不思議なショートストーリーたち

フジーニー

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余命宣告

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診察室の蛍光灯が一瞬チカッと瞬いた。  
医者はカルテを閉じると、淡々と告げた。

「佐藤さん。余命、180年です」

俺は笑おうとしたけど、喉が乾いて声が出なかった。

それから俺の体は、壊れなくなった。  
飛び降りても、包丁を腹に刺しても、翌朝には元通り。  
傷跡すら残らない。  
ただ、時々、皮膚の下で何かが「蠢く」ような感覚がするだけだった。

30年、50年、100年。  
家族は死に、友達は死に、街は変わり果てた。  
俺だけが、同じ顔で、同じ古い一軒家に住み続けている。

家は築70年を超えていた。  
木の柱がきしみ、畳が湿り、障子が黄ばんでいる。  
でも、俺が掃除しなければ、埃一つ積もらない。  
家も、俺と同じように「壊れなくなった」みたいだった。

150年目のある夜。  
いつものように居間の座布団に座っていると、  
玄関の引き戸が、ゆっくり開いた。  
誰もいないはずなのに。

白いワンピースの少女が立っていた。  
雨に濡れていないのに、髪の先から水がぽたぽた落ちている。

「……おじさんも、180年?」

声が、俺の頭の中に直接響く。

「そうだよ。  
お前もか」

少女は小さく頷いて、土間を素足で歩いてきた。  
足跡が、畳に残らない。

「私、宣告されてからずっと一人だった。  
だから、探してたの。  
同じ『保証期間』の人を」

それから俺たちは、毎日居間で会うようになった。  
少女はいつも同じ服、同じ髪、同じ笑顔。  
俺たちは、ちゃぶ台の上で、残りの年数を指折り数えた。

「あと29年」

「あと28年」

「あと27年」

……

少女の指が、時々俺の腕に触れる。  
触れたところだけが、少しずつ「透明」になっていく。  
最初は皮膚が、次に筋肉が、血管が、最後には骨まで。  
でも痛くない。  
ただ、そこが「なくなった」だけ。

残り10年を切った頃、少女がぽつりと言った。

「ねえ、おじさん。  
180年って、  
『まだ死なせない』って約束だったのかもね」

「……誰と?」

少女は首を傾げて、にっこり笑った。

「さあ?  
でも、保証が切れたら……  
今まで我慢してた『全部』が、一気に来るのかな」

俺は黙って障子を見た。  
外は真っ暗で、月も星も見えない。  
ただ、遠くで犬の遠吠えが聞こえるだけ。

残り1年。

少女が、俺の隣に座って囁いた。

「あと365日。  
毎日、数えようね」

俺は頷いた。  
もう、何も怖くなかった。

そして――

180年目の朝。

俺は目を覚ました。  
いつもの居間。  
ちゃぶ台の上に、座布団が二つ。  
でも、少女がいない。

代わりに、俺の目の前に小さな手鏡が置いてあった。  
古い、縁が剥げた手鏡。

俺はそれを手に取った。

映っていたのは――  
50歳頃の俺の顔。  

周りを見回す。  
古い一軒家じゃない。  
総合病院の診察室だ。

医者が、カルテを閉じて、ゆっくり顔を上げた。

「佐藤さん。検査結果が出ました。……余命、180年です」

俺の喉から、乾いた笑いが漏れた。

「……え」

医者の目が、黒く光る。

「そうです。  
また、180年」

俺は鏡を握りしめた。  
ガラスが、ひび割れる音がした。

でも、割れなかった。


少女の声が、どこからか聞こえた気がした。

「ねえ、おじさん。  
今度は……家で、ゆっくり数えようね」

俺は答えた。

「……ああ。  
永遠に、な」

診察室の蛍光灯が、チカッと瞬いた。

そして、また始まる。

180年。

古い一軒家の居間で、  
ちゃぶ台の上で、  
また、指を折り始める。
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