春告げ

菊池浅枝

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4.雪催い

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 小和は、少しずつおさまってきた涙を拭い、鼻をすすりながら、渡された菊花茶を見る。もうすっかり冷めていたけれど、その、緩く綻んだ黄色い花びらを見て、一口飲んだ。少し苦すぎる。けれどそれが、頭の中を整理する、いいきっかけになった。

「……怒ったことは、後悔しません。御堂さんには、増穂さんに謝ってほしいです。でも、だからって叩いて良かったとは、やっぱり思いません。まずは、叩いてしまったことを、御堂さんに謝りたいです」

 ――どんな理由であれ、手を挙げて良いということは、ないはずだ。

 けれどもう、逃げなくていい。恐れなくて良いのだと、小和は思った。
 そうだね、とりくも頷く。

「じゃあ、やりたいことは、仲直りかな」
「はい……あの、でも」

 そこで言い淀んだ小和に、りくは優しく微笑んで、気不味い? と首を傾げる。
 小和は頷いた。

 りくに拾われてから、小和は喧嘩などしたことがないのだった。だから先ず、どう御堂に声をかければ良いかも分からない。ひたすら頭を下げることには慣れているが、それではまた、御堂を怒らせてしまうのではないかと思えた。咄嗟に謝ろうとした小和に、あの時、御堂は口答えをさせなかったのだから。

 ただでさえ、御堂とはこれまであまり会話をしていない。謝りたいし、できれば喧嘩をする前の関係性に戻りたいが、そのためにはなんと声をかければ良いのか、小和には全く思いつかなかった。
 それに。

「……増穂さんにも、嫌な思いをさせてしまいました。私と御堂さんのことは、増穂さんには無関係だったのに。だから、増穂さんにも何か、埋め合わせをしたいのですが……」

 あんな形でその場を逃げてきてしまって、増穂にも、きっと決まりの悪い思いをさせてしまっている。せっかく、嬉しいことを、息を切らせてまで真っ先に報せに来てくれたのに。
 増穂に説明して謝ろうにも、それさえどう説明したら良いのか、話せないことも多い。

「――では、お茶会を開いてはどうですか」

 りくが言った。
 え、と小和は目を見開く。

「お茶会、ですか?」

 聞き返した小和に、りくはにこにこと頷いた。

「秋のは、出られなかったんでしょう? ちょうど良いじゃないですか。増穂さんも呼んで、二人へのお詫びを兼ねたお茶会を開いては。声をかけるきっかけにもなりますし、上手く言えないところは、お茶が助けてくれますよ」

 いいなあ、僕も行きたいですが、とりくは楽しそうに笑う。

「で、でも、御堂さんは、増穂さんをよく思っていなくて、」

 小和は慌てた。御堂に腹を立てたのは本心だし、増穂に謝ってほしいという気持ちも、嘘ではない。増穂にしたって、傷つけるような言葉を投げつけたままにはしたくなかったが、しかしそれは、小和が御堂に押し付けるものでも、御堂に代わって小和が勝手に謝ることでも、きっとない。

 御堂には御堂の気持ちがある。彼に謝るつもりがないのなら、それは、仕方がないことなのだ。
 しかしりくは、だからですよ、と微笑んだ。

「お茶会なら、小和さんは二人に同時にお詫びができて、声をかける口実にもなります。二人にとっても、落ち着いて顔を合わせられる、良い機会になるでしょう?」

 同じ釜のものをいただくのは、許容の第一歩ですよ、と。
 りくはそう、茶目っ気たっぷりの声で言った。

 小和は想像してみる。
 二人のためのお茶会。
 今から準備するとして、日程と、用意する茶葉、茶碗、席や茶菓子の趣向、天候に、気温。
 それらを、小和は想像する。
 ひらりと、小屋の障子に、淡い影がひらめく。

「――やって、みます」

 小和は、す、と顔を上げた。
 ばさ、と枝から飛び立つ小鳥の羽音が、障子越しに響く。

「やってみます。拙い席かもしれませんが、やってみたいです」

 色々相談にのっていただいて、ありがとうございます、と、小和は両手を床について、深く頭を下げる。

「急に押し掛けてしまったのに、あの、何かお礼を、」

 言って、頭を上げながらふと、あれ、と思った。

「そうですねぇ。じゃあ――琥珀糖を」

 小和の目の前に座しているりくは、微笑んでいる。

「御堂にもお礼で渡していたでしょう。あれを、僕にもいただけませんか」

 りくの、黒檀のようなはずの黒目が、琥珀色に輝いている。

 りくは、御堂のことを呼び捨てにしていただろうか。
 秋の茶会に出られなかったことを、まるで人から聞いたような話し方をした。りくの元で、寝込んでいたからなのに。
 そう言えば今日は、栢を見ていない。

 りくは、その、月の人のようなかんばせの口許に、人差し指をそっと当てた。

「りくには、内緒ですよ?」


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