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第6夜 夢みる羊
第1話 嬉しい伝言
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学園二日目。
爽やかな朝日が校舎を照らす中、こそこそと怪しい動きをする生徒が二人。昨日の襲撃に警戒心を強めた緋鞠と、友人の琴音である。多くの生徒が楽しげに登校する中、緋鞠は琴音の背中に隠れながら、慎重に校舎までの道を進む。
「ひ、緋鞠ちゃん、さすがに朝は襲ってこないのでは……?」
「いや、ちょっとでも隙を見せたら、殺られるつもりでいないと」
「わふん(おおげさだなー)」
ポメラニアンサイズの銀狼が、緋鞠の頭の上で大欠伸をする。周囲に気の毒そうな表情で見られているのは、緋鞠なのか、はたまた琴音なのか……。
「おおげさじゃないもん! もうほんと怖かったんだから!」
「緋鞠ちゃん、よしよし」
昨日のクラスメートたちはまるで狂信者のようだった。しかし、今日の緋鞠には、琴音と銀狼という頼もしい仲間がいる。
(負けないからね!)
自身を奮い立たせていると、グラウンドに差しかかったところで、射るような視線を感じた。
顔を向けると、グラウンドの中心に一人の少年が立っているのが見える。あんなところで何をしているのだろう。すると、その少年は緋鞠と視線が交わると、挑戦的に手招いた。
──朝っぱらからやろうっての?
緋鞠はかちんっと苛立つと、銀狼を頭から下ろした。そうしてカバンを銀狼に預ける。
「──銀狼。 琴音ちゃんをお願いね!」
「緋鞠ちゃん!?」
緋鞠は地を蹴り、一直線にグラウンドを目指す。
相手の少年も、緋鞠に向かってきた。
接触まであと十メートル。
制服の袖に忍ばせた霊符を取り出す。互いの瞳の色が見える距離まであと数歩となった瞬間、ゴッと何かがぶつかる音と共に、目の前から忽然と少年の姿が消える。
「へっ?」
横を向けば、少年が勢いよくサッカーのゴールポストまで飛ばされていく。緋鞠は思わず足を止め、ぽかんと呆けた顔をしながら見送った。
「……な、なに?」
少年がぶつかった場所は土煙で覆われていた。もうもうと立ち込める土煙の中から、また別の少年が現れる。黒髪に、黄の三白眼の瞳。姿を現すまで、まったく気配がなかった。
緋鞠は霊符を握りしめたまま、目の前にいる少年の瞳を見つめる。感情の読めない、水晶玉のような目だった。すると、少年がおもむろに口を開く。
「──貴女が神野緋鞠に相違ないか?」
聞き慣れない古風な話し方に戸惑いを覚えつつ、緋鞠は頷いた。少年は安心したように面のように固い表情を和らげると、膝を折って頭を下げる。
「お初にお目にかかる。我が名は百地蔵刃。我が主から伝言を授かってきた。しばしの間、よろしいか?」
「どうぞ」
「かたじけない」
時代劇に出て来る侍のような口調の少年、蔵刃は立ち上がると、懐から蛇腹折りの和紙を取り出した。広げて、こほんっと咳払いを一つ。
「『神野さん、昨日はご迷惑をお掛けしました』」
声帯模写だろうか。その声はまるっきり来栖の声だった。どうやら差出人は来栖らしい。しかし、それよりも彼の精巧なる声真似のほうに興味をひかれた。
「すごい! 来栖くんにそっくりだね!」
緋鞠は思わず、感心しながら拍手をした。すると、蔵刃が彫像のように固まってしまう。
「ん? どうしたの?」
おーい、と顔の前で手をひらひらさせても動かない。てっきり続きを読んでくれるものだと思っていたのだが……。緋鞠が首を傾げると、横から声をかけられる。
「悪ぃな! そいつ、褒められると照れて動けなくなるんだよ」
いててて、と脇腹を押さえながら人懐こい笑顔で近づいてきたのは、先ほどゴールポストまで飛ばされた少年だった。近くで見ると、すごく大きい。山のように背の高い少年をあんぐりと口を開けて見てしまう。
「俺は藤林湊士。あんたすげぇな! 俺の殺気に反応して反撃かまそうとしただろ!」
バシバシ、湊士は緋鞠の背中を叩く。
褒められて悪い気はしないが、背中が痛い。
「そうだ。うちの派閥の人間全員、おまえには手を出さないよう言いつけておいたから。安心して教室に来いよって、来栖からの伝言な!」
「えっ、それ、本当!?」
「ああ」
「わあ、助かった。ありがとう!!」
湊士も緋鞠といっしょに喜びを分かち合っていると、はっと我に返った蔵刃が湊士に指を突き付けた。
「湊士! また、我の任務を邪魔したな!?」
「いやあ、勝手に固まってたのが悪いんじゃねぇか」
「そっ、それは我があまり女子と話したことがなかったから……って、貴様が神野殿を挑発しなければ、もっと穏便にすんだのだ!」
「強いヤツと手合わせするのは礼儀だろうが!」
「どんなヤンキー脳だ!」
二人の少年の言い合いを見ながら、緋鞠は欠伸を噛みしめる。
もう行ってもいいかな? 緋鞠が一歩二歩と後方に下がると、突然蔵刃が緋鞠に向けて手を差し向ける。
「だいたい、嫁入り前のお嬢さんに、勝負を挑むなんてどうかしているぞ! 貴様の馬鹿力で怪我をさせたら、どう責任を取るつもりだ!」
「いや、私そこまで弱くないよ?」
「おまえはいちいち考え方が古くせぇんだよ! そんなこと気にしてたら、手合わせできねぇじゃねぇか!」
「いや、手合わせするなら、ひとことほしいなあ……って、聞いてないね?」
「女子は守るものだ! 張り合う相手ではない!」
「男女平等喧嘩上等!」
「あーもーうるさあああああい!!」
緋鞠はふたりの腕をがっと掴む。
「え?」
「は?」
どしん、と音をさせ、緋鞠はふたりをその場に転がした。
背中を地面につけたふたりはきょとんとしている。
「蔵刃は気を遣いすぎ! 湊士はひとこと足りない! どっちもどっち! 喧嘩終わりー!!」
爽やかな朝日が校舎を照らす中、こそこそと怪しい動きをする生徒が二人。昨日の襲撃に警戒心を強めた緋鞠と、友人の琴音である。多くの生徒が楽しげに登校する中、緋鞠は琴音の背中に隠れながら、慎重に校舎までの道を進む。
「ひ、緋鞠ちゃん、さすがに朝は襲ってこないのでは……?」
「いや、ちょっとでも隙を見せたら、殺られるつもりでいないと」
「わふん(おおげさだなー)」
ポメラニアンサイズの銀狼が、緋鞠の頭の上で大欠伸をする。周囲に気の毒そうな表情で見られているのは、緋鞠なのか、はたまた琴音なのか……。
「おおげさじゃないもん! もうほんと怖かったんだから!」
「緋鞠ちゃん、よしよし」
昨日のクラスメートたちはまるで狂信者のようだった。しかし、今日の緋鞠には、琴音と銀狼という頼もしい仲間がいる。
(負けないからね!)
自身を奮い立たせていると、グラウンドに差しかかったところで、射るような視線を感じた。
顔を向けると、グラウンドの中心に一人の少年が立っているのが見える。あんなところで何をしているのだろう。すると、その少年は緋鞠と視線が交わると、挑戦的に手招いた。
──朝っぱらからやろうっての?
緋鞠はかちんっと苛立つと、銀狼を頭から下ろした。そうしてカバンを銀狼に預ける。
「──銀狼。 琴音ちゃんをお願いね!」
「緋鞠ちゃん!?」
緋鞠は地を蹴り、一直線にグラウンドを目指す。
相手の少年も、緋鞠に向かってきた。
接触まであと十メートル。
制服の袖に忍ばせた霊符を取り出す。互いの瞳の色が見える距離まであと数歩となった瞬間、ゴッと何かがぶつかる音と共に、目の前から忽然と少年の姿が消える。
「へっ?」
横を向けば、少年が勢いよくサッカーのゴールポストまで飛ばされていく。緋鞠は思わず足を止め、ぽかんと呆けた顔をしながら見送った。
「……な、なに?」
少年がぶつかった場所は土煙で覆われていた。もうもうと立ち込める土煙の中から、また別の少年が現れる。黒髪に、黄の三白眼の瞳。姿を現すまで、まったく気配がなかった。
緋鞠は霊符を握りしめたまま、目の前にいる少年の瞳を見つめる。感情の読めない、水晶玉のような目だった。すると、少年がおもむろに口を開く。
「──貴女が神野緋鞠に相違ないか?」
聞き慣れない古風な話し方に戸惑いを覚えつつ、緋鞠は頷いた。少年は安心したように面のように固い表情を和らげると、膝を折って頭を下げる。
「お初にお目にかかる。我が名は百地蔵刃。我が主から伝言を授かってきた。しばしの間、よろしいか?」
「どうぞ」
「かたじけない」
時代劇に出て来る侍のような口調の少年、蔵刃は立ち上がると、懐から蛇腹折りの和紙を取り出した。広げて、こほんっと咳払いを一つ。
「『神野さん、昨日はご迷惑をお掛けしました』」
声帯模写だろうか。その声はまるっきり来栖の声だった。どうやら差出人は来栖らしい。しかし、それよりも彼の精巧なる声真似のほうに興味をひかれた。
「すごい! 来栖くんにそっくりだね!」
緋鞠は思わず、感心しながら拍手をした。すると、蔵刃が彫像のように固まってしまう。
「ん? どうしたの?」
おーい、と顔の前で手をひらひらさせても動かない。てっきり続きを読んでくれるものだと思っていたのだが……。緋鞠が首を傾げると、横から声をかけられる。
「悪ぃな! そいつ、褒められると照れて動けなくなるんだよ」
いててて、と脇腹を押さえながら人懐こい笑顔で近づいてきたのは、先ほどゴールポストまで飛ばされた少年だった。近くで見ると、すごく大きい。山のように背の高い少年をあんぐりと口を開けて見てしまう。
「俺は藤林湊士。あんたすげぇな! 俺の殺気に反応して反撃かまそうとしただろ!」
バシバシ、湊士は緋鞠の背中を叩く。
褒められて悪い気はしないが、背中が痛い。
「そうだ。うちの派閥の人間全員、おまえには手を出さないよう言いつけておいたから。安心して教室に来いよって、来栖からの伝言な!」
「えっ、それ、本当!?」
「ああ」
「わあ、助かった。ありがとう!!」
湊士も緋鞠といっしょに喜びを分かち合っていると、はっと我に返った蔵刃が湊士に指を突き付けた。
「湊士! また、我の任務を邪魔したな!?」
「いやあ、勝手に固まってたのが悪いんじゃねぇか」
「そっ、それは我があまり女子と話したことがなかったから……って、貴様が神野殿を挑発しなければ、もっと穏便にすんだのだ!」
「強いヤツと手合わせするのは礼儀だろうが!」
「どんなヤンキー脳だ!」
二人の少年の言い合いを見ながら、緋鞠は欠伸を噛みしめる。
もう行ってもいいかな? 緋鞠が一歩二歩と後方に下がると、突然蔵刃が緋鞠に向けて手を差し向ける。
「だいたい、嫁入り前のお嬢さんに、勝負を挑むなんてどうかしているぞ! 貴様の馬鹿力で怪我をさせたら、どう責任を取るつもりだ!」
「いや、私そこまで弱くないよ?」
「おまえはいちいち考え方が古くせぇんだよ! そんなこと気にしてたら、手合わせできねぇじゃねぇか!」
「いや、手合わせするなら、ひとことほしいなあ……って、聞いてないね?」
「女子は守るものだ! 張り合う相手ではない!」
「男女平等喧嘩上等!」
「あーもーうるさあああああい!!」
緋鞠はふたりの腕をがっと掴む。
「え?」
「は?」
どしん、と音をさせ、緋鞠はふたりをその場に転がした。
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