の虫のように、指一本動かせない。

他の乗客たちも、次々と動き始めた。

- 窓際の高校生──元連続窃盗犯。影を操る能力で、夜の街を荒らしていた。今は影で落ちていた財布をこっそり持ち主に戻している。
- 通路側の中年男──元テロリスト。生体操作の能力で、かつては要人を暗殺。今は倒れたお年寄りを密かに治療している。
- 最後尾のスーツ姿の女性──元詐欺師集団のリーダー。精神干渉の能力で、数千人を騙した。今は詐欺の被害者を守っている。

このバスに乗る乗客の大半は、偶然ではない。贖罪プログラムの参加者たちは、互いに顔見知りで、毎朝このバスを選んで乗っている。表向きは普通の通勤・通学だが、実際は「移動する正義の場」として機能していた。

犯人三人は、わずか四十秒で完全に制圧された。縛られ、座席の下に転がされている。

リーダーが、血まみれの口で震える声を出した。

「お、お前らは……一体何者なんだよ……!」

佐藤がネクタイを直しながら、静かに答えた。

「昔は、お前らと同じようなことをしてた。いや、それ以上だ」

春菜が、冷たい目で犯人を見下ろしながら続けた。

「人を傷つけて、金を奪って、笑ってた。でも、ある日捕まって、全部失った」

おばあちゃんが、優しく、しかし重い声で言った。

「罪は消えんよ、死ぬまでな。でも、償い続けることで、少しずつ自分を許せる日が来るかもしれん。お前たちにも、いつかその日が来ることを祈るよ」

犯人たちは言葉を失い、ただ震えるだけだった。

バスは静かに再び発進し、最寄りの警察署に向かった。

運転手はまだ震えていたが、佐藤が肩を叩いて「もう大丈夫です」と囁くと、ようやくハンドルを握り直した。

──数ヶ月後。

同じ路線バス「渋谷行 急行」。

朝の同じ時間帯。

後部の席に、三人の若い男が静かに座っていた。

以前のバスジャック犯たちだ。

刑務所での服役中、謎の「超人覚醒現象」が発生し、三人とも突然能力を獲得していた。

一人は、触れたものを極限まで強化する能力。

一人は、空気を刃のように操る能力。

最後の一人は、微弱ながら数秒先の未来を予知する能力。

彼らは無言で顔を見合わせ、小さく頷き合った。

バスが停留所に停まる。

乗り込んできたのは、酔っ払った風体の男。手にナイフを持ち、近くに立っていた女子高生のバッグを狙っている。

三人とも、ゆっくりと立ち上がった。

周囲の乗客──佐藤、春菜、おばあちゃん、そして他の贖罪者たちが、静かに微笑みながらそれを見守る。

佐藤が、小声で呟いた。

「次は、お前たちの番だ。ちゃんと償えよ」

春菜が笑った。

「私たちみたいに、毎日少しずつね」

おばあちゃんが、編み物を再開しながら言った。

「輪は広がるよ。このバスは、いつまでも走り続ける」

ひったくり犯は気づいていない。

自分が今、贖罪の輪の新たな一員になろうとしていることに。

このバスは、ただの路線バスではない。

罪を犯した者たちが、罪を償う者となり、新たな罪人を迎え入れる──

終わらない贖罪の循環の場だった。
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