不思議なショートストーリーたち

フジーニー

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あと7回転する地球の間で

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雨の匂いがした夜だった。  
2025年4月17日、23時41分。  
俺、佐藤悠真は一人きりの家で、ベランダに干したままの洗濯物を眺めながらぼんやりしていた。  
両親は1ヶ月前の春休みに海外旅行に出かけて、今もまだヨーロッパを回っている。  
「高校生なんだから一人でちゃんとやれよ」と母さんに笑われて、鍵とクレジットカードを渡されてから、俺はこの古い団地の4階角部屋で、ほぼ一人暮らし状態だ。  
隣の部屋からはテレビの笑い声が漏れてくるけど、それ以外は静かすぎて、時々自分が宇宙に浮かんでいるような気分になる。

そんな平凡な夜に、突然、空が白く裂けたような気がした。

音もなく、風もなく、ただベランダの真ん中に、直径1メートルほどの完璧な円柱状の光が立った。  
中から現れたのは、青みがかった銀髪に近い長い髪の女の子。  
透き通るような白い肌、瞳は深い湖の底みたいに青くて、見た目は完全に人間の女の子だった。

「……座標確認完了。地球・日本・関東・埼玉県・熊谷市・北緯36度13分、東経139度23分。  
現在時刻:2025年4月17日 23時41分47秒。  
現地個体識別:佐藤悠真、17歳3ヶ月。合致」

彼女は淡々と喋りながら、俺の顔をじっと見つめてきた。

「え……誰?」

「私はセレネ。識別コード:L-7741-b。  
所属:銀河連邦第三観測局・辺境系第9班。  
任務:クラスD原始文明の長期文化・感情観測。  
滞在予定期間:地球自転周期270回分」

「……は?」

彼女は少し困ったように首を傾げて、  
「つまり、9ヶ月くらいここにいるってこと」

そう言って、初めて小さく微笑んだ。  
その瞬間、部屋の蛍光灯が一瞬だけ青く明滅した。

両親がいない家だから、セレネはその日から俺の部屋に住み着いた。  
最初の一週間は本当に気まずかった。  
セレネは「人間の振る舞いを学習中」だと言って、俺の生活を延々と観察していた。  
俺がカップラーメン食べると箸の動きをじーっと見つめ、  
ゲームしてるとコントローラーを触りたがるけど力加減がわからなくて連打しまくり、  
シャワー浴びてるとドアの外から「体温は何度くらいが最適?」とか聞いてくる。  
一番衝撃的だったのは、水を飲んだ瞬間。  
コップの水を一口飲んだら、体全体がほんのり青白く発光して、髪の毛先がふわっと浮いた。

「な、なに今の!?」

「水分補給による一時的エネルギー放出。恥ずかしいから見ないで」

顔を真っ赤にして両手で顔を覆う仕草が、宇宙人とは思えないほど普通の女の子で、  
俺はその日から、彼女を「宇宙人」じゃなくて「セレネ」として見るようになった。

そして4月末。  
セレネが突然言った。

「明日から、学校に行くことにした」

「……は?」

「観測対象の日常生活をより深く記録するためには、現地教育機関への潜入が最適だって。  
それに、悠真の周囲にいれば『次元汚染』のリスクも最小限に抑えられる……らしい」

彼女は連邦の技術で、転校生としての身分証明書や戸籍まで完璧に偽造していた。  
髪の色は「地毛が青みがかってるんです」と言い訳して、制服を着てみせた。  
鏡の前でくるくる回って、  
「これで人間の女子高生、成立してる?」

俺は言葉に詰まって、ただ頷くしかなかった。

翌日から、セレネは俺と同じクラスの転校生として学校に現れた。  
担任が「佐藤くんの遠い親戚の娘で、しばらく日本に滞在するんですって」と紹介した瞬間、  
クラス中がざわついた。  
青みがかった銀髪と、透き通るような肌。  
でも不思議と誰も「変だ」とは思わなかった。  
連邦の技術が、みんなの認識を少しだけずらしていたんだろう。

セレネはすぐにクラスに溶け込んだ。  
いや、溶け込みすぎて、女子たちに囲まれて「髪どうやってこんな色なの~?」「メイク教えて!」とか言われて、  
俺は遠くから見てて複雑な気分だった。  
昼休みになると、俺の机に当然のように座ってきて、  
「お弁当、一緒に食べよ?」って笑う。  
周りの視線が痛いのに、セレネは全然気にしない。  
むしろ嬉しそうだった。

学校にいるセレネは、ますます「人間の女の子」らしくなっていった。  
授業中に俺のノートを覗き込んで、  
「これ、数学? 宇宙の座標計算より簡単そう」って小声で囁いたり、  
体育の時間に俺がバスケでコケると、  
「悠真、大丈夫?」って駆け寄ってきて、  
みんなの前で手を差し伸べてくれる。  
そのたびにクラスメイトが「セレネちゃん、佐藤のこと好きなんじゃない?」ってからかう声が聞こえてきて、  
俺は顔を赤くしながら「違うって!」と否定するしかなかった。

5月になると、セレネはどんどん「人間」になっていった。  
コンビニで初めてハーゲンダッツを食べて「これが……至高の冷凍甘味物質……!」と感動し、  
花火大会では俺が母ちゃんの古い浴衣を無理やり着せたら、  
「人間の布地ってこんなに柔らかいんだ」とずっと袖を撫でていた。  
両親がいないから、夜は二人でリビングのソファに並んでアイスコーヒーを飲みながらテレビを見たり、  
「悠真の匂いって、なんか落ち着く」って急に言われて俺が死ぬほど照れたりした。

7月の終わり、学校の屋上で二人きりになったとき。  
セレネが俺の制服の袖をぎゅっと掴んだ。

「ねえ、悠真。私、規則違反してるかもしれない」

「……どういうこと?」

「観測員は、現地個体と『深い感情的結びつき』を持ってはいけないの。  
それが『次元汚染』の原因になる可能性があるから」

俺は息を飲んだ。

「でも……私、もうとっくに汚染されてると思う」

彼女の瞳が潤んで、青い髪が風もないのに揺れた。  
俺は勇気を出して、彼女の手を握り返した。  
普通の5本指で、温かくて、少しだけ震えていた。

「俺も、たぶん同じくらい汚染されてる」

その日、初めてキスをした。  
唇が触れた瞬間、セレネの髪が一瞬だけ星みたいにきらめいて、  
俺の胸の奥が熱くなった。

それから月日はあっという間に過ぎた。  
10月に入って、セレネがカレンダーに赤い丸をつけ始めた。  
「あと90回転」  
「あと60回転」  
「あと30回転」

そして12月。  
「あと7回転」

彼女は泣きながら言った。

「規則は絶対。例外はないの。  
私がいなくなったら……悠真の記憶からも少しずつ薄れていくように調整される。  
それが、連邦の『慈悲』なんだって」

絶望しかなかった。  
でもセレネは、最後の7日間を「最高の7日間」にしようと言った。

1日目。  
いつものコンビニでハーゲンダッツを2つずつ買って、公園のベンチで食べた。  
「宇宙のアイスより100倍美味しいって、本当?」  
「うん。本当に。本当に美味しい」

2日目。  
学校の屋上。誰もいない昼休みに、制服のまま抱き合って、何度も何度もキスした。  
セレネの涙が俺の頬に落ちて、冷たくて熱かった。

3日目。  
夜中に俺の部屋で。セレネが俺のTシャツを脱がせて、  
「人間の肌ってこんなに柔らかいんだ……」って震える指で触れてきた。  
両親がいない家だから、俺たちは布団をリビングに持ち出して、  
服を全部脱がずにただ肌を重ねて、互いの体温を確かめ合った。

4日目。  
自転車二人乗りで、真っ暗な田んぼの真ん中まで行って、寝転がって星を見た。  
「私の星、見えるかな……」  
「見えない。でも、絶対そこにあるよ。セレネがいる星だもん」

5日目。  
セレネが急に言った。

「悠真、結婚しよう」

「……え?」

「地球の法律だと、プロポーズは『結婚しよう』って言うんでしょ?  
だから、私から言っちゃった。……だめ?」

俺は泣きながら笑って、  
「だめなわけないだろ。俺だって、ずっと言いたかった」

指輪なんてなかったけど、俺は100円ショップで買ったシルバーのリングを、  
セレネの左手の薬指にはめた。

「これで、俺の嫁な」

セレネは泣き笑いしながら、  
「うん……私、悠真の嫁」

6日目。  
ほとんど喋らなかった。布団の中で抱き合って、心臓の音だけを聞いていた。  
セレネの心臓は、人間のより少しだけ速くて、少しだけ軽やかだった。

7日目。  
12月24日、クリスマスイブの夜11時47分。  
最初の出会いの場所——俺のベランダ。

セレネは、俺が去年の夏祭りで買ってあげた白いワンピースを着ていた。  
銀色の光の柱が、再び静かに立った。

「時間だよ」

セレネは一歩踏み出しかけて、でも急に振り返って俺に飛びついてきた。  
ぎゅっと抱きしめられて、耳元で囁かれた。

「悠真……大好きだよ。本当に、本当に大好き」

最後に、彼女の唇が俺の唇に触れた。  
光が彼女を包む。  
青い髪がゆっくり宙に浮かび、まるで星屑のようにきらめいて、そして消えた。

それから1年と少し。  
2026年1月14日。  
両親はまだ帰ってこない。  
俺は高校を卒業して、専門学校に通い始めた。  
でも毎晩、雨の匂いがする日は、ベランダに出て空を見上げる。

時々、部屋の電気が一瞬だけ青くなることがある。  
気のせいかもしれない。

でも俺は信じてる。  
どこか遠くの星で、セレネが今も生きていて、  
誰にも見えないようにこっそり泣いて、そして笑って、  
俺のことを思い出してくれているって。

だって——  
あの最後の夜、彼女の髪が光ったとき、  
俺の心臓も、一瞬だけ青くなったから。

そして今夜も、また電気が青く瞬いた。

「……おかえり、セレネ」

俺は誰もいないベランダで、そっと呟いた。
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