迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

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第6夜 夢みる羊

第2話 私にとって

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 二人を正座させていると、琴音と銀狼が駆け寄って来る。

「緋鞠ちゃん、すごく心配しましたよ!」
「がふわふ!(まったくだ!)」
「ごめんごめん。もう大丈夫だよ! 来栖くんは手を引いてくれるって」
「えっ、本当ですか!?」

 銀狼は尻尾をパタパタさせながら、ふんっと鼻を鳴らした。

『元はといえば、こいつらのしゅじ……』
「わぁ犬だ! 来い来い」
『誰が犬だ! 俺は誇り高い狼だぞ!』
「マジでぇ!? かっけぇー!」

 銀狼は本来の狼の姿に変化し、ふんぞり返ったまま湊士の称賛を受けていた。

 ──単純なんだから……。

 彼らのことは放っておくことにして、緋鞠は蔵刃を見下ろす。一瞬、びくりと身体を震わせたのは、緋鞠が怖いからじゃないと思いたい。

「貴方たちは来栖くんの友達なの?」

 いや、と蔵刃は静かに首を振った。

「我らは従者だ。来栖さまを御守りし、来栖さまのために生きる」
「そうなの? てっきり友人なのかと思った」
「従者は仕えるのが務め。ご友人などと、恐れ多い」
「そうなんだ……」

 次期当主ともなれば、従者がいるものなのか。となると、瑠衣の側にいたあの二人も従者の可能性がある。
    まったく勝手が違う世界で、ややこしいったらありゃしないなぁ……。
     穏便な学園生活を送るためには、覚えなければならないことが多すぎる。緋鞠が慣れない環境に、少し頭痛を覚えていると。

「時に神野殿。提案があるのだが」

 そう言って、蔵刃が背筋を正す。その雰囲気から、緋鞠も背筋を伸ばして、蔵刃の目の前に座った。蔵刃の蜂蜜色の瞳が、緋鞠の紅い瞳を見据える。

「我が陣営に加わらぬか?」
「……え?」

 緋鞠の眉間にしわが寄った。
 聞き間違えたのかと思ったが、蔵刃の真剣な表情から冗談ではないことがわかる。

「理由を、聞いてもいい?」
「貴女は非常に腕がたつ。その腕を見込んで、ぜひともその力を御借りしたい」

 蔵刃が深々と頭を下げた。

「ちょ、顔を上げて」

 しかし、蔵刃は依然、その態勢を変えない。
 困り果てて湊士に助けを求めるも、満面の笑顔で銀狼をひたすら撫でまくっている。緋鞠の視線に気が付くと、親指を立てた。

「賛成だぞ! おまえ、度胸あるし、きっと強いんだろ?」
『俺の主だぞ。当然だ!』

 ふふーん、と銀狼が鼻高々になった。琴音を見ると、何故だか落ち着かない様子だ。悪い話ではないのだろう。
 だけど──。

 緋鞠は頭を下げた。

「ごめんなさい。来栖くんの派閥に入ることはできません」

 はっきりと断ると、蔵刃が顔を上げる。

「理由を伺っても?」
「どこかに属するってことは、他を否定することになる。私は、みんなと協力していきたいの。誰かと対立するのではなく、手を取り合っていきたい」
「それを実現するために、リーダーを三國に託すおつもりか?」

 その言葉に緋鞠は数回、目を瞬かせた。

 ああ、そうなってしまうのか。緋鞠は、彼に自分の理想を押しつけようとしているのか?

 ……いいえ、違う。

「そんなつもりで、翼を選んだわけじゃない」

 誰かに代弁者になってほしいと思ったことなど、一度もない。
 
 ──私は、ただ……。

「翼はぶっきらぼうだし、愛想はないし、ちょっと怖いけど。優しいし、面倒見いいし、強いし。それから……本当に困ってたら助けてくれるもの。とてもいいリーダーになる」

 それはきっと瑠衣も来栖も同じなんだろう。私が彼らをよく知らないだけで──。

「だから、来栖くんや瑠衣たちのことも、これから知りたいって思ってる」

 だけど、私の中で、今。一番は誰かを問われれば、答えは一つだけ。

「でも、今の私にとっては。翼が一番なんだ」

 自身で納得のいく答えを出せたと、晴々とした笑顔で答えれば、蔵刃は瞳を伏せた。どうやら、勧誘は諦めてくれたようだ。

「主従ではなく友との絆か……。しかと見せてもらった」
「あーあー。ま、いっか。ライバルの方が遠慮なく手合わせできるもんな!」

 湊士は少し残念そうにしながらも、嬉しそうに破顔する。
 確かに身内となれば無意識に手加減してしまうだろう。誘われたからというのもあるが、本気で湊士と手合わせをしてみたいと感じた緋鞠としては、都合がよかった。

「ん?」
 
 違和感を感じて、銀狼の方を見る。なんだか様子がおかしい。先ほどまでの穏やかな雰囲気は消えて、チワワのように身体を震わせている。

「銀狼、どうしたの?」
『……そういう言葉はあまり使わない方がいいぞ』
「? なにが?」

 何かおかしなことを言っただろうか。
 琴音に聞こうとそちらを見ると、両手でおさえた頬を赤らめて、うっとりとしていた。

「琴音ちゃん!? ど、どどどうしたの?」
「……すばらしい!」
「へ?」
「青い春と書いて、青春! ステキ……!」
「なにが!?」

    詳しく聞こうにも、琴音は興奮ぎみに肩を叩いてくるし、銀狼はそっぽを向いて話を聞かない。

 本当に、二人(?)ともどうしたんだろう。

 ……春だからかな?

 始業のチャイムが鳴ったので、みんなで教室へ向かうことにした。その間、ポメラニアンサイズに戻った銀狼は頭の上に。かと思えば、小言が雨のように降り続いた。あまりにうるさくて、緋鞠はずっと耳を塞いでいたのだった。
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