迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

文字の大きさ
37 / 113
第4夜 天岩戸の天照

第6話 バカ銀!

しおりを挟む
 緋鞠は琴音の後を追いながら、緋鞠たちを助けた札について考えていた。琴音ではないとしたら、いったい誰が投げたのか。

 振り返って誰が投げたのか確認しておけばよかった。
 会って礼のひとつくらいしたい。
 
 ──礼といえば……。
 翼にまだ礼を言えてない。彼は本当に無事なんだろうか?

 (そういえばあの札、どこかで見覚えがあるような……)

 琴音が「あっ!」と声をあげた。

「緋鞠ちゃん、ここを曲がって、もう少しです」
「えっ、本当!?」

 ぱっと顔を上げ、両手を万歳と挙げると、その手をがしりと掴まれた。
 骨ばった男性の手だ。

「緋鞠、捕まえたぞ……」
「っ!?」

 ざぁっと血の気が引いた。

 顔を背後に向ければ、銀狼がいた。
 その瞳は、怒りの炎で燃えている。

「ぎ、銀狼、奇遇ね。まさかこんなところで会うなんて……」
「ああ、まったく奇遇だな。病室で大人しく待っていろ、と言ったはずだが?」

 見逃してくれと言っても、今の銀狼は聞いてくれそうにない。

「こんなところで何をしているんだ?」
「えっと……そのぉ……」

 正直に言うか迷う。
 噂の天照さんに会いに来ました。なんて言ったら、なにかの商法にでも引っ掛かったとか思われて、即強制送還だろう。
 目を逸らし、うまい言い訳を必死で考えるが、何も思い付かなかった。

「あ、あの! 私が緋鞠ちゃんに付き合ってもらったんです!」

 琴音が銀狼から緋鞠を庇うように割って入った。
 しかし、銀狼の背が高いため、見下ろされるような形になってしまう。さらに不機嫌さがプラスされているせいで、目付きがかなり悪くなっており、琴音は恐怖から足が震えていた。
 けれども一歩も引かずに、まっすぐ銀狼の目を見ている。

「どんな怪我もすぐに直してくれる薬師がいらっしゃるんです。緋鞠ちゃんには、その方にお会いするのに、一緒に来てもらったんです」

 ちらりと銀狼が緋鞠を見る。
 緋鞠はこくこくとうなずいた。

「だからと言って、怪我人を連れ歩くとはどういうことだ? それなら、病室に連れてくればいいだろう?」
「そ、それは、滅多に外に出てこない方で……!」
「連れてこれないということは、いないんじゃないか?」
「っ!」

 銀狼に指摘された琴音は、言葉を失った。

 ウソつき呼ばわりされた幼い頃の苦い思い出が、一気によみがえる。
 緋鞠はカタカタと身体を震わせる琴音の肩に手を置いた。

「ちょっと、銀狼。ちゃんと話を……」
「緋鞠もだ。そんな話に耳を貸しおって! 友人は選べ」

 プツッと緋鞠の中で何かが切れた。

「……なんでそんなこと言うの!!」

 銀狼は驚いて緋鞠を見る。

「琴音ちゃんのこと知らないくせに! 私の友達を悪く言う銀狼なんて嫌い!!」
「なっ……」

 ──悔しい。どうしてちゃんと話も聞かずに、頭ごなしに否定するの?

 感情が昂って、涙があふれてくる。

 優しくて思いやりのある琴音がいなかったら、緋鞠は試験に落ちていたし、この世にいなかったかもしれないのに。

「もう顔も見たくない! バカ銀!!」

 琴音の腕を引っ張り、その場を後にする。
 視界の端に傷ついた表情の銀狼が映り、胸がチクリとした。けれども、緋鞠の友人に対し、ひどいことを言ったのは銀狼だ。

 ──私は悪くない。悪くない……!

 自分に言い聞かせながら、ひたすら足を動かした。

「緋鞠ちゃん!」

 立ち止まり振り返ると、琴音が悲しそうな表情で緋鞠の手を握った。

「今すぐ戻りましょう。今なら間に合いますよ」
「いや」

 友達を悪く言う銀狼が悪い。
 首を振ると、強く手を引かれた。

「私も一緒に謝りますから」
「なんで? あんなにひどいこと言われたのに!」
「それは、銀狼さんは緋鞠ちゃんが大事だから。緋鞠ちゃんだって、銀狼さんが大事でしょう?」
「琴音ちゃんだって、大事だもん!」

(絶対に戻らない!)

    琴音にいくら諭されようとも絶対嫌だ。

「へい! そこの少女ガールたち!」

 シリアスな雰囲気を壊すような明るく陽気な声に呼び掛けられ、二人同時に視線を向けた。

「うちの銭湯寄ってかない?」

 道の向こうからショートヘアーの女が、おいでおいでと二人に向かって手招きをしていた。
 緋鞠と琴音は思わず顔を見合わせ、再び女へと視線。移した。

 淡い桃色をしたショートヘアは元気よく外側に跳ね、マスカット色の瞳は猫のような吊り目をしている。
 少々幼く見える容姿だが、見た目と相反したスタイルと、酒と書かれたサッカーボールほどの丸い徳利を持っていることから成人していることがわかる。

 女は包帯に包まれた緋鞠の右手を気づき、ぱちくりと大きな瞳を瞬かせる。

「あらら? 怪我してるの!?」

 女は徳利を背中に背負うと、二人の手首を引っ張った。

「みーおに見てもらえば、あっという間に治るよ!」
「えっちょ……どこにいくの!? ていうか貴女、誰!?」
「私? かがり京奈けいなだよ!」

 京奈と名乗った女は、二人を引きずっていく。

「あの、私たち薬師の天照さまに会いに行くところでして!」
「天照ぅ? ……あー! それ、みーおが昔所属してた族の名前と一緒だぁ!」
「族!? 族って、まさか、暴走族……?」
「そうそう!」

 その言葉を聞いて、二人は竦み上がる。
 薬師の天照さまが、暴走族であるわけがない。人違いだ。

 そう言って、京奈から逃げようとして抵抗するも、びくともしない。小柄なのに、なんという怪力!

「はい、とーちゃく!」

 目の前に現れたのは、民家より少し大きな日本家屋。
 大きな引き戸の玄関には紺色の暖簾が提げられており、“銭湯花火"とカラフルな文字が書かれてあった。

「わあ~」
「ふふーん、なかなかいいでしょー? ここ、下宿も兼ねてるから結構広いんだよ~」

 相づちを打つと、琴音が慌てた様子で緋鞠に顔をむける。

「緋鞠ちゃん、ここ! ここですよ、私が案内しようとしてた場所!」
「えっ!?」

 ──それじゃあ、薬師の天照さまって暴走族なの……?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...