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拾ったドラゴンは室温22℃が好きらしい
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雨の降る夜だった。
コンビニの袋を片手に傘も差さず歩いていた俺は、路地裏の段ボールの中で「何か」が動いているのに気づいた。
最初は子猫かと思った。
でもよく見たら、段ボールの底で丸まっているのは、全長40センチくらいの、明らかに爬虫類でも鳥でもない何かだった。
黒みがかった深緑色の鱗。
背中に畳まれた、ちょっと破れた感じの皮膜の翼。
そして尻尾の先が、びくびくと細かく震えている。
「……お前、死にかけてんの?」
声をかけた瞬間、その小さな頭がカクッと上がった。
目が合った。
金色に近い、すごく透き通った琥珀色の瞳。
そのまま10秒くらい固まって、そいつは突然
「ひゅうっ……」
と、非常に情けない音を出した。
「……風邪ひいてんのかよ」
俺はため息をついて、コンビニ袋の中から買ったばかりの唐揚げ弁当を取り出した。
蓋を開けて、唐揚げを一個ちぎって差し出すと、
パクッ
と、ものすごく早い動きで食いついてきた。
「……腹減ってたんだな」
それから俺は、ずぶ濡れの段ボールごとそいつを抱えて家に帰った。
─────────────────
名前は「クロ」になった。
理由は簡単。鱗が黒っぽいから。
クロは意外と手がかからなかった。
・室温22℃前後で最も機嫌がいい
・鶏肉とサーモンと、たまにリンゴが好き
・風呂の湯船に浮かぶのが大好き(溺れない)
・テレビの時代劇を見ると興奮して翼をバタバタさせる
・夜中に俺の枕元で丸まって寝る
問題は一つだけあった。
クロが成長し始めたことだ。
最初は40センチだった体が、
二ヶ月で80センチ、
四ヶ月で1メートル40くらいになった。
翼を広げると、俺の両腕を広げたよりも明らかに長い。
そして最近、クロは時々こう言うようになった。
「…………か、え、りたい」
最初は聞き間違いかと思った。
でも六回目くらいに、はっきり聞こえた。
「かえりたい……」
俺は冷蔵庫からサーモンの切り身を取り出しながら、わざと平静を装って聞いた。
「どこに?」
クロはしばらく黙って、
俺の膝の上に顎を乗せたまま、ぽつりと言った。
「……おうち」
「……お前のおうちって、どこにあるんだよ」
クロは目を伏せた。
「わかんない……もう、においがしないから」
その日から、クロは時々窓辺に座って外を眺めるようになった。
雨が降ると特に長い時間、じっと空を見上げている。
俺は内心、すごく嫌な予感がしていた。
─────────────────
ある晩。
ものすごい雷が鳴った。
クロが急に立ち上がって、翼を大きく広げた。
その瞬間、部屋中の空気がビリビリと震えた。
「……くる」
「何が?」
「迎えが……くる」
俺は言葉を失った。
数秒後、ベランダのガラスが叩かれるような音がした。
見ると、雨の中、巨大な影が立っていた。
……いや、立ってるんじゃない。
浮いてる。
翼の幅は、俺の部屋の横幅より明らかに広い。
そしてその瞳は、クロと同じ琥珀色だった。
親だろう。
クロが小さく震えながら俺の方を見た。
「……ごめん」
俺は喉が詰まった。
言いたいことは山ほどあった。
まだ一緒に時代劇見てない回があるだろ
まだ風呂で一緒に浮かぶの楽しんでるだろ
まだ「ただいま」って言って帰ってきてない日があるだろ
でも結局、出てきた言葉は一つだけだった。
「……風邪、ひくなよ」
クロは一瞬だけ目を細めて、
人間には到底真似できないような、柔らかい笑い方をした。
そしてゆっくりと翼を広げ、
ベランダから飛び立った。
巨大な影がクロを抱き上げるように包み込む。
二つのシルエットが、雷鳴の中に溶けるように消えていった。
─────────────────
それから三ヶ月。
俺は相変わらずコンビニ弁当を食べて、
相変わらず時代劇を観て、
相変わらず一人で風呂に入っている。
でも時々、風呂場の湯気に紛れて、
かすかに焦げたような、でもどこか甘い匂いがする日がある。
その日はだいたい雨の日だ。
俺は湯船に浸かりながら、
天井に向かってぼそっと呟く。
「……風邪、ひいてねぇだろうな」
すると決まって、
湯気の中から、
「ひゅうっ……」
という、すごく情けない、
でも確かに懐かしい音が聞こえる気がする。
多分、気のせいだ。
でも俺は、
そのたびに少しだけ、
室温を22℃に設定したまま寝ることにしている。
コンビニの袋を片手に傘も差さず歩いていた俺は、路地裏の段ボールの中で「何か」が動いているのに気づいた。
最初は子猫かと思った。
でもよく見たら、段ボールの底で丸まっているのは、全長40センチくらいの、明らかに爬虫類でも鳥でもない何かだった。
黒みがかった深緑色の鱗。
背中に畳まれた、ちょっと破れた感じの皮膜の翼。
そして尻尾の先が、びくびくと細かく震えている。
「……お前、死にかけてんの?」
声をかけた瞬間、その小さな頭がカクッと上がった。
目が合った。
金色に近い、すごく透き通った琥珀色の瞳。
そのまま10秒くらい固まって、そいつは突然
「ひゅうっ……」
と、非常に情けない音を出した。
「……風邪ひいてんのかよ」
俺はため息をついて、コンビニ袋の中から買ったばかりの唐揚げ弁当を取り出した。
蓋を開けて、唐揚げを一個ちぎって差し出すと、
パクッ
と、ものすごく早い動きで食いついてきた。
「……腹減ってたんだな」
それから俺は、ずぶ濡れの段ボールごとそいつを抱えて家に帰った。
─────────────────
名前は「クロ」になった。
理由は簡単。鱗が黒っぽいから。
クロは意外と手がかからなかった。
・室温22℃前後で最も機嫌がいい
・鶏肉とサーモンと、たまにリンゴが好き
・風呂の湯船に浮かぶのが大好き(溺れない)
・テレビの時代劇を見ると興奮して翼をバタバタさせる
・夜中に俺の枕元で丸まって寝る
問題は一つだけあった。
クロが成長し始めたことだ。
最初は40センチだった体が、
二ヶ月で80センチ、
四ヶ月で1メートル40くらいになった。
翼を広げると、俺の両腕を広げたよりも明らかに長い。
そして最近、クロは時々こう言うようになった。
「…………か、え、りたい」
最初は聞き間違いかと思った。
でも六回目くらいに、はっきり聞こえた。
「かえりたい……」
俺は冷蔵庫からサーモンの切り身を取り出しながら、わざと平静を装って聞いた。
「どこに?」
クロはしばらく黙って、
俺の膝の上に顎を乗せたまま、ぽつりと言った。
「……おうち」
「……お前のおうちって、どこにあるんだよ」
クロは目を伏せた。
「わかんない……もう、においがしないから」
その日から、クロは時々窓辺に座って外を眺めるようになった。
雨が降ると特に長い時間、じっと空を見上げている。
俺は内心、すごく嫌な予感がしていた。
─────────────────
ある晩。
ものすごい雷が鳴った。
クロが急に立ち上がって、翼を大きく広げた。
その瞬間、部屋中の空気がビリビリと震えた。
「……くる」
「何が?」
「迎えが……くる」
俺は言葉を失った。
数秒後、ベランダのガラスが叩かれるような音がした。
見ると、雨の中、巨大な影が立っていた。
……いや、立ってるんじゃない。
浮いてる。
翼の幅は、俺の部屋の横幅より明らかに広い。
そしてその瞳は、クロと同じ琥珀色だった。
親だろう。
クロが小さく震えながら俺の方を見た。
「……ごめん」
俺は喉が詰まった。
言いたいことは山ほどあった。
まだ一緒に時代劇見てない回があるだろ
まだ風呂で一緒に浮かぶの楽しんでるだろ
まだ「ただいま」って言って帰ってきてない日があるだろ
でも結局、出てきた言葉は一つだけだった。
「……風邪、ひくなよ」
クロは一瞬だけ目を細めて、
人間には到底真似できないような、柔らかい笑い方をした。
そしてゆっくりと翼を広げ、
ベランダから飛び立った。
巨大な影がクロを抱き上げるように包み込む。
二つのシルエットが、雷鳴の中に溶けるように消えていった。
─────────────────
それから三ヶ月。
俺は相変わらずコンビニ弁当を食べて、
相変わらず時代劇を観て、
相変わらず一人で風呂に入っている。
でも時々、風呂場の湯気に紛れて、
かすかに焦げたような、でもどこか甘い匂いがする日がある。
その日はだいたい雨の日だ。
俺は湯船に浸かりながら、
天井に向かってぼそっと呟く。
「……風邪、ひいてねぇだろうな」
すると決まって、
湯気の中から、
「ひゅうっ……」
という、すごく情けない、
でも確かに懐かしい音が聞こえる気がする。
多分、気のせいだ。
でも俺は、
そのたびに少しだけ、
室温を22℃に設定したまま寝ることにしている。
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