不思議なショートストーリーたち

フジーニー

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シチューという名の反乱

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アミターブ・ラオールは26歳。  
デリーの外れにある小さな大家族の末っ子で、物心ついたときから毎日同じ味のカレーを食べていた。

朝はアルー・パラタとチャイ。  
昼はダルとチャパティ。  
夜はバターチキンかパニールかマトンか……どれも濃厚で、スパイスが舌の奥まで突き刺さるような味。

彼はそれが嫌いではなかった。  
ただ、ある日突然、思ってしまった。

「この国に、もうちょっとクリームの優しさがあってもいいんじゃないか?」

きっかけは、留学先のイギリスで初めて食べたビーフシチューだった。  
赤ワインとデミグラスとバターと生クリームが溶け合った、あの丸くて深い味。  
舌が「痛い」ではなく「抱きしめられている」感覚を初めて知った瞬間だった。

帰国後、アミターブは決意した。

「インドにシチューを広める」

家族は爆笑した。  
父は「そんな白い皿の食べ物は墓場まで持っていけ」と言い、  
母は「クリームなんか入れすぎたらお腹壊すよ」と警告し、  
姉は「インド人にクリームは早すぎる」と真顔で忠告してきた。

それでも彼は動き出した。

最初は友人の結婚式の二次会で、こっそり作った「マサラビーフシチュー」を出した。  
ルーは市販のものを使い、隠し味にカルダモンとクローブを少量。  
一口食べた友人が固まった。

「……これ、カレーじゃなくない?」

「違う。シチューだ」

その日から「シチュー派アミターブ」というあだ名がついた。

次に挑んだのはフードトラックだった。  
看板にはでかでかとこう書いた。

「CURRY IS DEAD.  
LONG LIVE STEW.」

炎上は予想通り早かった。

「文化の冒涜だ」「インドの誇りを捨てた売国奴」「クリームで誤魔化すな」  
Xでは「#シチューはインドの敵」がトレンド1位になった。

だが同時に、妙な支持者も現れ始めた。

「実はずっとカレーの重さに疲れてた」  
「胃が弱いから夜のカレーが怖かった」  
「子供がカレーの匂いで泣くんです……」

アミターブは気づいた。

インドには、カレーを「食べなければならない」と思っている人が、意外とたくさんいることを。

2年後。

デリー、グルガーオン、ムンバイ、バンガロール……  
「StewWalla」という小さなチェーンが、20店舗を超えた。

一番人気は「バターチキン風クリームシチュー」でも「マトンコルマ風ブラウンシチュー」でもない、  
一番シンプルな「プレーン・クリームシチュー」だった。

ジャガイモと人参と牛肉(一部店舗ではチキンかパニール)
黒胡椒とローリエとタイム少々。  
最後に生クリームをたっぷり。  
それだけ。

「スパイスがなくても、こんなに温かいんだ……」

初めてそれを口にした50代のおじさんが、  
静かに涙をこぼしたという話が、ネットで拡散された。

ある晩、アミターブは店の厨房でひとり、鍋をかき混ぜながら呟いた。

「俺はカレーを否定したわけじゃない。ただ、  
もう一つの選択肢があってもいいだろって言いたかっただけだ」

その言葉を聞きつけた若いスタッフが、笑いながら返した。

「ボス、それもう革命ですよ」

店の外では、看板が静かに光っていた。

CURRY IS NOT DEAD.  
IT JUST HAS A COUSIN NOW.

シチューという名の従兄弟が、  
ようやくインドの食卓に席を用意してもらった夜だった。


「StewWalla」は、開店からわずか5年でインド全土に1,200店舗を展開していた。  
競合のカレー専門チェーンは次々と「クリームシチュー風カレー」「シチュー風マサラ」をメニューに追加せざるを得なくなり、  
伝統派の老舗ダバーは「うちは最後までカレーだけだ!」と意地を張っていたが、客足は明らかに減っていた。

アミターブ・ラオールは、もはや「シチュー派の男」ではなく、  
「シチュー皇帝」と陰で呼ばれる存在になっていた。

彼のスローガンはシンプルだった。

「スパイスは素晴らしい。でも、優しさも素晴らしい。」

そして2029年、彼はついに決断した。

「インド大統領選挙に出る」

立候補会見の壇上で、彼は巨大なスプーンを手に持っていた。  
スプーンの中には、真っ白なクリームシチューがたっぷり。

「みなさん、私はこの国に、もう一つの味を思い出してほしいのです。  
戦う味ではなく、癒す味を。  
燃える味ではなく、包み込む味を。」

会場は一瞬静まり返ったあと、大爆笑と怒号と拍手が同時に爆発した。

野党は「カレーを捨てた男が国を背負えるか!」と猛攻撃。  
与党は「シチューで経済成長はできない」と嘲笑した。

だが、アミターブは計算していた。

インドの有権者の3割近くが「夜のカレーが重い」「胃が弱い」「子供がスパイスを嫌がる」と感じていることを、  
5年間のStewWalla顧客データで知り尽くしていた。

選挙戦の決め手になったのは、最終遊説での一枚の巨大ビジュアルだった。

インド国旗のサフラン・ホワイト・グリーンの三色のうち、  
真ん中のホワイト部分だけが、どろっとしたクリームシチューで塗りつぶされている。

キャッチコピー
「白色は、ただの色じゃない。  
それは、優しさだ。」

これがバズりすぎて、若者を中心に「#WhiteIsStew」がトレンド独占。  
TikTokではシチューを国旗に見立てて踊るチャレンジが爆発的に広がった。

そして開票当日。

結果は、歴史的な大差。

アミターブ・ラオール 得票率 53.8%  
(史上最年少の大統領誕生)

就任式の日。  
大統領宮殿のバルコニーで、彼は初めての演説をした。

マイクの前に置かれたのは、巨大な鍋。  
中身はもちろん、プレーン・クリームシチュー。

「私は、カレーを禁止しません。」  
会場がざわついた。

「カレーはインドの魂です。  
でも、魂が疲れたとき、  
胃が悲鳴を上げたとき、  
子供が泣いたとき、  
そこに、もう一つの選択肢があることを、私は証明しました。」

彼はスプーンですくったシチューを、ゆっくりと口に運んだ。

「今日から、この国には二つの公式料理があります。  
カレー。そして、シチュー。」

そして最後に、静かに付け加えた。

「両方、愛してください。」

その瞬間、広場に集まった数十万人の群衆が、一斉にスプーンを掲げた。  
誰もが持っていたのは、StewWallaのロゴ入りスプーンだった。

インド史上初の「シチュー派大統領」が誕生した日、  
デリーの空には、珍しくクリーム色の雲が浮かんでいたという。

……いや、まだ終わらないかもしれない。  
だって彼の次の公約は、

「アメリカにて、ハンバーガーとシチューの共存と繁栄」

なのだから。
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