迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

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第4夜 天岩戸の天照

第5話 雀

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    ──ピシュッ!

 自分に向かって飛んできた札を茶木は注射針で切り裂く。
 札に気を取られている一瞬に、緋鞠には逃げられてしまっていた。

 茶木は自分を邪魔した人物へと視線を向けた。
 そこには一人の少年が立っていた。金糸の髪に、目立つ容貌。スーパーの買い物袋を手にし、茶木を睨みつけている。

 ここ最近、病院で何度か見かけたことがあったが、まさかこんなところで遭遇するとは……。

「──三國一等兵」

 翼は颯月で女を威嚇しながら、記憶をたどる。
 確か、緋鞠を担当していた看護師だ。しかし、あの投擲や動き、気配のなさは普通とは言いがたい。

「……てめぇ、何者だ?」

 茶木は注射器を仕舞った。今、事を交えるのは得策ではない。頭を垂れて膝をつき、敵ではないことを示す。

「命により貴方と同じ任につきました。茶木と申します」
「任務?」
「神野緋鞠の調査任務です」

 翼が不快をあらわにした。

「俺一人で十分だ」
「そういうわけには参りません。貴方は経過報告さえしていない」
「人の任務を横取りするんじゃねぇよ」
「貴方が言えたことではありません」

 茶木はため息を吐くと、緋鞠に向けて密偵を放った。
 これ以上目を離せば、任を果たせなくなる。

 しかし、翼がそれを見逃すはずがない。茶木より放たれたものに向かって、素早く颯月を抜き払った。

「話をしている最中に式神を放つなんざいい度胸だな」

 ぼとっとが音を立てて地面に落ちる。

 舞い散る茶色の羽。
 落ちてきたのは雀だった。

「雀?」

 そのことに違和感を覚える。
 通常の式神なら切り裂いた時点で、和紙に戻るはずだ。なのに、姿を変えるどころか、血を流して事切れている。

「!」

 ピシュッ!

 空気を切り裂く音が聞こえ、反射的に颯月を構えた。
 キンッ、と澄んだ音をさせ、切り裂いたものは注射器だった。

 シュゥゥゥ……。

 真っ二つに割れた中から煙が漏れ出て翼を包み込む。そこに向かって茶木はさらに、注射器を放った。

 せめて気絶していてくれれば、良いのだが。

「!?」

 煙が晴れた先に、翼の姿がなかった。注射器は全て壁に突き刺さっている。
 殺気を感じて上を向くと、黒い刃が振り下ろされた。茶木は咄嗟に隠していた武器で受け止めるが、衝撃に耐えられない。

 ズザザッ──!

 両者ともに勢いを殺すように距離を取る。茶木が手にしていたのは苦内くないだった。

 雀、苦内、諜報──。

「おまえ、もしや“野鳥やちょう"か……?」

 茶木の顔色が変わった。翼から距離を取るように飛び上がる。塀の上に着地すると嘴が付いたマスクで口元を覆い、大きなマントを羽織った。

 茶木は苦内を両手に構える。

「バレたからには、生かしておけない」

 野鳥とは、陰陽院の隠密部隊である。全員がコードネームに鳥の名を持ち、その名の鳥類を諜報に使うことで知られている。

 野鳥は正体を隠して行動する。
 諜報、裏工作、暗殺……。人には言えない仕事を数多くこなす。

 雀の名を襲名している茶木もそうだった。
 雀は身体が小さく、他の鳥や動物よりも弱いイメージを持たれるが、名を戴いたからにはそれに恥じぬ働きをする。

 茶木は抑えていた殺気をぶわりと膨れさせた。

「野鳥が一人、雀。お命頂戴つかまつる──!」

 いつも通り、首を斬るイメージ。
 肉を経つ感触と吹き出る血。
 地面を蹴って、素早く切り結ぶ。通りすぎ様に苦内に付いた血を払い、着地する。

 背後で倒れる音が聞こえてくる──はずだった。

 苦内がカランっと乾いた音を立て、アスファルトの上に転がる。
 苦内を握っていた手が自身の血で濡れていた。

 いったい、いつの間に切られたのか。自身から流れている血に理解が追いつかない。

 視線を背後に向けると、確かに手応えを感じたはずの翼の首には傷ひとつない。
 だとしたら、茶木はいったい何を斬ったのか。

 ぱたぱたと、滴が落ちる音がする。
 翼の颯月を握った方とは反対の手には瑞々しい果実が見え、切り口からは果汁が滴っている。

(──いつの間に!?)

 それ以上に、雀を恐怖へと叩き落としたものがあった。

 翼の背後に蠢く黒い影。怪しげに光る二つの目が、三日月のように細くなって雀を見下ろしている。
 
 一瞬、契約妖怪かとも思ったが、それともまた違うようだ。
 揺らぐ影には腕があり、片方には返り血と思われる血が付いていた。

 ──化け物を、飼っているのか!?

 取り落とした苦内を拾おうとしたが、手が震えてしまう。雀の恐慌状態を知ってか知らずか、翼は手にした颯月を雀の首元に突きつけた。

「あいつから早々に手を引け。これは俺の任務だ」

 さもなくば、と言葉が続く。翼の声に、もうひとつ地の底から這い出たような不気味な声が重なった。

『「二度と飛べなくしてやるからな」』


 怯えた様子の茶木が翼の前から姿を消したあと、颯月から手を離すと光の粒子となって消えた。

『せっかく良いオレンジを見舞い用に見繕ったのに、あの者のせいで台無しになりましたね』

 颯月が翼の周りをふよふよと漂う。
 裁定者は契約者にしか見えない。わざとなのかは知らないが、視界を遮るように飛ばれるとイラっとしてくる。

「偵察用だ。おまえまで勘違いするな」

 ただでさえ京奈には緋鞠の見舞いに行くほどの人間関係ができたのかと勘違いされ、質問責めに合っているのだ。

『友になればいいのに』
「俺は偵察する側だ。そんなのは友とは呼ばない」
『経過報告もしていないのに?』

 その言葉に翼は表情を歪ませる。

「……報告するのが面倒なだけだ」

 あの日、一瞬見えた景色。幼い頃の記憶を思い出すことができない。
 思い出そうとすると、電波障害でも起こすように記憶に障害が起きた。

「くッ……」

 頭の中を針で刺されたような痛みに翼は呻く。

『可哀想に……。思い出せないのね』

 はっと顔を上げるが、翼の周りには颯月以外に誰もいない。
 翼を労るようでいて、楽しげな女の声が聞こえた気がしたのだが……。

『翼?』

 颯月に呼びかけられ、首を振る。

 そういえば、翼の背後を見た茶木がひどく狼狽えていた様子を思い出す。
 あの女は一体何に怯えたのだろう?

 翼はため息をこぼすと、歩き出した。その背後で不気味に笑う影には気づかずに。
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