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4.雪催い
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年越しの慌ただしい準備も終えて、後は晦日を待つだけと、今年最後の店じまいを小和がしていると、からりと店の入り口が開いた。
時刻は亥の刻を過ぎている。町の集まりで夜遅くなるおかみさんからは、ほどほどにして休みなさいと言われていたのだが、つい、茶釜を磨くのに没頭してしまっていた。
「御堂さ……」
入り口に見えた姿に小和はそう声を上げようとして、すぐに、ハッと口を閉じた。
店に入ってきた御堂は、いつもと同じ、黒い袷に脚絆姿だったが、その瞳は、満月のような琥珀色をしていた。
「あの、少しお待ちいただけますか」
小和がそう言うと、御堂は少し首を傾げたが、ああ、と短く頷いた。小和は急いで手を洗い、庭を横切って自室へと向かう。棚から小さな香色の絹袋を取り出して、再び駆け足で店に戻った。
「お待たせしました」
「いや、時間ならある。あまり急ぐな、転ぶぞ」
「はい、でも、すぐにでもお渡ししたくて……」
小和は、手の内に抱えていた絹袋を、手を開いて両手で御堂に差し出した。
「約束の、琥珀糖です」
御堂は、微かに目を見開いた。
しかしすぐに微笑んで、何も言わずに絹袋を受け取る。
「変わりないか」
絹袋を懐に入れた御堂は、そう言って小和を見た。小和ははい、と答える。
「増穂さんも笹岡先生も、ご帰省前に、お店に立ち寄ってくださいました。よいお年を、と」
「そうか。体調は」
「御堂さんが見張ってくださっているので、前より少し楽をさせていただいています」
小和が微笑むと、しかし御堂は眉を顰めて、それは、と視線で示される。洗い場に置きっぱなしにしていた、先程まで磨いていた茶釜だった。これは、本当についやりこんでしまっただけなので、今日はもうこれで休むつもりだと小和は告げる。
御堂はあの茶会の後も、ずっと尾羽の町にいた。小和の体調ならば、もう随分前に普段通りに戻っていたし、三角の時期も過ぎ、お詫びがわりのお茶会も終わった。そろそろ、お山に帰らなくても良いのだろうか――訊いてみようかと、小和は口を開く。
「……あの、」
「邪魔をしたな。早く休めよ」
小和が口を開きかけた瞬間、しかし目の前にいる御堂は、そう言って踵を返した。小和はそのまま声を飲み込んで、御堂を見送ろうと追いかける。
と、不意に彼が、立ち止まる。
ああそうだ、と、戸口に手をかけながら振り返って、
「萩の君の淹れるお茶が美味しいのは分かるが、そろそろ一度山に帰ってきなさい、と、御堂に伝えておいてくれるか」
その、琥珀色の瞳を、愉しそうに細めて。
御堂は、店を出ていった。
――萩の君。
小和はぽかんとしながら、その言葉を頭の中で繰り返す。
萩、は、奈緒が好んで着ている柄だ。秋の柄だが、茶会などの特別な日でもない限り、奈緒は工夫をしながら通年、着ている。
「……そう言えば、御堂さん、最近は奈緒姉さんの淹れるお茶ばかり、飲んでいた……」
奈緒も察して、御堂が来るとすぐに対応に入っていたように思う。だから、気がつかなかった。
小和はぼうとしたまま入り口の前に突っ立っていたが、やがて、驚きのあまり彼の人を見送り損ねたことに気付くと、しょんぼりと肩を落とした。
溜息をつく。
「……年明けにはまた、あなたにお会い、できますように」
時刻は亥の刻を過ぎている。町の集まりで夜遅くなるおかみさんからは、ほどほどにして休みなさいと言われていたのだが、つい、茶釜を磨くのに没頭してしまっていた。
「御堂さ……」
入り口に見えた姿に小和はそう声を上げようとして、すぐに、ハッと口を閉じた。
店に入ってきた御堂は、いつもと同じ、黒い袷に脚絆姿だったが、その瞳は、満月のような琥珀色をしていた。
「あの、少しお待ちいただけますか」
小和がそう言うと、御堂は少し首を傾げたが、ああ、と短く頷いた。小和は急いで手を洗い、庭を横切って自室へと向かう。棚から小さな香色の絹袋を取り出して、再び駆け足で店に戻った。
「お待たせしました」
「いや、時間ならある。あまり急ぐな、転ぶぞ」
「はい、でも、すぐにでもお渡ししたくて……」
小和は、手の内に抱えていた絹袋を、手を開いて両手で御堂に差し出した。
「約束の、琥珀糖です」
御堂は、微かに目を見開いた。
しかしすぐに微笑んで、何も言わずに絹袋を受け取る。
「変わりないか」
絹袋を懐に入れた御堂は、そう言って小和を見た。小和ははい、と答える。
「増穂さんも笹岡先生も、ご帰省前に、お店に立ち寄ってくださいました。よいお年を、と」
「そうか。体調は」
「御堂さんが見張ってくださっているので、前より少し楽をさせていただいています」
小和が微笑むと、しかし御堂は眉を顰めて、それは、と視線で示される。洗い場に置きっぱなしにしていた、先程まで磨いていた茶釜だった。これは、本当についやりこんでしまっただけなので、今日はもうこれで休むつもりだと小和は告げる。
御堂はあの茶会の後も、ずっと尾羽の町にいた。小和の体調ならば、もう随分前に普段通りに戻っていたし、三角の時期も過ぎ、お詫びがわりのお茶会も終わった。そろそろ、お山に帰らなくても良いのだろうか――訊いてみようかと、小和は口を開く。
「……あの、」
「邪魔をしたな。早く休めよ」
小和が口を開きかけた瞬間、しかし目の前にいる御堂は、そう言って踵を返した。小和はそのまま声を飲み込んで、御堂を見送ろうと追いかける。
と、不意に彼が、立ち止まる。
ああそうだ、と、戸口に手をかけながら振り返って、
「萩の君の淹れるお茶が美味しいのは分かるが、そろそろ一度山に帰ってきなさい、と、御堂に伝えておいてくれるか」
その、琥珀色の瞳を、愉しそうに細めて。
御堂は、店を出ていった。
――萩の君。
小和はぽかんとしながら、その言葉を頭の中で繰り返す。
萩、は、奈緒が好んで着ている柄だ。秋の柄だが、茶会などの特別な日でもない限り、奈緒は工夫をしながら通年、着ている。
「……そう言えば、御堂さん、最近は奈緒姉さんの淹れるお茶ばかり、飲んでいた……」
奈緒も察して、御堂が来るとすぐに対応に入っていたように思う。だから、気がつかなかった。
小和はぼうとしたまま入り口の前に突っ立っていたが、やがて、驚きのあまり彼の人を見送り損ねたことに気付くと、しょんぼりと肩を落とした。
溜息をつく。
「……年明けにはまた、あなたにお会い、できますように」
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