11 / 11
夜空と轟音
しおりを挟む――栗の実の幾久しくとつやめくをあたためむとぞおもひあふれば
「でもどうして、獅子は最初から私を攫うって決めてたの?」
都の外れの山を獅子に手を取られて登りながら、栗姫は問うた。切った長袴は動きやすかったのでそのままに、上には都の市場で買った裾の短い単を着て、腰を撫子の帯で結んでいる。椚で染めた、黄橡色の衣だった。
「あんたは覚えてないだろうけど」
獅子はその黄金色の髪を揺らしながら、栗姫を振り返らずに言う。銀杏の葉が獅子の擦り切れた衣の肩にかかっていた。栗姫と獅子の手は、今、同じくらい土で汚れている。
「昔、一度だけ会ってる。四年前、先の皇王陛下が俺たちの住んでた山に行幸に来たときだ。あんたは俺に、団栗をくれたんだ」
四年前。
都の監視官が強引に差し出させようとした胡桃の代わりに、ころんと手に転がった艶やかな褐色の実を見たとき。
獅子は本気で、この皇女をいつか迎えに行こうと思った。
あの数個の団栗が、獅子たちの胡桃を守ったのだ。
「木の実一つの、重みを知ってるんだと思ったんだ」
「覚えてるわよ」
「え?」
桜の木の枝に手をかけ、薄の茂みを迂回しようとしていた獅子が栗姫を振り返る。
東宮殿を出て三日、朱雀と穂刈たちは、獅子と栗姫を伴って、まだ都にいた。豪族たちと皇宮の交渉が始まったので、紫苑党も同席することになったらしい。栗姫と獅子は、慌ただしく働いている大人たちを尻目に、約束していた栗拾いをしに来ていた。南の方はもうとっくに獣に食われてしまっているが、都でも北の山ならまだ生っているところがありそうだと、昨日、山に様子を見に行っていた獅子が言ったのだ。
「最初に獅子を見たときに悲鳴を上げなかったの、見覚えがあったからだもの」
「でも俺、あの時とは髪色が」
栗姫はふふん、と胸を張る。
「それくらいで見間違えたりしないわ。記憶力は良い方なの。私ね、あの時、獅子を利用したのよ。大人だと団栗を突き返されてしまうかも知れなかったから。同じくらいの歳の子が近くにいるのを見つけて、強引に握らせたの」
だからよく覚えてる、と栗姫は言った。
――明るい色の少し吊った目、薄茶色に焼けた髪。髪の色は随分白くなってしまっていたけれど、あの時渡した団栗を、ぜひ食べて欲しいと願った少年で間違いなかった。
「利用した罪悪感があったから、お詫びにどうしても食べて欲しかったの。あの団栗は絶対に美味しいと思ったから」
「美味かったよ、すごく」
「本当? やったぁ!」
獅子が微笑むのに、栗姫も満面の笑みで返した。
朱雀と穂刈が良いと言ったので、あの団栗は獅子が持ち帰って、母親と二人でそのまま生で食べたのだ。甘くて美味しいねと、獅子の母は笑っていた。皇女様からいただいた団栗なんて、一生に一度、あるかないかの僥倖ねぇ、と。
あの時、一緒に椎の実を食べた母は、もういないけれど。
「栗姫、もう少し登るけど大丈夫か」
獅子が訊ねると、栗姫は繋いだ手をぎゅ、と握り返す。
「勿論!」
まだ少し青い銀杏の葉が、はらりと風で落ちていく。涼やかな秋風が、二人の髪を揺らしていった。
耳の奥底に響く、地の震える轟音も。
独り見上げた、夜空の遠さも。
まだ二人の近くにあったけれど。
それでも、何よりも傍で繋いだ手は、今、とてもあたたかかった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
雪嶺後宮と、狼王の花嫁
由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。
巫女として献上された少女セツナは、
封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。
人と妖、政と信仰の狭間で、
彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。
雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる