迦具夜姫異聞~紅の鬼狩姫~

あおい彗星(仮)

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第6夜 夢みる羊

第10話 誘う声

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 ほとんどのクラスメートたちは、無事に囲いの外に出たようだ。そしてあの囲いは、一度出てしまうと入れないらしい。
 憤慨している琴音の姿を視界に入れながら、降りやまない弾丸の中を少女に向かって走る。
 非常事態なんだから攻撃を止めてほしい。切実に。

「あーうっとうしい!! これ、いつになったらやむの!?」
『緋鞠! 霊符はないのか!』
「あるけど貼る暇ない!!」 

 鞭を振るわなければ、弾丸に当たる。銀狼も弾丸を蹴り飛ばしながら、爆発寸前には霊体化して避けてはいるが、とにかく数が多い。
 少女も盾で防いでいるが足が痛むのだろう、かなりキツそうだ。

「あっ……!」

 爆発の衝撃で少女の手から盾が離れる。それを待っていたかのように、弾丸が少女へと向かっていく。当たれば、大怪我ではすまされない。
 緋鞠はぐっと唇を噛むと、霊符を足に貼りつけた。

『跳』

 地面を強く蹴り、数メートルの距離を一気に跳んだ。
 鞭を縦横無尽に振るい、上空で弾丸を破裂させる。

「──大丈夫!?」
「っ!!」

 安堵の表情を向けた少女の横に着地すると、ドンッと強く突き飛ばされた。

「え」

 驚いて尻餅をついてしまう。
 少女の視線に顔を上げると、間近まで弾丸が迫っていた。緋鞠を巻き込まないよう突き飛ばしたのだ。
 
 ──あのままでは、まともに喰らってしまう!!

 急いで身体を起こし、手を伸ばした。

    お願い、間に合って!!

 そのとき、少女の姿が誰かと重なった。
 幼い少女。所々に血が染みたボロボロの着物。土に汚れ、乱れた黒髪。

「っ!」

 頭がひび割れるような感覚に襲われる。

 ──私に力があったら、怖い思いをしなくてすむのに……。

 ──私に強さがあったら、泣かずにすむのに……。

    ぐらぐらと視界が揺れて、思考がぐちゃぐちゃになりそうだった。
    これは……誰の想い?

『力をあげましょうか?』

 女の声が聞こえた。
 月姫とは違う酷く冷たいその声に、心臓が凍りついてしまいそう。
     思わず胸を押さえて、俯いていた顔を上げる。だけど、目の前の少女はおろか、他のクラスメートたちもいない。それどころか、白紙のような真っ白な世界が広がっていた。

(何、ここ……だって、さっきまでグラウンドにいたのに……!)

    音も、誰もいない空間。不気味な気配しか感じられず、緋鞠は不安に押し潰されそうになる。

『今の貴女では、誰も助けられないわ。と何か変わった?』

    あの頃? どういうこと?
    意味がまったくわからない。恐ろしくて肩を抱き、うずくまった。ただ、この女が知っていることを、私は知らないだろう。そんな根拠のない自信のみで、心を固く閉じようとすると──。

『私がいれば、きっと何もかもがうまくいく』
「……え?」

 足下の影が、陽炎のようにゆらゆらと揺れて、緋鞠の目の前で人形ひとがたになった。

『守りたいでしょう? 大事な人たち。貴女じゃ絶対に無理だけど、私がいたらきっとできるわ』

   大事な人たち。脳裏に浮かぶ、皆の姿。
   強くなれば、力を持てば守れると思った。そしたら、兄さんも助けられるって。だけど──それじゃあ足りないの?
   緋鞠は、閉じかけていた殻から覗き込むように、か細い声をで問う。

「……私じゃ、ダメ?」
『ええ』
「弱いから?」
『いいえ』

    なら、何が悪いのだろう。答えのわからない緋鞠に、女は視線を合わせた。

『貴女だからよ』

    その言葉に、緋鞠は耳を塞ぎたくなった。けど、絶望が体を蝕んで指一本も動かせそうになかった。

『さぁ、この手を取って』

 影がくすくすと笑いながら、緋鞠を誘う。吸い寄せられるように、手が伸びた。

 ──この手を取れば、守りたいものに手が届く?

『緋鞠!!』 

 銀狼の声が、霧がかった頭に響く。
 緋鞠ははっと全身を震わせ、手を止めた。

「……違う」

    そうだ。私には弱くても、頼りなくても。一緒に戦ってくれると、手をとってくれた優しい妖怪がいる。
    ぐっと拳を握りしめ、せいいっぱい黒い影を睨みつける。

「私が手を取るのは、あなたじゃない!」

 影はろうそくの火のように吹き消えるのと同時に、白い空間が消え失せる。視界の端に、銀狼の姿が映った。

『どうして憑依しないんだ?』

 奈子の声が再生される。
 緋鞠はひとつの可能性にかけて、手を伸ばした。

「銀狼!!」

                                             ~◇~

「先生! この爆撃を止めてください!!」
「そんなこと言ってもぉ訓練ですしぃ」
「怪我人が出てるんですよ!?」

 琴音が詰め寄っても、愛良は頬に手を当ててどこ吹く風だ。
 その横で爆弾を撃ち続ける京奈は、ちらりと琴音に視線を向ける。けれども、手を止めることはない。

「お願いします!!」

 頭を下げる琴音の肩に、愛良は手を置いた。
 やめてくれるのだろうか? 期待して顔を上げると、冷たい色をした教師の瞳と目が合った。

「──花咲さん? 戦場に“やめて”は通用しませんよ」

 琴音は雷に打たれたようなショックを受けたと同時に、理解した。
 これは体力測定ではないのだ。

 本当の目的は──。
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